人間不信の異世界転移者

遊暮

文字の大きさ
上 下
62 / 95
銀雷は罪過に狂う

50話 父の愛は遠く

しおりを挟む
「……うむ」

 そう呟いて自分の体を確認するフェンリルの姿は、あまり森の中には似つかわしくない半袖短パン。
 これはリリーの悲鳴で服を着ていないことに気付いた彼が、指パッチンで出した代物だ。

 フェンリルが満足そうに頷いた。

「それで、わざわざ会ったことのなかった娘に今更になって会いに来たのは何でだ?」

 人化ができるとなれば、この残念そうな魔物がリリーの父親である可能性はかなり高くなった。
 見た目は幼い、というか完全にショタなので、リリーの母親の趣味もちょっとアレだ。

「別に娘と知ってここに来たのではない。ただ懐かしい匂いと気配を感じたから来ただけなのである」

 つまりは好奇心だったと。

「……そもそも、我は今の今まであのカミラに娘がいるなど知らなかったのだ。まさか娘がいて、それが我との子だったとは驚きである」

 カミラ、確かリリーの母親の名前だったな。
 親子なら匂いや気配が似通っていても不思議はないか。

 現れた時、こいつはここ一帯の森を治めている主だと言っていた。リリーが【銀雷】を使ったのは今回で二回目の筈、だから今まで二人は出会わなかったのだろう。

「まさか酔った勢いで交わったあの一回でできるとは」

 娘の前で交わったとか言うんじゃない。
 リリーを見ると少し頬が紅潮している。

……というか、さっきの悲鳴もだが、今の言葉で顔を赤くするとは、年齢の割にマセているんだろうか。リリーとそう変わらない外見年齢のクウは首を傾げている。

「……もしやあの時もう会えないと言っていたのは……娘よ、リリーといったな」

 顎に手を当て、ブツブツ言っていたフェンリルがリリーに呼びかける。

「は、はいです」

「カミラは、そなたの母は今どうしておる?」

 リリーの顔が、目に見えて暗くなる。スキルのことを教えてもらえず、母親に対して疑心を抱いていたとしても、彼女の中で母親の存在は変わらず大きいようだ。
 その反応で察したのか、「そうか……」と呟いてフェンリルも目を伏せる。

 重苦しい雰囲気が漂う。

 だが、俺にとってそんなことはどうだっていいことだ。
 重要なのは、このフェンリルが俺の楽しみの障害になるか否か。だからこれは、聞く必要がある。

「これからフェ「ポチである」……ポチはどうするつもりだ? リリーを連れて行くのか? ――父親として」

 リリーが、僅かな期待を滲ませて父親であるフェンリルを見る。
 あの地獄から、彼女は救われることを望んでいた。例えそれが会って間もない人間であっても、今まで会ったことのなかった魔物の父親であっても。
 俺達が村に留まっている期間は限られている。まず間違いなく、俺たちが居なくなったら彼女への虐待は再び始まるだろう。俺達が居ても影でやられているのだから、起きない筈はない。俺が村長に取引を持ちかけられていることを知らない彼女が、ここで現れた父親に期待するのも無理はなかった。

 俺は確かに、リリーに復讐させるように少しずつ彼女の心を誘導していた。
 抵抗感が無くなるように、殺意を高めるように。
 それでも、彼女の本質は『正義』だ。母親によって刻まれたそれは、一生変わることは無いだろう。復讐よりも父親に連れられて村から逃げた方がずっと彼女が考える『正義』に近い。

 まずい、と思った。
 聞かなくてはならないことだから仕方がないが、分が悪い。
 質問をしてから、奥歯を強く噛む。

――しかし、その返答は予想外のものだった。

「ふむ、そのつもりはないのである」

「!」

「……えっ?」

 リリーが呆然とした様子で声を上げるのも気にせず、フェンリルは続けた。

「我は魔物、人間とは相入れぬ。人間は人間として生きることが定めなのだ」

 ……はは。

「でも、私は――」

「言いたいことは分かっておる。その体の傷を見ればな。……だが、それも試練。我の娘であるなら、弱者から這い上がってみるがよい」

「あ……う……」

 あははは。

「いいな、我が娘よ」

「あはははははははは――!」

 突然笑い出した俺を、フェンリルはギョッとした目で見る。

 だが止まらない。
 ああ、最高だ! こんな愉快なことがあるだろうか!

 きっとフェンリルは、不器用なりに父としてリリーに今の言葉をかけたのだろう。
 リリーを見つめるその瞳は、確かに父の愛と呼べるような慈愛に満ち溢れたものだったのだから。

 普通なら、少なからず今の言葉に含まれた思いにも気付いたかもしれない。

 そう、だ。

 だが届かない。それを理解できない程にリリーは追い詰められていた。
 これは元の世界で、虐められている自分の子供の気持ちを理解できたつもりで本当は何も分かっていない親のようなものかもしれない。

 人の心は、結局のところ本人にしか分からない。

 フェンリルは、魔物であっても父親だった。それは、きっと素晴らしいことなのだろう。
 ただ、出会うのが遅すぎたのだ。
 その証拠に、リリーの顔は絶望に染まっている。たった一つの希望に裏切られたように。
 フェンリルはそんな娘に気付いていなかった。

「――ははは……ふぅ。じゃあもう帰るとしようか。……リリーも疲れたようだしな」

 落ち着いた俺は、地面にへたり込むリリーを背負う。

「ま、待て!」

「感謝するよ、リリーのお父さん。これなら、リリーも頑張れる。――またな」

 背後から聞こえた静止の声を無視して、俺は歩く。

 もうすぐ、もうすぐだ。
しおりを挟む
感想 131

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...