人間不信の異世界転移者

遊暮

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銀雷は罪過に狂う

48話 憎悪はより深く

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 俺達がこの狼人族の村に来てから、早くも一週間が経過した。この一週間は、概ね平和だったと言っていいだろう。

 特別何かトラブルがある訳でもなく、リリーの獣耳や尻尾をモフったり、真白がボロボロだったリリーの家を俺達が安心して過ごせる程度に修繕したらリリーが感動して泣いたり、そんなリリーを宥める振りをしてモフったり、村で旅に必要な食料――主に調味料なんかを仕入れたり、付いてきたリリーをモフったり、とりあえずリリーをモフったりした。

 あまりにも俺がリリーに構っているせいで、クウが拗ねて暫く俺と口をきいてくれないなんて一幕もあったが、そこはいつも通りご飯エサで釣って解決した。もう慣れたものだ。
 その後はリリーも交えて三人で遊び、俺は片やスライムの吸い付くようなプニプニ、片や至高のモフモフと、同時に楽しむことができてとても充実した一日になったと言えるだろう。

 考えてみればこの世界に来てもう二か月。
 最近は初めてのダンジョンで死にかけたり、クウが癇癪で街を滅ぼしたりと、何かと慌ただしかった。
 だからこの一週間、久しぶりにゆっくりできてよかったと思う。

 ……だが、平和なのは表面上の話だ。



 真上から絶え間なく光が降り注ぐ昼下がり。
 昼食を食べ終えて、暫くの自由時間の後、魔物でも狩ってレベル上げでもしようと思い立った俺は、姿の見えないリリーを探していた。せっかくなのでリリーのスキルをもう一度見せてもらおうと考えたからだ。
 クウと真白は綺麗になったリリーの家で待機させ、俺は村に備え付けられた井戸から水を汲みにいったまま戻ってこないリリーを探す。

 村に入った俺は、未だに門番からの視線を鬱陶しく思いつつ、村に一つしかない井戸へと向かった。

「……って――い――だよ!」

 その途中、民家の向こう側から微かに何人かの声を耳が拾う。
 それがどういったものなのかを直感で察した俺は、その場所に向かってみる。勿論、【隠密】を発動させるのは忘れない。
 民家の物陰からそっと顔を覗かせると、そこには予想通りの光景が広がっていた。

「調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「ひっ……!」

 地面に倒れ伏し、上半身だけを起こしたリリーを囲む、狼の耳と尻尾を生やした男の子四人と女の子二人。年は中学生くらいだろうか。
 何とも分かりやすいイジメの現場だった。

「気持ち悪い!」

「この村から出ていけよ!」

 口々にリリーに罵声を浴びせかける彼らだが、その顔は笑っている。
 実際楽しいのだろう。人を見下して優越感に浸るのに、世界も種族も関係ない。

 両手で頭を押さえて蹲るリリーに、抵抗する様子はない。
 だが、俺にははっきりと見えていた。瞳に浮かぶ諦観の奥で燃える憎悪の炎。嘲笑を薪にして、一層大きく燃え上がらせる。
 そしてその炎が溢れそうになると、何か抑え込まれて小さくなる。――その分、より激しく燃やしながら。

「何とか言えよ、おら!」

「うあっ」

 一人がリリーの腹に蹴りを入れたのを皮切りに、暴言に暴力が加わった。
 殴る蹴るは当たり前。髪を引っ張ったり頭を踏みつけたりと、手馴れた感じが見て取れる。
 俺達がこの村に来てからリリーへの虐待は鳴りを潜めていたようだが、やはり子供の我慢が切れるのは早かったようだ。俺達に慣れたと言い換えてもいいかもしれない。

 まあいずれはこうなると分かっていた。この事態も防ごうと思えば防げただろう。
 だが別に俺はリリーを助けようと思っている訳ではないのだ。俺が求めるのは、どれだけ面白いものが見られるのか。端的に言えば暇つぶしである。……我ながらクズだった。

「いいこと考えたぜ! なあ、こいつの耳と尻尾を切るってのはどうだ?」

「…………えっ」

「あっ、いいねー。そしたら多少はこの見た目もマシになるんじゃない?」
 
 おっと、そろそろ止めるか。
 このまま見ていても良かったが、あのモフモフを失わせるのは惜しい。

 俺は着ていたローブを正し、【隠密】を解いて皆の前に姿を晒した。

「――そこまでだ」

「「「「「「!」」」」」」

 ここですかさず【威圧】を使う。辺りの気温が冷えたように感じる。俺は意識して六人にかける【威圧】を強めた。
 一切の反抗ができないように、殺気をのせて精神を屈服させる。

「……ふぅ」

 彼らの顔色が青を通り越して白になったのを見計らって、俺は【威圧】を解除した。その瞬間、詰まらせた息を大きく吐き出して、地面にへたり込む六人の子供達。半分くらいは気絶しているかもしれない。
 中学生くらいの子供相手に少し大人気なかった気もしたが、あのままだと取り返しのつかないことになってしまっていたので仕方が無いだろう。
 持っているポーションでは部位欠損は治せない。
 このままだと他に人が来て面倒なことになると思い、リリーの元へと向かう。

「リリー」

「……シンさん……ごめんなさいです」

 ステータスにあったあの耐性の数々は伊達ではないらしい。
 差し出した俺の手を少し躊躇いながらも取って立ち上がったリリーを見てみるが、衣服は汚れても体に目立った傷は無い。

「別に謝る必要はない」

 そう言って俺はリリーの目を覗き込む。

「……?」

 結局のところ、俺達が居ても彼女が村人にとっての悪であることは変わらないことに気が付いただろう。
 正義を目指し、絶望することになった一人の少女。

「魔物討伐に行くぞ、付いてこい」

「……はいです」

 その瞳は前よりも深く、美しく濁っていた。





 待たせていたクウ達と合流した俺とリリーは、村から離れて森の少し奥まで進む。

 時折襲ってくる魔物の相手をするのは俺だ。この森に住むのは強くてもDランクの魔物までが殆どである。リリーが正面から戦うのは厳しいが、そちらはリリーと仲のいいクウに守ってもらう。
 後ろに控えた真白は、相変わらずの無表情で俺の戦いを見守っている。メイド服のロングスカートは、森林を歩いているにもかかわらず汚れ一つ見当たらない。

 村を出て三十分程歩いた場所で、俺達は立ち止まった。

「リリー、ここでお前のスキルをもう一度見せてくれるか?」

「……あのバチバチしたやつです……?」

「ああ」

「う……」

 以前に暴走したのを覚えているからか、多少の恐怖があるようだった。クウに当たったのも関係しているかもしれない。
 リリーは泥塗れの体を抱きしめるようにして、身を縮こまらせる。

「大丈夫だ。俺達も注意して見守ってやる。それに前回で大体の感覚は掴めた筈だ。今度はそれを少しずつ放出するようにすればいい」

「…………はい、です」

 それならと、リリーは小さく頷いた。

「よし。じゃああの木に向けて放ってみろ。手から飛ばすんだ」

 俺の言葉を聞いてもう一度頷いたリリーは、手の平を標的の木に向けて目を瞑る。

 前回よりも早い。
 銀色の粒子が収縮するようにして集まり、銀の雷と化す。
 目を開けてそれを確認したリリーは、慌てることなくそれを放った。

「いくですっ! ――『銀雷球』ッ!」

 名前をつけるなんて意外とノリがよかったのだろうか。安直なネーミングだが。
 頭くらいの大きさになったそれは、勢いよく標的の木を掠めて、その背後にあった別の木へと当たって弾ける。
 焦げ跡の残った木を見る限り、威力の調節は問題なさそうだ。後は命中率を上げることだな。

 お、いいアドバイスを思い付いた。
 俺は小さく息を吐いたリリーと屈んで目を合わせながら、口を開いた。

「リリー、 いいアドバイスをあげよう。……あの木を、村の皆だと思ってやってみて」

「えっ……それは……」

 この数日間で、ある程度の信頼は得たと自負している。彼女の抱えているものも理解できているつもりだ。
 その証拠に、俺が背中を押して促すと、言われたから仕方なくといった様子でリリーは目を閉じて集中に入る。

「さっきのことを思い出して……」

 優しく、心に染み込むように。

「……痛かった、辛かった、ぐっちゃぐちゃにしてやりたいくらい憎かった。……大丈夫、想像は自由、本当の相手は木だ。だからこれは

 溜め込んだ憎悪を表面へ。その思いを増幅させるように耳元で囁く俺は、さながら悪魔と言えるだろう。

 効果はあった。

 開かれた黄金の瞳が木陰の元で光り、ドロリとした瞳の奥で標的を見据える。
 無言で差し出された手の平から、標的目掛けて銀の閃光が走った。

 雷が落ちたような轟音が、森の中に響き渡る。
 感じていた辺りの気配が、危険を感じたのか一斉に遠ざかっていく。
 そして、大きく穴の空いた木の倒れる音が、遅れて聞こえた。

「りりーちゃんすごーい!」

 少し粗めに呼吸をするリリーに、クウが駆け寄って抱き着いた。リリーは複雑そうな顔だが、それでも褒められるのに慣れていないのか、少し嬉しそうだ。

「リリー、この調子で練習するぞ。あと少し威力は抑えろ。すぐに体力が無くなるからな」

「……分かったで――!!」

 リリーが返事をしようとしたその時だった。心臓を鷲掴みされたような重圧が俺達を襲う。
 身体中から汗が吹き出し、恐怖で手が震え出す。
 俺の【気配察知】では、凄まじいスピードでこちらに近付いてくる大きな気配を感じていた。

「――マスターッ!」

 緊迫した様子で、真白が向かってくる気配と俺の間に入り込む形で、俺の前に立った。
 クウもくっ付いていたリリーから離れて俺の腰にしがみつき、真白の視線の先を同じように真っ直ぐ見つめる。

 俺は震える手を気合で抑え、壊呪魂とデュランダルを抜刀すると、腰の抜けて立てないリリーを横目に戦闘態勢に入った。

 姿を確認できたのは、その直後のことだった。

 木の間をすり抜けるようにして現れたのは、全長五メートルを超える程の巨体を持つ狼。同時に、感じていた重圧が更に重く体にのしかかった。刃物の様な牙を口の間から覗かせて、鋭い眼光が相対する俺達を射抜く。

 ――そしてその風貌は、銀色の毛に黄金の瞳と、リリーと変わらぬものだった。
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