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銀雷は罪過に狂う
46話 クウとリリー
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私は、背を向けて去っていくシンさんの後ろ姿を見届けながら、立ち尽くすしかありませんでした。
私の横でシンさんの背が見えなくなっても手を振っているのは、クウと呼ばれていた私よりも小さな女の子です。
……どうしてこうなったんでしょうか。
私は未だに図りかねています。
あの男の人は、一体どういう人なのでしょう。
知っているのは、名前がシンであること、真白とクウという名前の二人を大切にしていること、私に暴力を振るう様子が無いことだけです。
四年前に母が死んだあの時から、正義を目指していた私は悪に成り下がりました。
ええ、少なくとも私自身は成り下がったと感じていました。
だってそうでなければ、私が村のみんなに虐げられる理由が分からないのですから。
自殺もできません。母からいただいた命。それを自ら絶つことは明確な悪と私が認識してしまっています。
私はそれでも最初の一年は諦めませんでした。
幼い子は庇護欲を掻き立てられると本で読みましたので、大人びていると言われていた私は口調をわざと幼く感じるように直してみました。
結果は気持ち悪いと言われただけでしたが。
以前は子供のくせに大人ぶっていて気持ち悪いと言っていたくせに、口調を変えてもそう言われ続けるとは思いませんでした。
次に、薬草を摘んで、母が残してくれた本を見ながらポーションを作って配ってみました。
結果は……それが当たり前になって私の仕事が増えただけでした。
一年が経ってからは正義を、次の年には抵抗を、その次の年には命以外の全てを、四年経った今では生きることにすら諦めを覚えるようになりました。
――私は正義ではない。
村のみんなが正義で、私はその敵。
それが結論だと私は理解し、諦めていた筈だったのに。
正義か悪かは自分が決める。
盗賊の血で全身を真っ赤に染めながらそう言い切ったシンさんに、私は一瞬とはいえ憧れてしまった。
何者にも縛られないその自由な生き方に。
盗賊は悪だ。でも、あんなに楽しそうに同族を殺せるシンさんも紛れもない悪だった。
そして私は気づいてしまう。
悪が悪を殺す。だったら、正義が正義を殺すというのも肯定されるんじゃないのかと。
だけどすぐに私は頭を振ってその考えを振り払う。
人間を殺すのは悪。それが許されるのは正義が悪を殺す時だけです。
私はそうやって母親から教わった。であれば、それは私の中で絶対のものになる。
それが私を縛る呪縛の鎖。母親に依存しきっていた私は、母親の教えを自分の考えで上塗りすることなどできないでしょう。母と村のはずれにあるこの家で二人きり。そういう風に育ったのだから。
他人は怖い。
私を見つければ何度も暴力を振るってくるし、平気な顔をして人を言葉で傷付ける。
いつしか私は心が壊れて感情を自分で制御できなくなってしまった。
不安定で、自分で自分が分からない。
幼く感情のままに動いてしまう外側と、それをどこか他人事のように見つめる外側。
人格が二つある訳でもないのに、二つはどこか乖離している。
これはきっと、内側の私が虐められないために、幼い仮面を被って過ごしていたからでしょう。
これでは狼ではなく、まるで狐のようですね。
でも、そうでもしないと、耐えられなかったから。
外側も内側も、同じ私。ただ役割が違うだけ。
冷静な内側で感情をコントロールしながら、外側で少しずつ出していく。そうやって私は自分を保ってきました。
だけどそれももうとっくに限界を超えている。
内側で処理しきれない感情は私を徐々に破壊していきます。自ら命を絶つことのできない私は、破滅を待つだけでした。
私という悪に天罰が下る時を。
そんな中で出会ったシンさんに、私はどうしても勝手に期待してしまう。
全てを諦めていたと思っていたのに。
盗賊から助けてもらった。傷を治してもらった。美味しい食事を与えてくれた。
それで十分過ぎるのに。これ以上私は何を求めているのでしょうか。
盗賊にあんなことをしているのを見せられて、普通は怖いと思う筈なのに、今は不思議とシンさんのことを怖いと思えなくなっていました。
分からない。だけどシンさんのことを知れば、自ずと答えは出るのかもしれません。
「クウ……ちゃん、家に入るです」
「……うん!」
見た目は年下でしょうし、ちゃん付けでも大丈夫かと勇気を出して言って見ましたが、問題は無いようです。
村の子供達は石を投げてくるだけの存在でしたので少し怖かったですが、少しでもシンさんのことを知るにはこの子に聞くのが早いでしょう。
あの真白さんという方は近寄り難いですから。
それに、きっとクウちゃんと真白さんは人間ではありません。
これはさっき村のみんなが警戒している時に気付いたのですが、匂いが人間のものとは違いました。
人間ではないなら、シンさんが私を守るようにクウちゃんに言い付けたのも納得できます。
シンさんは血の臭いで分かりにくいですが、恐らく人間でしょう。黒髪黒目は人族にしては珍しいですが、いないわけではありません。
辺りが暗くなってきたので、私はクウちゃんと共に、家に入ります。
母との思い出が詰まった大切な家。
中に入るとかび臭さを感じますが、もう慣れたものです。
私はクウちゃんと藁を敷き詰めたベッドとも言えないような場所に並んで座りました。
「クウちゃん、少し話をするです」
もうすっかりこの口調が染み付いたことを感じながら、クウちゃんに話し掛けました。
「……か……いた」
「何を言ったです?」
何でしょう。猛烈に嫌な予感がしてきました。
ポツリと口の中で呟いたクウちゃんに、私は聞きました。
「……おなかすいた……」
「へっ」
あんなに食べてたのに!?
そう言えば母が死ぬまでは私も朝昼夜と三食食べていたことを思い出します。
ですが、シンさんと真白さんはもう行ってしまいました。
私の家にはほんの僅かな食料だけ。それも、あの料理を食べた後では食べ物にも思えないようなものばかりです。
「うう……」
……話を聞く前に私、この子に食べられたりはしませんよね?
「クウちゃん! が、我慢するです!」
夜は長くなりそうです。
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
「――あのクソガキがっ!」
拳を勢い良く叩きつけられた木の壁が軋みを上げる。
「親父、荒れてんな」
「いつも冷静なのに珍しいこともあるわねー」
ディルクの苛つきを露わにした表情を見て、息子と妻が呑気に声を上げるが、それがいっそうディルクの苛立ちに拍車をかける。
普段は人当たりが良く、村人みんなに好かれる族長であるディルクだが、今回はあのリリーが原因なのだ。それがディルクには許せなかった。
そんな父を見かねたのか、息子のルッツが声を掛ける。
「親父がそんなになってんのって、リリーとあの人間が原因だよな? それなら俺があいつらをボコって――」
「やめろ!」
「!」
「……ダメです。絶対にあの旅人達には手を出してはなりません。暫くはリリーにもです」
ルッツが反論をしようとして、息を詰まらせる。
獣人族の中でも高い戦闘能力を持つ狼人族。その村の村長には、村の中で一番強い男が成ることが決まっている。
つまりディルクは、細い見た目に反して村の中で一番の実力者なのだ。
その自慢の父が、顔中から汗を滲ませて微かに体を震わせている。それがルッツには信じられなかった。
「大袈裟ねー。二人は人間じゃなかったみたいだけど、一人は人族じゃない。何を恐れることがあるのかしら」
このバカ女が、とディルクは心の中で吐き捨てた。
元々あの売女の代わりにと、顔が二番目に良かった女を伴侶として仕方なく迎え入れただけなのだ。その選択は失敗だったと何度思ったことか。
リリーの母親――カミラは、村どころか狼人族最強の戦士であり、そしてディルクの婚約者だった。
強く、美しかったカミラとディルクの結婚は、誰もが楽しみにしていた。
――カミラが誰とも知れぬ子供をお腹に宿していると判明するまでは。
この村では婚前交渉は固く禁じられている。獣人は繁殖力が強く、簡単に身ごもってしまうからだ。
ディルクは自分よりも強いカミラのことを誰よりも尊敬し、愛していたが、その感情はいとも簡単に憎悪へと変わった。
カミラはお腹の子供と共に村の柵の外で家を建て、償いのために村を警備をすることになったが、四年前に病気で死亡。
狼人族最強の戦士も、劣悪な環境で病気にかかってしまえば死ぬのはあっという間だった。
残されたのは、珍妙な毛色と美しいカミラの面影を残した十歳の少女ただ一人。
彼女は村中から疎まれ、蔑まれた。
村に来た鑑定士に見てもらった際に判明したユニークスキルを妬んだ人間もいたかもしれない。
ディルクは彼女が成長したら奴隷商にでも売ろうかと考えていたが、成長が止まって薄汚い見た目の彼女は、ユニークスキルを保持していたとしても到底売れるとは思えなかった。
当然だ。精神が不安定で強力な力を持つということは、いつ暴走するか分からないということなのだから。
労働力としての能力がなかったら、早々に殺していただろう。それでもディルクは、リリーの顔を見るたびに激しい憎悪が沸き立つのを感じていた。
そのリリーが行方不明になったのが三日前。
悩みのタネが無くなったとリリーの家を潰そうと計画しているところに、彼女が帰ってきた。
化け物どもを連れて。
人外の二人は勿論のこと、あのシンという人族の少年も十分に化け物だった。
ディルクは気付いていた。彼と会話している間、常に濃厚な殺気が向けられていることに。
本能から恐怖を感じるような、おぞましい殺意。幸いすぐに襲ってくる様子はなかったからよかったものの、笑顔が引きつらないように気を付けるので精一杯だった。
正直、他の二人よりもあの人族の方が何倍も恐ろしく感じたのだ。
「……そういえばリリーのやつ、よく見ると意外と顔はよかったな」
息子の呟きを聞いて、ディルクは思い出す。
あれだけあった傷が、すっかり治っていたのだ。使ったのは恐らく上級以上のポーション。リリーは下級の物しか作れないため、あの者達が持っていた物を使用したのだと予想する。
あれ程高価な物を惜しげも無く使うとは、余程リリーが気に入ったのかとディルクは考え……何かを思いついたのか口元を歪ませた。
「ルッツ、あの者達には決して手を出さないでくたさい。分かりましたね?」
「……分かった」
これならばいい厄介払いができるとディルクは心の中でほくそ笑んだ。
ルッツの不満そうな表情に気付くことなく。
私の横でシンさんの背が見えなくなっても手を振っているのは、クウと呼ばれていた私よりも小さな女の子です。
……どうしてこうなったんでしょうか。
私は未だに図りかねています。
あの男の人は、一体どういう人なのでしょう。
知っているのは、名前がシンであること、真白とクウという名前の二人を大切にしていること、私に暴力を振るう様子が無いことだけです。
四年前に母が死んだあの時から、正義を目指していた私は悪に成り下がりました。
ええ、少なくとも私自身は成り下がったと感じていました。
だってそうでなければ、私が村のみんなに虐げられる理由が分からないのですから。
自殺もできません。母からいただいた命。それを自ら絶つことは明確な悪と私が認識してしまっています。
私はそれでも最初の一年は諦めませんでした。
幼い子は庇護欲を掻き立てられると本で読みましたので、大人びていると言われていた私は口調をわざと幼く感じるように直してみました。
結果は気持ち悪いと言われただけでしたが。
以前は子供のくせに大人ぶっていて気持ち悪いと言っていたくせに、口調を変えてもそう言われ続けるとは思いませんでした。
次に、薬草を摘んで、母が残してくれた本を見ながらポーションを作って配ってみました。
結果は……それが当たり前になって私の仕事が増えただけでした。
一年が経ってからは正義を、次の年には抵抗を、その次の年には命以外の全てを、四年経った今では生きることにすら諦めを覚えるようになりました。
――私は正義ではない。
村のみんなが正義で、私はその敵。
それが結論だと私は理解し、諦めていた筈だったのに。
正義か悪かは自分が決める。
盗賊の血で全身を真っ赤に染めながらそう言い切ったシンさんに、私は一瞬とはいえ憧れてしまった。
何者にも縛られないその自由な生き方に。
盗賊は悪だ。でも、あんなに楽しそうに同族を殺せるシンさんも紛れもない悪だった。
そして私は気づいてしまう。
悪が悪を殺す。だったら、正義が正義を殺すというのも肯定されるんじゃないのかと。
だけどすぐに私は頭を振ってその考えを振り払う。
人間を殺すのは悪。それが許されるのは正義が悪を殺す時だけです。
私はそうやって母親から教わった。であれば、それは私の中で絶対のものになる。
それが私を縛る呪縛の鎖。母親に依存しきっていた私は、母親の教えを自分の考えで上塗りすることなどできないでしょう。母と村のはずれにあるこの家で二人きり。そういう風に育ったのだから。
他人は怖い。
私を見つければ何度も暴力を振るってくるし、平気な顔をして人を言葉で傷付ける。
いつしか私は心が壊れて感情を自分で制御できなくなってしまった。
不安定で、自分で自分が分からない。
幼く感情のままに動いてしまう外側と、それをどこか他人事のように見つめる外側。
人格が二つある訳でもないのに、二つはどこか乖離している。
これはきっと、内側の私が虐められないために、幼い仮面を被って過ごしていたからでしょう。
これでは狼ではなく、まるで狐のようですね。
でも、そうでもしないと、耐えられなかったから。
外側も内側も、同じ私。ただ役割が違うだけ。
冷静な内側で感情をコントロールしながら、外側で少しずつ出していく。そうやって私は自分を保ってきました。
だけどそれももうとっくに限界を超えている。
内側で処理しきれない感情は私を徐々に破壊していきます。自ら命を絶つことのできない私は、破滅を待つだけでした。
私という悪に天罰が下る時を。
そんな中で出会ったシンさんに、私はどうしても勝手に期待してしまう。
全てを諦めていたと思っていたのに。
盗賊から助けてもらった。傷を治してもらった。美味しい食事を与えてくれた。
それで十分過ぎるのに。これ以上私は何を求めているのでしょうか。
盗賊にあんなことをしているのを見せられて、普通は怖いと思う筈なのに、今は不思議とシンさんのことを怖いと思えなくなっていました。
分からない。だけどシンさんのことを知れば、自ずと答えは出るのかもしれません。
「クウ……ちゃん、家に入るです」
「……うん!」
見た目は年下でしょうし、ちゃん付けでも大丈夫かと勇気を出して言って見ましたが、問題は無いようです。
村の子供達は石を投げてくるだけの存在でしたので少し怖かったですが、少しでもシンさんのことを知るにはこの子に聞くのが早いでしょう。
あの真白さんという方は近寄り難いですから。
それに、きっとクウちゃんと真白さんは人間ではありません。
これはさっき村のみんなが警戒している時に気付いたのですが、匂いが人間のものとは違いました。
人間ではないなら、シンさんが私を守るようにクウちゃんに言い付けたのも納得できます。
シンさんは血の臭いで分かりにくいですが、恐らく人間でしょう。黒髪黒目は人族にしては珍しいですが、いないわけではありません。
辺りが暗くなってきたので、私はクウちゃんと共に、家に入ります。
母との思い出が詰まった大切な家。
中に入るとかび臭さを感じますが、もう慣れたものです。
私はクウちゃんと藁を敷き詰めたベッドとも言えないような場所に並んで座りました。
「クウちゃん、少し話をするです」
もうすっかりこの口調が染み付いたことを感じながら、クウちゃんに話し掛けました。
「……か……いた」
「何を言ったです?」
何でしょう。猛烈に嫌な予感がしてきました。
ポツリと口の中で呟いたクウちゃんに、私は聞きました。
「……おなかすいた……」
「へっ」
あんなに食べてたのに!?
そう言えば母が死ぬまでは私も朝昼夜と三食食べていたことを思い出します。
ですが、シンさんと真白さんはもう行ってしまいました。
私の家にはほんの僅かな食料だけ。それも、あの料理を食べた後では食べ物にも思えないようなものばかりです。
「うう……」
……話を聞く前に私、この子に食べられたりはしませんよね?
「クウちゃん! が、我慢するです!」
夜は長くなりそうです。
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
「――あのクソガキがっ!」
拳を勢い良く叩きつけられた木の壁が軋みを上げる。
「親父、荒れてんな」
「いつも冷静なのに珍しいこともあるわねー」
ディルクの苛つきを露わにした表情を見て、息子と妻が呑気に声を上げるが、それがいっそうディルクの苛立ちに拍車をかける。
普段は人当たりが良く、村人みんなに好かれる族長であるディルクだが、今回はあのリリーが原因なのだ。それがディルクには許せなかった。
そんな父を見かねたのか、息子のルッツが声を掛ける。
「親父がそんなになってんのって、リリーとあの人間が原因だよな? それなら俺があいつらをボコって――」
「やめろ!」
「!」
「……ダメです。絶対にあの旅人達には手を出してはなりません。暫くはリリーにもです」
ルッツが反論をしようとして、息を詰まらせる。
獣人族の中でも高い戦闘能力を持つ狼人族。その村の村長には、村の中で一番強い男が成ることが決まっている。
つまりディルクは、細い見た目に反して村の中で一番の実力者なのだ。
その自慢の父が、顔中から汗を滲ませて微かに体を震わせている。それがルッツには信じられなかった。
「大袈裟ねー。二人は人間じゃなかったみたいだけど、一人は人族じゃない。何を恐れることがあるのかしら」
このバカ女が、とディルクは心の中で吐き捨てた。
元々あの売女の代わりにと、顔が二番目に良かった女を伴侶として仕方なく迎え入れただけなのだ。その選択は失敗だったと何度思ったことか。
リリーの母親――カミラは、村どころか狼人族最強の戦士であり、そしてディルクの婚約者だった。
強く、美しかったカミラとディルクの結婚は、誰もが楽しみにしていた。
――カミラが誰とも知れぬ子供をお腹に宿していると判明するまでは。
この村では婚前交渉は固く禁じられている。獣人は繁殖力が強く、簡単に身ごもってしまうからだ。
ディルクは自分よりも強いカミラのことを誰よりも尊敬し、愛していたが、その感情はいとも簡単に憎悪へと変わった。
カミラはお腹の子供と共に村の柵の外で家を建て、償いのために村を警備をすることになったが、四年前に病気で死亡。
狼人族最強の戦士も、劣悪な環境で病気にかかってしまえば死ぬのはあっという間だった。
残されたのは、珍妙な毛色と美しいカミラの面影を残した十歳の少女ただ一人。
彼女は村中から疎まれ、蔑まれた。
村に来た鑑定士に見てもらった際に判明したユニークスキルを妬んだ人間もいたかもしれない。
ディルクは彼女が成長したら奴隷商にでも売ろうかと考えていたが、成長が止まって薄汚い見た目の彼女は、ユニークスキルを保持していたとしても到底売れるとは思えなかった。
当然だ。精神が不安定で強力な力を持つということは、いつ暴走するか分からないということなのだから。
労働力としての能力がなかったら、早々に殺していただろう。それでもディルクは、リリーの顔を見るたびに激しい憎悪が沸き立つのを感じていた。
そのリリーが行方不明になったのが三日前。
悩みのタネが無くなったとリリーの家を潰そうと計画しているところに、彼女が帰ってきた。
化け物どもを連れて。
人外の二人は勿論のこと、あのシンという人族の少年も十分に化け物だった。
ディルクは気付いていた。彼と会話している間、常に濃厚な殺気が向けられていることに。
本能から恐怖を感じるような、おぞましい殺意。幸いすぐに襲ってくる様子はなかったからよかったものの、笑顔が引きつらないように気を付けるので精一杯だった。
正直、他の二人よりもあの人族の方が何倍も恐ろしく感じたのだ。
「……そういえばリリーのやつ、よく見ると意外と顔はよかったな」
息子の呟きを聞いて、ディルクは思い出す。
あれだけあった傷が、すっかり治っていたのだ。使ったのは恐らく上級以上のポーション。リリーは下級の物しか作れないため、あの者達が持っていた物を使用したのだと予想する。
あれ程高価な物を惜しげも無く使うとは、余程リリーが気に入ったのかとディルクは考え……何かを思いついたのか口元を歪ませた。
「ルッツ、あの者達には決して手を出さないでくたさい。分かりましたね?」
「……分かった」
これならばいい厄介払いができるとディルクは心の中でほくそ笑んだ。
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