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銀雷は罪過に狂う
38話 破滅の足音
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『悪人には必ず天罰が下るの。だからあなたは、常に正しくあれる子になりなさい』
それが死んだ母の口癖でした。
幼かった私にとって、優しく、一族の誰よりも強かった母の言葉は絶対です。
私はその言葉を信じ、幼いながらも正しく正義であることを目指しました。
正義とは、多くの人が正義と判断したならその行動は正義になります。
逆に、どれだけ自分が正しい行いだと信じていても、周りの人に悪だと判断されてしまったならばその人は悪人になってしまうでしょう。
だから――
「おらっ! 気持ち悪いんだよっ!」
「――くぅっ……」
例えお腹を思いっ切り蹴られても。
「それっ! あっ! 当たったよ!」
例え石を笑顔で投げられたとしても。
「あら、偉いわね。それにしても地面を這いずり回る姿なんてまるで芋虫ね。……本当に穢らわしい」
例えゴミを見るような目で侮辱されたとしても。
きっと私がこうして虐げられているのは、向こうが正義で私が悪だからなんでしょう。
私がどう足掻いても、私が悪だという事実は覆ることは無い。
何度も、何度も、何度も。
血反吐を吐いて、できた傷を詰んできた薬草で癒して、泥やぶつけられたゴミに塗れた体を川で洗って。
母に褒められたサラサラの銀髪はボサボサに伸びきって色はくすんで、丁度引っ張りやすいと誉められます。
母に澄んで凛々しいと褒められた金の瞳は腫れた瞼で殆ど見えません。
ですがきっと、その目は酷く澱んでいるでしょう。
母が大きくなるのを楽しみにしていた私の成長は、十四歳になった今でも、母が死んだ十歳の時から何一つ変わっていません。
私は悪で向こうは正義。
それはきっと、たとえ私が死んだとしても変わらないでしょう。
常に正しくあれる子に。
私の心に突き刺さったその言葉の呪縛は、この深く黒いドロリとしたものを、押し止めている。
死にたい。
そう思っても、人一倍強い獣人の生命力と生存本能が死ぬのを許してくれません。
私は醜く浅ましく、生にしがみつく。
痛い。
苦しい。
死にたいよ。
お母さん、私は悪い子です。
だから――
天罰はまだですか……?
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
嫌な胸騒ぎを感じたその森の主は、閉じていた目をゆっくりと開く。
夜の暗闇に光るその黄金の瞳を見た森の魔物達が一斉に逃げ出すのを感じながら、森の主は寝床にしていた大樹の根本に空いた洞穴からゆっくりと出た。
今日は月が最も美しく輝く満月の夜。
月光を浴びた銀の体毛はその光を反射し、キラキラと煌めく。
必死で逃げる魔物の気配を感じながら、森の主は満月を眺める。
辺りには風が木の枝を優しく揺さぶる音だけが静かに響く。
寂寥感を漂わせたその瞳をそっと閉じ、森の主は一人の人間を思い出していた。
自らを友と呼んでくれた、一人の狼人族の女。
四年前、最後に見たその笑顔は、今尚色褪せることはない。
永遠にも近い自らの時間の中で、全ての時間を使っても手に入れることができない程、多くのものを貰った。
だからこそ、彼女が愛したこの森を必ず守ってみせると森の主は亡き友に誓う。
「オオォーーーーーン!!」
決意を込めた叫びが、満月の夜空に響き渡る。
少しずつ、破滅の足音は近付いていた。
それが死んだ母の口癖でした。
幼かった私にとって、優しく、一族の誰よりも強かった母の言葉は絶対です。
私はその言葉を信じ、幼いながらも正しく正義であることを目指しました。
正義とは、多くの人が正義と判断したならその行動は正義になります。
逆に、どれだけ自分が正しい行いだと信じていても、周りの人に悪だと判断されてしまったならばその人は悪人になってしまうでしょう。
だから――
「おらっ! 気持ち悪いんだよっ!」
「――くぅっ……」
例えお腹を思いっ切り蹴られても。
「それっ! あっ! 当たったよ!」
例え石を笑顔で投げられたとしても。
「あら、偉いわね。それにしても地面を這いずり回る姿なんてまるで芋虫ね。……本当に穢らわしい」
例えゴミを見るような目で侮辱されたとしても。
きっと私がこうして虐げられているのは、向こうが正義で私が悪だからなんでしょう。
私がどう足掻いても、私が悪だという事実は覆ることは無い。
何度も、何度も、何度も。
血反吐を吐いて、できた傷を詰んできた薬草で癒して、泥やぶつけられたゴミに塗れた体を川で洗って。
母に褒められたサラサラの銀髪はボサボサに伸びきって色はくすんで、丁度引っ張りやすいと誉められます。
母に澄んで凛々しいと褒められた金の瞳は腫れた瞼で殆ど見えません。
ですがきっと、その目は酷く澱んでいるでしょう。
母が大きくなるのを楽しみにしていた私の成長は、十四歳になった今でも、母が死んだ十歳の時から何一つ変わっていません。
私は悪で向こうは正義。
それはきっと、たとえ私が死んだとしても変わらないでしょう。
常に正しくあれる子に。
私の心に突き刺さったその言葉の呪縛は、この深く黒いドロリとしたものを、押し止めている。
死にたい。
そう思っても、人一倍強い獣人の生命力と生存本能が死ぬのを許してくれません。
私は醜く浅ましく、生にしがみつく。
痛い。
苦しい。
死にたいよ。
お母さん、私は悪い子です。
だから――
天罰はまだですか……?
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
嫌な胸騒ぎを感じたその森の主は、閉じていた目をゆっくりと開く。
夜の暗闇に光るその黄金の瞳を見た森の魔物達が一斉に逃げ出すのを感じながら、森の主は寝床にしていた大樹の根本に空いた洞穴からゆっくりと出た。
今日は月が最も美しく輝く満月の夜。
月光を浴びた銀の体毛はその光を反射し、キラキラと煌めく。
必死で逃げる魔物の気配を感じながら、森の主は満月を眺める。
辺りには風が木の枝を優しく揺さぶる音だけが静かに響く。
寂寥感を漂わせたその瞳をそっと閉じ、森の主は一人の人間を思い出していた。
自らを友と呼んでくれた、一人の狼人族の女。
四年前、最後に見たその笑顔は、今尚色褪せることはない。
永遠にも近い自らの時間の中で、全ての時間を使っても手に入れることができない程、多くのものを貰った。
だからこそ、彼女が愛したこの森を必ず守ってみせると森の主は亡き友に誓う。
「オオォーーーーーン!!」
決意を込めた叫びが、満月の夜空に響き渡る。
少しずつ、破滅の足音は近付いていた。
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