人間不信の異世界転移者

遊暮

文字の大きさ
上 下
45 / 95
二代目転移者と白亜の遺産

36話 絶望の夜

しおりを挟む
 その日の夜、ブルクサックの冒険者ギルドマスターであるアルノルトは、自らの執務室で仕事をしていた。
 日付は変わり、昼間は賑わう下の階も今はとても静かだ。
 ギルド員の大半は既に帰宅し、残っているのはアルノルトを含む数人だけだった。
 そんな中アルノルトは一人、通信玉という水晶玉のような魔道具を使って、ある場所へ連絡を取っていた。

「――ああ、本当にすまねえ」

『ふむ、まあ致し方あるまいて。話を聞くに、あの坊やが先走ったのが原因であろう? その先にAランクの魔物がいたのは運が悪かったとも言えるわい』

 アルノルトの前に置かれた水晶に映るのは、金色の髪を持つ幼い少女。
 だがその見た目とは裏腹に、実年齢は五百にも及ぶことをアルノルトは知っている。その実力が、自分など遥かに足下にも及ばない程高みにいるということも。
 彼女が聖国首都アロンディアの冒険者ギルドマスター、エミーリア・メルテンスだ。

 彼女は長命で有名なエルフではあるが、その中でもごく一部の者が進化した、ハイエルフという上位種族だった。
 通常、魔物ではない人族やドワーフ族、魔族などは種族としての進化をすることはない。だが、エルフ族が管理する世界樹と呼ばれる神聖な木の恩寵を受けることで、稀に進化をする者がいるのだ。その者は例外なく強大な魔力を有し、人族の五倍程の寿命を持つエルフの、さらに三倍は生きる。

 それを理解してはいたアルノルトだったが、エミーリアがダーフィト・パーティツのことを『坊や』と呼ぶのには、少々違和感を感じたようだった。強面の顔が、一瞬だけピクリと動く。

 その反応に慣れているのか、はたまた気づいていないのか。エミーリアは、それよりもと前置きをした後、アルノルトに向かって聞く。

『その……マッドレブナントだったかの? そいつを倒したという黒髪の少年について詳しく教えてくれんか?』

「いいぜ、ボウズのことだろ? 名前はシンっつってな「ギルドマスター! 緊急です!」あ? 一体どうした?」

 アルノルトの言葉は、扉を壊す勢いで入ってきたデリアの声に遮られる。
 今は夜も深くなったきた時間帯。そんな時間にここまで大声を上げて入ってくる非常識な行動をする程、彼女は焦っていた。

「ま、街に――巨大な魔物が現れました!」




「おい、何だありゃあ……?」

 エミーリアとの通話を中断し、ギルドの外に出たアルノルトは呟く。
 騒ぎが大きくなってきたのか、チラホラと外に出てきた住民達。
 その視線の先には、月明かりに照らされた、十五メートルはあろうかという大きさの丸い物体が、今も蠢いていた。

「おい、あそこって確か幸福の止まり木亭って店じゃなかったか……?」

「あの気持ち悪いのはなんだよ、魔物だよな?」

「逃げた方がよくないか……?」

「だよな、何か不気味だし」

 口々に謎の魔物について話す住民達を尻目に、アルノルトは傍らにいた受付嬢のデリアに指示を出す。

「住民の避難を! それと動ける冒険者をかき集めろっ! ――急げっ!」

「は、はい!」

 デリアは避難指示をするため、急いでギルドの中に戻っていく。冒険者ギルドには、緊急用の街に放送する魔道具が備え付けられているのだ。
 アルノルトも自室へと戻り、自らの武器を取りに行く。小柄のアルノルトが使うには大き過ぎると思えるくらいの、炎のように赤い大斧だ。

 彼は元Bランクの冒険者。その力で押し潰す勇猛な戦い方から、<粉砕者>の二つ名を持っている。
 だがその彼の本能が、あの魔物に対し、けたたましく警鐘を鳴らしていた。

『緊急事態です! 街に正体不明の巨大な魔物が現れました! 住民の方は、速やかに避難をしてください! また冒険者の方は、ギルド前に集合してください!』

 街に大きくデリアの声が響き渡る。
 静まり返った住宅街や賑わっていた色街も、同じく徐々に騒ぎが広がっていく。

 ――十分後、ギルド前に集まった数十人の冒険者達を引き連れ、アルノルトは謎の魔物へと近づいていった。

 今やそのサイズは二十メートルを超え、今尚大きく膨らんでいるようだった。

「おいおい、何だよ、これは……」

 幸福の止まり木亭に辿り着き、その巨大な魔物の全貌を見た冒険者達は、言葉を失う。

 そこにあった筈の店は魔物の質量によって潰れ、中に居た人間がどうなったのかは想像に難くない。
 空色をした半透明のゼリー状のその塊は、よく見れば一体の魔物ではなく、子供くらいの大きさの塊が幾つも重なりってできていた。

 経験豊かな冒険者達はすぐに、この魔物がスライムであることに気が付く。
 だが、スライムにあるはずの目と核はなく、また、本来スライムという魔物は群れることは無い。

 その時だった。

「――! ご――さ――! ど――――!」

「これは……子供の泣き声……か?」

 何処からか聞こえてくるのは、幼い子供の泣き声。
 思わず辺りを見渡す冒険者達だったが、その出処は分からない。
 アルノルトは、どこかこの声に聞き覚えがあり、必死に思い出そうとする。

 そして、突如として絶望は始まった。

「――なあっ!」

 ドクン、と塊が一度脈打ち、爆発する。
 爆風によって飛ばされた大量のスライム達は、街の全体へと降り注ぐと、次々に住民達を襲いだした。

「――ひいぃ! あ……ぎ、い、痛いぃぃぃ!!」

「おとーさ――あっ……」

「いやああぁあああああ!!」

 スライムに纏わり付かれた者達は、あっという間に溶かされ、絶命していく。
 街のあちこちで、絶え間なく悲鳴が上がる。

「お前らっ! 急いでこいつを片付けろ!」

 当然、黙って見ている訳は無い。アルノルトはこの光景に恐怖する冒険者達を叱咜し、自らも戦いに挑む。

 長い夜はまだ、始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 131

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

BLゲームの悪役サイドとか普通に無理

どくりんご
恋愛
 リリス・レティシオンはあることがきっかけでこの世界がBLゲーム[檻で囲んだその愛情]通称[檻愛]の世界であることに気づく。  しかも自分は敵…悪役(勿論男)に利用され、敵キャラと一緒に破滅してしまう悪役サイドの人間ということに気づく。  しかも敵キャラのルートに入っても自分だけが破滅してしまう未来も。  婚約者に利用されて破滅なんて可哀想だなと哀れんでも今更遅かった。いやいや、普通に無理だから!!  登場キャラ(ヤンデレ)怖いし関わらない方針で! 3/2 HOT15位 ありがとうございます(*´ω`*)

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

処理中です...