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二代目転移者と白亜の遺産
36話 絶望の夜
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その日の夜、ブルクサックの冒険者ギルドマスターであるアルノルトは、自らの執務室で仕事をしていた。
日付は変わり、昼間は賑わう下の階も今はとても静かだ。
ギルド員の大半は既に帰宅し、残っているのはアルノルトを含む数人だけだった。
そんな中アルノルトは一人、通信玉という水晶玉のような魔道具を使って、ある場所へ連絡を取っていた。
「――ああ、本当にすまねえ」
『ふむ、まあ致し方あるまいて。話を聞くに、あの坊やが先走ったのが原因であろう? その先にAランクの魔物がいたのは運が悪かったとも言えるわい』
アルノルトの前に置かれた水晶に映るのは、金色の髪を持つ幼い少女。
だがその見た目とは裏腹に、実年齢は五百にも及ぶことをアルノルトは知っている。その実力が、自分など遥かに足下にも及ばない程高みにいるということも。
彼女が聖国首都アロンディアの冒険者ギルドマスター、エミーリア・メルテンスだ。
彼女は長命で有名なエルフではあるが、その中でもごく一部の者が進化した、ハイエルフという上位種族だった。
通常、魔物ではない人族やドワーフ族、魔族などは種族としての進化をすることはない。だが、エルフ族が管理する世界樹と呼ばれる神聖な木の恩寵を受けることで、稀に進化をする者がいるのだ。その者は例外なく強大な魔力を有し、人族の五倍程の寿命を持つエルフの、さらに三倍は生きる。
それを理解してはいたアルノルトだったが、エミーリアがダーフィト・パーティツのことを『坊や』と呼ぶのには、少々違和感を感じたようだった。強面の顔が、一瞬だけピクリと動く。
その反応に慣れているのか、はたまた気づいていないのか。エミーリアは、それよりもと前置きをした後、アルノルトに向かって聞く。
『その……マッドレブナントだったかの? そいつを倒したという黒髪の少年について詳しく教えてくれんか?』
「いいぜ、ボウズのことだろ? 名前はシンっつってな「ギルドマスター! 緊急です!」あ? 一体どうした?」
アルノルトの言葉は、扉を壊す勢いで入ってきたデリアの声に遮られる。
今は夜も深くなったきた時間帯。そんな時間にここまで大声を上げて入ってくる非常識な行動をする程、彼女は焦っていた。
「ま、街に――巨大な魔物が現れました!」
「おい、何だありゃあ……?」
エミーリアとの通話を中断し、ギルドの外に出たアルノルトは呟く。
騒ぎが大きくなってきたのか、チラホラと外に出てきた住民達。
その視線の先には、月明かりに照らされた、十五メートルはあろうかという大きさの丸い物体が、今も蠢いていた。
「おい、あそこって確か幸福の止まり木亭って店じゃなかったか……?」
「あの気持ち悪いのはなんだよ、魔物だよな?」
「逃げた方がよくないか……?」
「だよな、何か不気味だし」
口々に謎の魔物について話す住民達を尻目に、アルノルトは傍らにいた受付嬢のデリアに指示を出す。
「住民の避難を! それと動ける冒険者をかき集めろっ! ――急げっ!」
「は、はい!」
デリアは避難指示をするため、急いでギルドの中に戻っていく。冒険者ギルドには、緊急用の街に放送する魔道具が備え付けられているのだ。
アルノルトも自室へと戻り、自らの武器を取りに行く。小柄のアルノルトが使うには大き過ぎると思えるくらいの、炎のように赤い大斧だ。
彼は元Bランクの冒険者。その力で押し潰す勇猛な戦い方から、<粉砕者>の二つ名を持っている。
だがその彼の本能が、あの魔物に対し、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
『緊急事態です! 街に正体不明の巨大な魔物が現れました! 住民の方は、速やかに避難をしてください! また冒険者の方は、ギルド前に集合してください!』
街に大きくデリアの声が響き渡る。
静まり返った住宅街や賑わっていた色街も、同じく徐々に騒ぎが広がっていく。
――十分後、ギルド前に集まった数十人の冒険者達を引き連れ、アルノルトは謎の魔物へと近づいていった。
今やそのサイズは二十メートルを超え、今尚大きく膨らんでいるようだった。
「おいおい、何だよ、これは……」
幸福の止まり木亭に辿り着き、その巨大な魔物の全貌を見た冒険者達は、言葉を失う。
そこにあった筈の店は魔物の質量によって潰れ、中に居た人間がどうなったのかは想像に難くない。
空色をした半透明のゼリー状のその塊は、よく見れば一体の魔物ではなく、子供くらいの大きさの塊が幾つも重なりってできていた。
経験豊かな冒険者達はすぐに、この魔物がスライムであることに気が付く。
だが、スライムにあるはずの目と核はなく、また、本来スライムという魔物は群れることは無い。
その時だった。
「――! ご――さ――! ど――――!」
「これは……子供の泣き声……か?」
何処からか聞こえてくるのは、幼い子供の泣き声。
思わず辺りを見渡す冒険者達だったが、その出処は分からない。
アルノルトは、どこかこの声に聞き覚えがあり、必死に思い出そうとする。
そして、突如として絶望は始まった。
「――なあっ!」
ドクン、と塊が一度脈打ち、爆発する。
爆風によって飛ばされた大量のスライム達は、街の全体へと降り注ぐと、次々に住民達を襲いだした。
「――ひいぃ! あ……ぎ、い、痛いぃぃぃ!!」
「おとーさ――あっ……」
「いやああぁあああああ!!」
スライムに纏わり付かれた者達は、あっという間に溶かされ、絶命していく。
街のあちこちで、絶え間なく悲鳴が上がる。
「お前らっ! 急いでこいつを片付けろ!」
当然、黙って見ている訳は無い。アルノルトはこの光景に恐怖する冒険者達を叱咜し、自らも戦いに挑む。
長い夜はまだ、始まったばかりだ。
日付は変わり、昼間は賑わう下の階も今はとても静かだ。
ギルド員の大半は既に帰宅し、残っているのはアルノルトを含む数人だけだった。
そんな中アルノルトは一人、通信玉という水晶玉のような魔道具を使って、ある場所へ連絡を取っていた。
「――ああ、本当にすまねえ」
『ふむ、まあ致し方あるまいて。話を聞くに、あの坊やが先走ったのが原因であろう? その先にAランクの魔物がいたのは運が悪かったとも言えるわい』
アルノルトの前に置かれた水晶に映るのは、金色の髪を持つ幼い少女。
だがその見た目とは裏腹に、実年齢は五百にも及ぶことをアルノルトは知っている。その実力が、自分など遥かに足下にも及ばない程高みにいるということも。
彼女が聖国首都アロンディアの冒険者ギルドマスター、エミーリア・メルテンスだ。
彼女は長命で有名なエルフではあるが、その中でもごく一部の者が進化した、ハイエルフという上位種族だった。
通常、魔物ではない人族やドワーフ族、魔族などは種族としての進化をすることはない。だが、エルフ族が管理する世界樹と呼ばれる神聖な木の恩寵を受けることで、稀に進化をする者がいるのだ。その者は例外なく強大な魔力を有し、人族の五倍程の寿命を持つエルフの、さらに三倍は生きる。
それを理解してはいたアルノルトだったが、エミーリアがダーフィト・パーティツのことを『坊や』と呼ぶのには、少々違和感を感じたようだった。強面の顔が、一瞬だけピクリと動く。
その反応に慣れているのか、はたまた気づいていないのか。エミーリアは、それよりもと前置きをした後、アルノルトに向かって聞く。
『その……マッドレブナントだったかの? そいつを倒したという黒髪の少年について詳しく教えてくれんか?』
「いいぜ、ボウズのことだろ? 名前はシンっつってな「ギルドマスター! 緊急です!」あ? 一体どうした?」
アルノルトの言葉は、扉を壊す勢いで入ってきたデリアの声に遮られる。
今は夜も深くなったきた時間帯。そんな時間にここまで大声を上げて入ってくる非常識な行動をする程、彼女は焦っていた。
「ま、街に――巨大な魔物が現れました!」
「おい、何だありゃあ……?」
エミーリアとの通話を中断し、ギルドの外に出たアルノルトは呟く。
騒ぎが大きくなってきたのか、チラホラと外に出てきた住民達。
その視線の先には、月明かりに照らされた、十五メートルはあろうかという大きさの丸い物体が、今も蠢いていた。
「おい、あそこって確か幸福の止まり木亭って店じゃなかったか……?」
「あの気持ち悪いのはなんだよ、魔物だよな?」
「逃げた方がよくないか……?」
「だよな、何か不気味だし」
口々に謎の魔物について話す住民達を尻目に、アルノルトは傍らにいた受付嬢のデリアに指示を出す。
「住民の避難を! それと動ける冒険者をかき集めろっ! ――急げっ!」
「は、はい!」
デリアは避難指示をするため、急いでギルドの中に戻っていく。冒険者ギルドには、緊急用の街に放送する魔道具が備え付けられているのだ。
アルノルトも自室へと戻り、自らの武器を取りに行く。小柄のアルノルトが使うには大き過ぎると思えるくらいの、炎のように赤い大斧だ。
彼は元Bランクの冒険者。その力で押し潰す勇猛な戦い方から、<粉砕者>の二つ名を持っている。
だがその彼の本能が、あの魔物に対し、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
『緊急事態です! 街に正体不明の巨大な魔物が現れました! 住民の方は、速やかに避難をしてください! また冒険者の方は、ギルド前に集合してください!』
街に大きくデリアの声が響き渡る。
静まり返った住宅街や賑わっていた色街も、同じく徐々に騒ぎが広がっていく。
――十分後、ギルド前に集まった数十人の冒険者達を引き連れ、アルノルトは謎の魔物へと近づいていった。
今やそのサイズは二十メートルを超え、今尚大きく膨らんでいるようだった。
「おいおい、何だよ、これは……」
幸福の止まり木亭に辿り着き、その巨大な魔物の全貌を見た冒険者達は、言葉を失う。
そこにあった筈の店は魔物の質量によって潰れ、中に居た人間がどうなったのかは想像に難くない。
空色をした半透明のゼリー状のその塊は、よく見れば一体の魔物ではなく、子供くらいの大きさの塊が幾つも重なりってできていた。
経験豊かな冒険者達はすぐに、この魔物がスライムであることに気が付く。
だが、スライムにあるはずの目と核はなく、また、本来スライムという魔物は群れることは無い。
その時だった。
「――! ご――さ――! ど――――!」
「これは……子供の泣き声……か?」
何処からか聞こえてくるのは、幼い子供の泣き声。
思わず辺りを見渡す冒険者達だったが、その出処は分からない。
アルノルトは、どこかこの声に聞き覚えがあり、必死に思い出そうとする。
そして、突如として絶望は始まった。
「――なあっ!」
ドクン、と塊が一度脈打ち、爆発する。
爆風によって飛ばされた大量のスライム達は、街の全体へと降り注ぐと、次々に住民達を襲いだした。
「――ひいぃ! あ……ぎ、い、痛いぃぃぃ!!」
「おとーさ――あっ……」
「いやああぁあああああ!!」
スライムに纏わり付かれた者達は、あっという間に溶かされ、絶命していく。
街のあちこちで、絶え間なく悲鳴が上がる。
「お前らっ! 急いでこいつを片付けろ!」
当然、黙って見ている訳は無い。アルノルトはこの光景に恐怖する冒険者達を叱咜し、自らも戦いに挑む。
長い夜はまだ、始まったばかりだ。
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