人間不信の異世界転移者

遊暮

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二代目転移者と白亜の遺産

34話 街への帰還

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 ダンジョンの崩落に巻き込まれ、暗闇へと投げ出される。一瞬の浮遊感を感じた後、気が付けば俺達はダンジョンの入口のあった場所に立ち尽くしていた。

「二人とも大丈夫か?」

「はい、マスター」

「……うん」

 辺りを見渡せば、来た時と同じように、重厚な扉が洞窟を塞ぐ形で設置してあるのが見える。
 だが入る前と違い、その扉は開け放たれ、中にはただの薄暗い洞窟が続いていた。
 今はもう、あの異様な雰囲気は消えている。

「じゃあ、街に戻るか」

 こうして、俺の初めてのダンジョン探索は終了したのだった。

 ここでの出会いや出来事が、これから先の異世界生活にどう影響していくのか、それはまだ誰にも分からない。




 街に戻るにあたって、ここで一つの大きな問題が生じた。

 来た時と同様、移動は馬車に乗って行われる。
 当然、馬車を動かすには御者が必要であり、俺やクウは馬を操ることはできないので、自然と御者として人を雇うことになる。
 今回の依頼に限って言えば、依頼主であるダーフィトさんが、それなりに地位のある人間であり、依頼料も相当の額を支払っている。
 そのため、ギルドから御者として人が用意されていたのだが……。

「――ああ、おかえり。……あれ? 依頼人の爺さんは? それとそちらのえらく綺麗なお嬢さんは一体……?」

 俺達が馬車に戻ってきたのを見て、馬の世話をしていた男が顔を上げる。
 彼はすぐに、ダーフィトさんが居ないことと、真白の存在に気付いたようだ。

「あっ……」

 そう、俺はそれらのことをすっかり失念していた。
 本当に今更だが、どうやってギルドに説明したらいいんだ?

 俺が答えるのを躊躇っていると、御者の男が何かを察したような表情で、口を開いた。

「もしかして依頼、失敗したのか。……アンタ新人だろ? 人一人守れないようじゃこれから先が――」

 俺のことをどう聞いていたのかは知らないが、依頼を失敗したと理解して皮肉を言おうとしていた男の言葉が途切れる。
 見れば口を必死にパクパクと動かしてはいるが、声が出ないようで焦りと恐怖を顔に浮かんでいる。

「マスターへの無礼は許しません。……マスター、馬を操るのは私にもできます。殺してもよろしいですか?」

 どうやら真白の仕業だったようだ。
 出会って間もないのに行き過ぎにも思えるこの忠誠心。
 普通なら悩むべき所なのかもしれないが、人間不信の俺にはこのくらいが丁度いいのかもしれない。そう思える安心感があった。

 まあ、だからと言って許可は出したりしないけど。

「いや、殺さなくていいよ。馬車の中で話の続きもしたいから」

 別にそのくらいで殺したりはしない。
 殺したい時は何もなくても殺すし、今は疲れたからゆっくりしたいのだ。気まぐれともいうが。

「……畏まりました。そこの人間、マスターの慈悲に感謝してください。さあ、早く馬車の用意を」

 大袈裟な物言いの真白に苦笑いしながら、今度こそ街に戻るため、馬車に乗り込んだ。
 どうやら俺以外の人間に対しては、あまり興味が無いようで、御者の男に指示を出した後は、俺の斜め後ろで控えている。その表情は相変わらずの無表情だ。

 少しの間とは言え死を感じた男は、青い顔で慌てて御者席に座り、震える手で手網を握って街へと出発した。



 街に着くまでの間、馬車の中で真白に、俺とクウについて詳しく話をした。

 クウも次第に慣れてきたのか、俺の膝に乗って抱き抱えられながらおずおずと自己紹介を済ませる。
 真白は【鑑定】を持っていたので、クウの正体はステータスを見て確認してもらった。
 幼女の見た目からは想像もつかないクウの強さを見た真白は、表情は変わらずとも少なからず驚いたようだった。

 彼女と話せば話す程、真白という人形が人間と同じように感情を持っていることが分かる。
 無表情がデフォルトになってはいるが、顔を見れば何となく感情が読めるようになってきた。
 はっきり分からないのに俺が気持ち悪くなったりしないのは、やはり人形という点と、決して裏切らないと分かっているからだろう。

 次に、俺についても包み隠さず教えた。

 俺が異世界から召喚された転移者であること、戦争に利用されそうだったので同級生を殺し、宝物庫から財宝を盗み出して逃げ出したこと。俺のステータスやスキルについて。
 そして、基本的に人間を信じていないこの歪な考え方も。

 途中から罪を自白させられている犯罪者のような気分にもなったが、真剣に真白は話を聞いてくれた。
 適度に相槌を打ち、俺が両親や同級生を殺害したと聞いても、全く気にした様子はなかった。
 むしろ城の兵士を殺して宝物庫から魔石を盗んだくだりでは、「マスターを利用しようとした当然の報いです。それに、その魔石があったから私は生まれることができたのですね」と、少し嬉しそうでもあった。
 本当に俺以外はどうでもいいらしい。

 ちなみに、一応御者席からは話が聞こえないように真白の【空間魔法】で俺達がいる所を、囲むようにして空間を切り離している。
 こうすることで、外からは何も無いように見えるが、実際は全く別の異空間のようになっており、内外からの干渉は不可能になるらしい。
 この程度なら、それ程魔力も使わないらしく、便利なスキルだと感じる。

 話を終えて、俺は真白の様子を伺う。
 クウは既に、ダンジョンでの疲労が出たのか俺が話しているうちに寝てしまった。
 胸に預けられた体温と静かな寝息が、俺の疲れを癒してくれる。

 話を聞き終えた真白は、何かを言う訳でも無くただひたすらに俺を見つめていた。
 その目に映るのは、揺らぐことのない忠誠心。
 いや、ここまでのものならば、崇拝とも言えるかもしれない。
 俺がどんな人間だろうと、彼女がやることは変わらない。役に立つ、たったそれだけだ。
 たったそれだけが、彼女の存在意義。
 たとえ俺が今すぐに彼女を殺そうとしたとしても、きっと顔色一つ変えず受け入れるだろう。

 そんな彼女が、俺にはたまらなく愛おしく感じた。
 絶対不変の忠誠心を持つ白亜の人形。
 彼女の全ては俺の物。
 嗚呼、なんて素晴らしいんだろう。
 彼女を作った二代目には感謝しよう。

 俺はクウを抱き締めていた腕の片方を、対面に座った真白へと伸ばす。
 右手でサラリと白い髪の頭を撫でた後、その端正な顔へと、ゆっくり指を滑らせる。
 人形でありながら、触っても人間と全く遜色のない手触り。だが、整い過ぎにも感じるその顔は、やはりどこか人間離れしている。
 手を添えられた頬は、僅かに上気している様にも見えた。
 真白はその手を上から自分の手で包み込むと、声は発さずに口だけを動かした。

 ――私の全ては主のために。

 街に着くまで、馬車の中では心地よい静けさが続いていた。
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