人間不信の異世界転移者

遊暮

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完全犯罪は異世界転移で

5話 異世界ファルシア

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 泣き腫らした瞼に違和感を感じつつ、俺は重たい足取りで移動する。午後の講義に向かうためだ。

 正直まだ立ち直れてはいないが、この世界で生きていくためにも、常識くらいは学ばなければならない。常識も知らず野垂れ死んだとあっては、彼女に合わせる顔がない。

「あ、もう会えないんだっけ……」

 帰還方法はない。それが国王から聞いた話だった。そう思うとまた涙が滲んでくる。
 不意に、前方のドアが開く。そこから二人の女子生徒が談笑しながら出てきた。見知った顔、神田聖花と樫尾美紅だった。

「それでさー、あたしが――って、羽吹!? どうしたのその顔!」

「えっ! 真夜くんどうしたの!?」

 二人は俺の様子に気がついたのか、駆け寄ってくる。普段であれば適当に誤魔化して距離を取るのだが、今はそんな気力もない。
 てか、こんな状況でなんで楽しそうにお話してんだこいつら。

 うるさい二人は無視して、俺は足を進ませた――。




 目的の部屋に辿り着くと、一番後ろの席へと座り、辺りを見渡す。

 どうやら既にほとんどの生徒が集まっているようだ。見覚えのある先生の姿もあった。一緒に召喚されていたらしい。

 彼女は独身の二十八才、この急な展開についていけなかったのも致し方ないだろう。
 今も前方の席に座り、虚ろな瞳で天井を見つめている。時々、ニヤリと笑うその姿はちょっとしたホラーだ。

 召喚されたクラスメイトは全部で三十五人、そこに先生を加え、二人が減ったので、今この場にいるのは三十四人という計算になる。
 はしゃいでいたり、暗い顔で俯いていたりと様子は様々だ。だが、多くはこれからの事に不安があるのか、浮かない顔をした者の方が多い。

 ローブを着た爺さんが入ってきて講義は始まった。





 この世界の名はファルシア。

 六柱の神が治める一つの大陸があり、大小様々な国によって成り立つ。

 この世界には人族以外にも多種多様な種族が生活しており、魔法という概念によって発達した独自の文明を築いている。



 これが、講師の爺さんから聞いたこの世界の簡単な説明だ。この大陸では、貨幣は別だが、言語が統一化されているらしい。
 それにしても神がいるのか。加護を与えるために度々、人の前に姿を表すのだそうだ。機会があれば会ってみたいものだ。

 この世界の印象としては中世ヨーロッパ後期、それなりに文明が進んでいた時代と同じくらいのようだが、進んだ魔法技術や過去に召喚された異世界人の影響でおかしなことになっている。
 思い出せば、部屋にあった照明や水洗式のトイレなど、違和感を感じる物も多かった。

 俺達の召喚されたシオン王国の他に、主要な国も幾つか教えられた。

 闘技場や賭博などの娯楽が盛んなロスタル帝国。

 完全実力主義の国で、国民の多くが魔族で構成された魔国ロスーア。

 大陸最大の面積を誇る大森林を有し、多くの獣人が暮らす自然豊かな国、ヴェグリーズ獣王国。

 そして、<光神>アスロンが治める少々特殊な国、アロンディア聖国。

 俺達が召喚された理由はロスーアとの戦争に勝利するため。実力主義のトップに君臨する魔王は、それはもう強いらしく、オマケに性格も残虐非道で、この国は長年苦しめられてきたらしい。俺達にはそいつを討伐してほしいということだった。

 少し気になることのあった俺は、手を挙げて質問する。話の途中だったためか、視線が集まった。どうぞ、と促されたので思い切って聞いてみる。

「過去に召喚されたという異世界人はどうなったのでしょうか?」

 さっき少しだけ話に出ていたが、あからさまに避けていたようで気になったのだ。爺さんは少し迷った素振りをした後、話し始めた。

 異世界人の召喚は過去に二度、他の国で行われている。七十五年前に召喚されたのは、四ノ宮優樹しのみやゆうき、当時十六歳。
 たった一人で召喚された彼だったが、それはもう大活躍したそうだ。

 当時、世界を破壊しようと画策していた魔王を単騎で撃破。その後も、魔王を超えるような化け物を何体も討伐したらしい。
 たった一人、勇者と呼ばれた男。その剣はどんなものでもたやすく切り裂き……、と熱く語る。

 しかし、一変して表情を変え、「じゃが……」と続けた。

 「彼は死んだ。五十二年前に召喚された、他ならぬ異世界人の手によってな」

 その言葉は、俺達に大きな衝撃を与えた――。






 部屋のざわめきが落ち着いた頃、爺さんはまた話し始める。

 二回目の召喚によって召喚された異世界人達は全部で四名。いずれも、負けず劣らず強い能力を持っていたらしい。召喚した国は一回目とは別の国だったが、国民は期待していた。

 勇者と呼ばれていた四ノ宮優樹だったが、その活躍は戦いだけではなかった。
 彼の持っていたユニークスキルは三つ。
 【聖剣召喚】、【叡智の書】、【勇力強化】という、どれも強力なスキルだったという。

 その内の一つ、望んだどんな知識でも得られたという【叡智の書】によって彼は、見たこともないような便利な道具を発明したり、異世界のものだと言う多くの料理を広め莫大な財産を築き上げた。

 そしてその功績は、他国にも伝わっていた。それと同等の力を持った者が四人も召喚されたのだ。期待するなという方が無理な話だった。

 しかし、その期待は裏切られることになる。召喚された一人が、他の三人の内一人を殺したのだ。
 その出来事によって残る二人は失踪。残された一人は暴走し続けた。

 圧倒的な力で国を支配し、国民を苦しめる二代目。
 それを打ち倒すべく立ち上がったのが、勇者の四ノ宮だった。
 しかし、彼はその時既に三十代後半。死闘を繰り広げたがよる年波には勝てず、相打ちとなってしまった。その後は両国とも衰退の一歩を辿り、今では滅びてしまったとのことだ。

 話を終えた室内に重苦しい空気が漂う。それもそうだろう。過去とはいえ同郷の人間がこんな末路を送ったのだ。
 気分がいいやつなんて、今のみんなの心が何となく分かって嬉しい俺ぐらいだと思う。

 そんな様子を見かねたのか、爺さんは慌てた様子でフォローする。

「と、とはいえっ! 過去は過去じゃ! そなたたちは丁重に扱うし、もしも何かあったら、今度は神様達が黙っておらんじゃろう!」

 なるほど。これが異様なほど扱いがいい理由だったのか。流石に神と対立する訳には行かないということだろう。

「それでは、これで終了とする。明日は魔法講義と戦闘訓練じゃ、それまでゆっくり体を休めるといい」

 そう言って、爺さんが部屋から出ていくと、空気が一気に弛緩する。皆それぞれ、これからの先のことを話し合っているようだ。俺も静かに席を立って宛てがわれた自分の部屋へと向かう。

 ――さて、そろそろ抜け出す準備でもしようか。
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