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二章 二度目の人生
84【話し合い①】
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公爵様に案内されたのは談話室のような落ち着いて話ができる部屋だった。お父様の表情は相変わらずだけれど、それが怒っているからではないとわかるから不安になることはない。
部屋へ入るとすぐにメイドさんがお茶やお菓子を用意してくれて、すぐに部屋から静かに出て行った。
私たち三人はそれぞれ別のソファーへと腰掛けた。私とお父様が向かい合う形で、その間にいる公爵様のソファーの横にはトワラさんとデオンさんがいる。
そして当然のように、クロが私の膝の上にのって丸まった。
「あの、公爵様。アイシラ様たちには……」
ここへ来るよりも先にアイシラ様たちに会うのかと思っていたけど、会わずにそのままこの部屋へと案内されて少し困惑してしまった。想定していた時間よりも長くかかってしまうことで、戻ってこないとアイシラ様たちが心配しているんじゃないかと不安になる。
けれど、トワラさんによってすでにこのことがアイシラ様には伝わっていると教えてくれた。
「アイシラたちのことは心配しないでね。それに、シアちゃんもこのまま話をした方がいいだろう?」
「はい、ありがとうございます」
お父様と話をする、と決心したこの気持ちを保っているままの方が気が削がれることなく話しやすいはずだ。
「シアちゃん、確認なんだけど俺もこの場にいてもいいのかな?」
「はい、大丈夫です」
公爵様はそこにいてくれるだけで話をしやすい空気を作り出してくれるし、私とお父様の会話を取り持ってくれるからとても頼りになる存在だ。
「話してみなさい」
お父様がまっすぐに私を見ながら静かに言葉を発した。
「お父様、勝手なことをして……心配をかけてごめんなさい」
「あぁ」
「今日、私がトワラさんとしていたことは……その……」
ふぅ、と小さくため息をつき呼吸を整えた。お父様と話をする時のことを頭の中で何回も考えてきた。けれど、話をする時がいざくるとこんなにも緊張するなんて。
「お前の魔力と関係があるんだろう」
「……え?」
「ほんの僅かだが、魔力が感じられる」
お父様が私の魔力に気が付いた……?
自分でもまだよくわからないのに。
「……はい、そうです。お父様は私が魔法を使えないということに気が付いて……ますよね?」
「……あぁ」
「私は……このままの状態だと、ずっと魔法が使えません。十歳を過ぎても、大人になっても。なので私に侯爵家の能力が発現することもありません。それで……トワラさんに手伝ってもらったんです」
「…………」
「お父様にも、誰にも相談ができませんでした。怖かったんです、お父様やお兄様に私が魔法を使えないということを知られてしまうのが……私がお父様の本当の娘ではないと疑われてしまうんじゃないか――、そう思っていました」
「お前は私の娘だ。誰が何を言おうとも、それが変わることはない」
お父様の金色の瞳はまっすぐに私を見つめたまま。
「今のお父様なら……そう言ってくださると思っていました」
私がそう小さく呟くとお父様の表情が申し訳なさそうに少しだけ歪んだ。それは、これまでの私に対する態度への後悔からくるものだろう。
"今のお父様なら’’
その言葉に違う思いが込められていることをお父様も公爵様も知らない。
「……どうして魔法が使えないのか原因は知っていました。けれど、それがどういったものなのかまではわからなくて……でも、ここへ来てトワラさんに会って……教えてもらったんです」
私がゆっくり言葉を選びながら話すのをお父様も公爵様も静かに聞いてくれた。
「原因は――、なんだったんだ?」
「私の中に穢れた黒い魔力が混ざっているそうです。それが私の魔力の流れを止めてしまっているので魔力を感じることができなかったし、魔法を使うことができないのです」
「穢れた、黒い魔力だと……?」
「はい。トワラさんが魔獣ならその穢れた黒い魔力を吸収できると教えてくれたんです」
【私たちのよく知っている魔力と似ていましたからね。それなら魔獣である私が完全には無理でも取り除くことができると判断したのです】
「だが、その黒い魔力とはそもそもなんだ? 魔物の魔力なら黒く穢れているが……まさか……」
お父様は黙ったまま何かを考え込んでいるようで、なぜか先ほどクロに噛まれた指に触れた。公爵様は「だからトワラか……」と納得したように言葉を発した。
【ごめんなさい、シア。魔物の魔力のことをきちんと話しておくべきでしたね。ですが私にはそれが純粋に魔物の魔力だとは思えず話ができませんでした】
「いえ、トワラさんが確信できなかったことを私が聞いても理解できなかったと思います」
【デオン、あなたは何かに気が付いたのでしょう?】
そうトワラさんがデオンさんに問いかけたため、公爵様のすぐ横にいるデオンさんに自然と目がいく。すると、デオンさんと視線が合った。
「シアちゃん、その黒い魔力のことでデオンが何か知っているみたいだ。……クロ、こっちにおいで」
「え……?」
公爵様に呼ばれたクロは耳をピンッと立たせてもぞもぞと動き、私の腕の中から下へと降りてデオンさんとトワラさんのいる場所まで行ってしまった。
クロを目で追いかけると、クロのお父さんであるデオンさんがクロの匂いをかぐ仕草を見せた。すると立ち上がり、そのまま私の目の前まで来た。
ここまで近付くと、トワラさんよりも一回りは大きいデオンさんに少し怯んでしまう。
「あの……?」
デオンさんは私をじっと無言で見つめたままだ。
【美味そうだな】
と、一言だけ頭の中に声が響いた。
これはデオンさんの声だろう。
深みのある、とても心地の良い声だっ――って、今、なんて言いました……? う、美味そう……?
困惑したのは私だけではなかった。お父様も公爵様も眉間に皺を寄せており、お父様に至ってはソファーから立ち上がり、私の側まで来てしまった。
「待て待て、デオン。お前、今なんて言った……?」
公爵様は今日一番、戸惑っているのではないだろうか。
【あぁ、美味そうだな、と】
「いや、美味そうって……そうじゃなくてだな。黒い魔力についての話をするんだろ……?」
【あぁ、そうだ】
「はぁ……。デオン、とりあえず聞いてやるが、何が美味そうだって?」
公爵様はデオンさんの言葉に笑顔が少しぎこちないことになってしまっている。デオンさんが私を美味そうだと言ったことが聞き間違いだと思いたいのだろう。
【だから、この子が】
けれど、デオンさんは公爵様の期待を裏切るようにそう言って前足で私を指していた。デオンさんのその姿はすこし可愛らしく見えてしまった。
「あの、デオンさん……? 私を食べても美味しくはない、と思います」
デオンさんの突然の発言に私も少し困惑しながらも、とりあえずデオンさんの話に合わせてみることにした。
「おい、公爵。お前のとこの魔獣は人間を食べるのか」
「んなわけないだろ!? レオ、お前でもそんな冗談言うんだな!?」
「それならなぜ私の娘を美味そう、などと言うんだ」
「いや、俺にはなんとなく理由はわかるけど……デオン、いきなり誤解を招くような言い方をするな」
【いや、俺も食べたいなと】
とどめの一言でも聞いてしまったかのように、公爵様は「もうしゃべるなっ!」とデオンさんに向かって声を荒げた。
美味しそうだと言われた時は驚いてしまったけれど、デオンさんが本気で私を食べようなどと思っていないことは公爵様と同じように私にもわかっている。
なら、デオンさんが何を食べたいと言ったのか。
たしかに私を、だけれど他の人が聞いたら誤解してしまうだろう。デオンさんが美味しそうだと言ったのは、私の中にある黒い穢れた魔力のことだ。クロが美味しそうに食べてしまったあれだ。
もし私の中にあるものが魔物の魔力ならば、魔獣であるデオンさんにも力の源になるものだから食べたいと言ったのだろう。
【侯爵、魔獣なりの冗談だ。本気にするな】
その言葉にお父様が少し苛ついてしまったのがわかった。
デオンさん、お父様に冗談は通じないと思います……。
部屋へ入るとすぐにメイドさんがお茶やお菓子を用意してくれて、すぐに部屋から静かに出て行った。
私たち三人はそれぞれ別のソファーへと腰掛けた。私とお父様が向かい合う形で、その間にいる公爵様のソファーの横にはトワラさんとデオンさんがいる。
そして当然のように、クロが私の膝の上にのって丸まった。
「あの、公爵様。アイシラ様たちには……」
ここへ来るよりも先にアイシラ様たちに会うのかと思っていたけど、会わずにそのままこの部屋へと案内されて少し困惑してしまった。想定していた時間よりも長くかかってしまうことで、戻ってこないとアイシラ様たちが心配しているんじゃないかと不安になる。
けれど、トワラさんによってすでにこのことがアイシラ様には伝わっていると教えてくれた。
「アイシラたちのことは心配しないでね。それに、シアちゃんもこのまま話をした方がいいだろう?」
「はい、ありがとうございます」
お父様と話をする、と決心したこの気持ちを保っているままの方が気が削がれることなく話しやすいはずだ。
「シアちゃん、確認なんだけど俺もこの場にいてもいいのかな?」
「はい、大丈夫です」
公爵様はそこにいてくれるだけで話をしやすい空気を作り出してくれるし、私とお父様の会話を取り持ってくれるからとても頼りになる存在だ。
「話してみなさい」
お父様がまっすぐに私を見ながら静かに言葉を発した。
「お父様、勝手なことをして……心配をかけてごめんなさい」
「あぁ」
「今日、私がトワラさんとしていたことは……その……」
ふぅ、と小さくため息をつき呼吸を整えた。お父様と話をする時のことを頭の中で何回も考えてきた。けれど、話をする時がいざくるとこんなにも緊張するなんて。
「お前の魔力と関係があるんだろう」
「……え?」
「ほんの僅かだが、魔力が感じられる」
お父様が私の魔力に気が付いた……?
自分でもまだよくわからないのに。
「……はい、そうです。お父様は私が魔法を使えないということに気が付いて……ますよね?」
「……あぁ」
「私は……このままの状態だと、ずっと魔法が使えません。十歳を過ぎても、大人になっても。なので私に侯爵家の能力が発現することもありません。それで……トワラさんに手伝ってもらったんです」
「…………」
「お父様にも、誰にも相談ができませんでした。怖かったんです、お父様やお兄様に私が魔法を使えないということを知られてしまうのが……私がお父様の本当の娘ではないと疑われてしまうんじゃないか――、そう思っていました」
「お前は私の娘だ。誰が何を言おうとも、それが変わることはない」
お父様の金色の瞳はまっすぐに私を見つめたまま。
「今のお父様なら……そう言ってくださると思っていました」
私がそう小さく呟くとお父様の表情が申し訳なさそうに少しだけ歪んだ。それは、これまでの私に対する態度への後悔からくるものだろう。
"今のお父様なら’’
その言葉に違う思いが込められていることをお父様も公爵様も知らない。
「……どうして魔法が使えないのか原因は知っていました。けれど、それがどういったものなのかまではわからなくて……でも、ここへ来てトワラさんに会って……教えてもらったんです」
私がゆっくり言葉を選びながら話すのをお父様も公爵様も静かに聞いてくれた。
「原因は――、なんだったんだ?」
「私の中に穢れた黒い魔力が混ざっているそうです。それが私の魔力の流れを止めてしまっているので魔力を感じることができなかったし、魔法を使うことができないのです」
「穢れた、黒い魔力だと……?」
「はい。トワラさんが魔獣ならその穢れた黒い魔力を吸収できると教えてくれたんです」
【私たちのよく知っている魔力と似ていましたからね。それなら魔獣である私が完全には無理でも取り除くことができると判断したのです】
「だが、その黒い魔力とはそもそもなんだ? 魔物の魔力なら黒く穢れているが……まさか……」
お父様は黙ったまま何かを考え込んでいるようで、なぜか先ほどクロに噛まれた指に触れた。公爵様は「だからトワラか……」と納得したように言葉を発した。
【ごめんなさい、シア。魔物の魔力のことをきちんと話しておくべきでしたね。ですが私にはそれが純粋に魔物の魔力だとは思えず話ができませんでした】
「いえ、トワラさんが確信できなかったことを私が聞いても理解できなかったと思います」
【デオン、あなたは何かに気が付いたのでしょう?】
そうトワラさんがデオンさんに問いかけたため、公爵様のすぐ横にいるデオンさんに自然と目がいく。すると、デオンさんと視線が合った。
「シアちゃん、その黒い魔力のことでデオンが何か知っているみたいだ。……クロ、こっちにおいで」
「え……?」
公爵様に呼ばれたクロは耳をピンッと立たせてもぞもぞと動き、私の腕の中から下へと降りてデオンさんとトワラさんのいる場所まで行ってしまった。
クロを目で追いかけると、クロのお父さんであるデオンさんがクロの匂いをかぐ仕草を見せた。すると立ち上がり、そのまま私の目の前まで来た。
ここまで近付くと、トワラさんよりも一回りは大きいデオンさんに少し怯んでしまう。
「あの……?」
デオンさんは私をじっと無言で見つめたままだ。
【美味そうだな】
と、一言だけ頭の中に声が響いた。
これはデオンさんの声だろう。
深みのある、とても心地の良い声だっ――って、今、なんて言いました……? う、美味そう……?
困惑したのは私だけではなかった。お父様も公爵様も眉間に皺を寄せており、お父様に至ってはソファーから立ち上がり、私の側まで来てしまった。
「待て待て、デオン。お前、今なんて言った……?」
公爵様は今日一番、戸惑っているのではないだろうか。
【あぁ、美味そうだな、と】
「いや、美味そうって……そうじゃなくてだな。黒い魔力についての話をするんだろ……?」
【あぁ、そうだ】
「はぁ……。デオン、とりあえず聞いてやるが、何が美味そうだって?」
公爵様はデオンさんの言葉に笑顔が少しぎこちないことになってしまっている。デオンさんが私を美味そうだと言ったことが聞き間違いだと思いたいのだろう。
【だから、この子が】
けれど、デオンさんは公爵様の期待を裏切るようにそう言って前足で私を指していた。デオンさんのその姿はすこし可愛らしく見えてしまった。
「あの、デオンさん……? 私を食べても美味しくはない、と思います」
デオンさんの突然の発言に私も少し困惑しながらも、とりあえずデオンさんの話に合わせてみることにした。
「おい、公爵。お前のとこの魔獣は人間を食べるのか」
「んなわけないだろ!? レオ、お前でもそんな冗談言うんだな!?」
「それならなぜ私の娘を美味そう、などと言うんだ」
「いや、俺にはなんとなく理由はわかるけど……デオン、いきなり誤解を招くような言い方をするな」
【いや、俺も食べたいなと】
とどめの一言でも聞いてしまったかのように、公爵様は「もうしゃべるなっ!」とデオンさんに向かって声を荒げた。
美味しそうだと言われた時は驚いてしまったけれど、デオンさんが本気で私を食べようなどと思っていないことは公爵様と同じように私にもわかっている。
なら、デオンさんが何を食べたいと言ったのか。
たしかに私を、だけれど他の人が聞いたら誤解してしまうだろう。デオンさんが美味しそうだと言ったのは、私の中にある黒い穢れた魔力のことだ。クロが美味しそうに食べてしまったあれだ。
もし私の中にあるものが魔物の魔力ならば、魔獣であるデオンさんにも力の源になるものだから食べたいと言ったのだろう。
【侯爵、魔獣なりの冗談だ。本気にするな】
その言葉にお父様が少し苛ついてしまったのがわかった。
デオンさん、お父様に冗談は通じないと思います……。
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