誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
82 / 88
二章 二度目の人生

82【お父様との距離②】

しおりを挟む
「……お父様、私のことを心配……してくれたのですか?」

「あぁ」

「……どうしてですか?」

 私が小さな声で話しかけると、お父様はゆっくりと顔を上げその視線は私へと向けられていた。
 お父様の綺麗な金色の瞳はしっかりと私を見ていた。

「お前は、私の娘だろう」

「え――?」

 お父様の口からしっかりと聞くことのできた「私の娘だ」という言葉。そのたった一言が聞けただけで私の目からは自然と涙が溢れ出した。

「……っ、う……」

 ぽろぽろと溢れてくるのは悲しみの涙じゃなくて嬉しくて止まることのない涙だった。
 お父様の言葉を噛み締めるように、無言で泣き出した私にお父様の瞳が大きく開き動揺しているのがすぐにわかった。

 私は泣きながらもお父様から視線を逸らさずにいた。

「どうして泣くんだ」

 どうしてかな?
 ずっとわからなかったお父様の感情が、今になってわかるようになったからだろうか。

「こら、泣くんじゃない……なぜお前は私の前では泣いてばかりいるんだ」

 泣いてる子どもに泣き止めだなんて、お父様らしいというか。そういえば、時間が遡ってから初めてお父様に会った時も泣いてしまった。しかもお父様のお洋服まで汚してしまって。
 でもまだ二回だけだから、今は泣くのを許してほしい。

「……っ、心配を……かけて、ごめんなさい……」

「あぁ、二度とこんな勝手なことはするな。何かあるなら話してほしい」

「……でも、お父様はいつも忙しいのでしょう」

 私がそう言うと、お父様は申し訳なさそうに顔を歪めた。
 こんなに戸惑っているお父様を見るのは初めてのことで、私自身も少し困惑している。

「それ、は――、すまなかった」

 そう返事をするお父様の声は小さくて。

「私の話を、怒ったりせずに……聞いてくれますか?」

「内容に――いや、努力しよう」

「…………」

 えっと……お父様、今"内容による"って言いかけましたよね? でも、言葉を選んで言い直してくれたんですよね?
 そう考えると不思議と心が温まった。
 私が泣きながら頬を緩めると、「何がおかしいんだ」と少し不貞腐れたような声を出した。

 そんな貴重な姿を見られたことも、私の気持ちを汲んでくれたのか、努力すると言い直しをしてくれたことにお父様の歩み寄りが感じられて嬉しくなった。

「お父様なりの、でいいですから努力……してください。私も頑張って話しますから」

「あぁ、わかった」

 お父様はそう言いながら目の前で膝を折ると、私と視線が同じ高さになった。ハンカチで私の涙を不器用ながらも優しく拭いてくれた。こんな私たち親子の姿をルカお兄様が見たらどんな表情をするだろう。

「ふふっ」

「……なぜ笑う」

 私たちはもう大丈夫なんだと。

 すぐにお父様との距離が近付くことは難しいかもしれないけれど、これからは怯えたり、気を遣ったりしなくても大丈夫なんだと、そう思えた。

 私の心は温かい気持ちでいっぱいに、と思っていると――。
 
「……うっ、」

 なぜか突然クロがお父様の指に噛み付いた。

「……えっ、ク、クロ!?」

 もぞもぞと腕の中から顔を出したかと思えばいきなり噛み付いたクロ。小さな口はお父様の小指にしっかりと噛み付いていた。

「ど、どうしたの? 噛み付いたらだめよ、クロ」

 そう言ってみるものの、クロは指から口を離そうとはしなかった。クロに噛まれたお父様は無理やり指を離そうとはせずにそのままじっとしていた。

 てっきり力付くでクロを離そうとするのではと思ったけれど、小さな魔獣相手にそうすることをしないその姿に少しの優しさが垣間見えた。

 この状況をどうしようかと思っていると、公爵様が慌てたようにこちらへと来てくれた。

「こらこらこら! クロ、やめなさい」

 この場を見守っていた公爵様だったけれど、噛み付いたままのクロをそのまま放っておくわけにもいかないと思ったようだ。

「こら、クロ。せっかくいい感じの雰囲気だったのに……空気を読みなさい! まぁ、こいつにがぶっと噛み付きたくなる気持ちはわかるけども」

「おい、公爵。それはどういう意味だ」

「いや、まぁ……それは」

「お前のところの魔獣だろう。早くなんとかしてくれ」

 公爵様に諭されてクロはやっと小指から口を離した。お父様の小指を見ると、歯形がしっかりと付いてはいたけれど血は出ていなかった。

 お父様はなぜか、噛まれた小指を訝しげにじっと見つめていた。

 クロはお父様に怪我をさせる気はなかったようだ。
 それにしても、どうして突然噛み付いたんだろう。

【侯爵があなたにひどいことをした人間だと、クロは感じているのでしょうね】

「トワラさん……?」

 トワラさんがいる方を見れば、いつの間にか番と一緒に寄り添いながらこちらの様子を見守っていた。

【ちなみに侯爵に対して怒っているのはクロだけではありませんよ。聖獣も触れることはできなくても小さな前足で侯爵の頭を――、あぁ、ごめんなさい。小さな、は余計でしたね。そんなに怒らないでください】

 どうやらクロは記憶の中のお父様と、目の前にいるお父様の姿が混同してしまったようだ。私が死んでしまったあとのことはわからないけれど、もしかして何かあったのだろうか……。

 お父様には申し訳ないけれど、私を想って噛み付いてしまったクロの姿を愛しく感じてしまう。

 聖獣の猫ちゃんも、お父様に対していい感情はないみたいね。姿が見えるようになったらなんだか大変なことになりそう――、とそう思っているとお父様との公爵様の表情が険しくなっていることに気が付いた。

「なんだ? 今の声は……」

 え、まさか。
 心臓の鼓動が早まっていくのがわかった。

「おいおい、トワラ。今のはどういうことだ?」

 まさかトワラさん、今の会話は私だけでなくお父様たちにも聞こえるようにしていたの……!?
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...