誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

81【お父様との距離①】

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「お節介だというのはわかってる。けどな、このままじゃまずいと思ったんだ」

 何かを考え込んでいるお父様よりも先に公爵様が口を開いた。その表情からは何か焦っているような、不安が感じられた。

「なぜだか取り返しのつかないことが起きる気がして放っておけなかったんだ」

「大きなお世話だ」

 そう返事をしたお父様の声は小さかった。
 先ほどまでの怒りを含んだ声とは違い静かなものだった。

「最近のお前はいい方向に……少し変わったと思ったんだが……」

「なんだと?」

「いやだってさ、女の子が着る服について俺に聞いて――」

 公爵様がそこまで言うと、お父様は公爵様の口を押さえ込んでしまった。その姿に私は見てはいけないものを見てしまったような、なんとも気まずい気持ちになった。

「うぐっ、ごほっごほっ、……おい、レオ! 俺を殺す気か!?」

 お父様の手を振り解いた公爵様は涙目になりながら睨んでいるけれど、お父様も同じように睨み返したまま無言だ。

「お、お前な……絶対にこの話はまた後でしてやるからな!? 蒸し返してやるからな!?」

「しなくていい、黙っていろ」

「こんのっ、いや……シアちゃんの前で汚い言葉を聞かせるわけにはいかないな」

「いえ、私のことは気にしないで――」

 話を続けてください、と言おうとして口をつぐんだ。
 お父様が止めた会話を続けてくださいだなんて、とても私の口からは言えなかった。気にはなるけれど……。

「……こほん、話を戻そう。その、ごめんね、シアちゃん。君にこんな話を聞かせてしまって……でも、こうでもしないとこいつは話を聞く気もする気も起きないやつだからさ」

「…………」

「こいつは本当にだめな大人だよね? 自分一人ではまともに娘と会話ができないんだからさ。レオ、はっきり言うが、こうなったのはお前のせいだぞ」

 その言葉にお父様は反論するとかと思ったけれど、公爵様の話を黙ったまま聞いていた。

「もう一度言うが、シアちゃんが一人で勝手に行動してしまったのはお前のせいだ。話したくても話せなかったんだろうよ。お前のその態度のせいで」

 公爵様に、"私がちゃんと相談をしなかったのがいけなかったから"と言いたかったのに、途中で遮られてしまった。

「だめだよ、シアちゃん。こんなやつ庇わなくていいんだよ? こいつは本当に昔から話を聞かないやつなんだ」

「ですが、今回のことは本当に私が――」
 
「あぁっ、もう。レオ、お前本当に今まで何をやっていたんだ!? シアちゃんがこんなに自分のことを卑下するようになったのはお前のせいだぞ!?」

「それは――」

「俺が知っているこの子はな、元気に明るく笑う子だったはずだ。こんなふうに人の顔色をうかがって視線を合わせられなくなるような――あっ、いや、その……ごめんね、シアちゃん……」

「だ、大丈夫です」

「いや、失礼なことを……」

「いえ……」

 そうしてそのまま公爵様も気まずそうに黙ってしまった。
 話をするタイミングを逃してしまい、どう切り出したらいいかと悩んでしまう。

「おい、クロ……そんな目で俺を見るな……」

 公爵様は私が抱っこしたままになっているクロに視線を移していた。クロも公爵様を見ており、小さく"きゃぅ……"と鳴いて私の腕の中で頭をすりすりと埋めるようにして落ち着いた。

「いった! お前までなんだよ……」

 今度は公爵様の魔獣が長い尻尾で足を叩いたようだ。

「あの、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だよ。こいつらは俺が君に失礼なことを言ってしまったのを呆れているんだよ……」

「あの、本当に私は気にしていないので大丈夫です」

「いやいや、シアちゃんにそう言わせてしまっているのがすでにだめなんだよね」

「いえ……」

 そうしてまた静かになってしまった。
 私がお父様と話をしないといけないはずなのに、この場は私と公爵様か、公爵様とお父様との会話になってしまっている。

 会話の成り立たない親子に公爵様もどうしたものかと気を揉んでいるのだろう。それに、公爵様もお父様と話をしなければと考えているようにみえる。

 けれど、口を開いたのはお父様だった。

「……公爵、なぜ俺に話さなかった」

「ん? なんだ?」

「先ほど言っていただろう、このことを知っていたと」

「あ、あぁ~……」

 公爵様はお父様から視線を逸らした。
 なぜ公爵様がトワラさんとのことを知っていたのか、その理由なら私にはわかるけれど、お父様が聞いているのはそれではないのだろう。

 なぜ、話さなかったのか。

「怒るなよ……?」

「それは聞いてから決める」

「あー、そのだな? すまん、お前を試した」

「……なんだと?」

「お前がどんな行動に出るか、試したんだよ……って、ちょ、待て待て待て! 手に魔力を込めるな! それをどうする気だ!?」

「………………」

「無言になるな! 怖いから!」

「……それで?」

「それでって、……まぁ、さっき言っただろう。お前の気持ちもわからんでもないしな、と」

「それが試したかったことか?」

「そうだよ。あ、シアちゃん、今回のことを利用するようなことをしてしまってごめんね」

 公爵様が試したことがなんだったのかよくわからなかったけれど、「大丈夫です」と伝えると公爵様はなぜか優しく微笑んだ。

「安心していいんだよ、シアちゃん」

 そう小さく、私に聞こえるように伝えた。

「え……?」

「俺の魔獣にも手伝ってもらったんだよ。それで、トワラと何かをしていると感づいた素振りをしてもらってね……そしたらこいつ、顔には出してないつもりだろうけど血相変えてここまで来たんだよ?」

「えっと、それは……」

「レオに言ったこと、"お前の気持ちもわからんでもないしな"っていうのは、子どものことを心配するその気持ちがってことだよ」

「しん、ぱい……?」

「そうだよ、こいつはシアちゃんのことが心配でここまですっ飛んで来たんだよ?」

 ……お父様が? 私のことが心配で……? 本当に?

「いやぁ、あいつの心配する気持ちがあんな破壊的な行動になるとは思わなんだけど……あれ? そういえば学生時代にこいつの奥さんに話しかけた男にも同じように――」

「おい、勝手なことをべらべらと……!」

「なんだよ、お前が口下手なのがいけないんだろ。あとその態度と表情。いつもの無表情なら百万歩譲って仕方ないにしても、お前の今のその表情は子どもなら泣いて怖がるに決まってるだろう」

「なっ、」

 お父様は公爵様のその言葉でまた私から顔を背けてしまった。一瞬見せた表情にはどこか寂しさが感じられた――ような気がした。

 今までならお父様の小さな変化を見逃してしまっていたかもしれない。気のせいだとか、そう見えただけとか。

 もしかして、と思っても心の奥に留めて口に出すことなんてしなかった。

 でも、今日は……私の勘違いじゃないなら――。

「あの、お父様」

「…………」

「お父様っ、」

「なんだ……」

 こちらへ顔を向けてはくれない。けれど、その声色は優しいものだった。どうしてこちらを見てくれないのか。

「どうして、こちらを向いてはくれないのですか……?」

「……怖がるだろう」

 そう小さく呟くその声を聞いただけで、温かいものが私の胸の奥から込み上げてきた。
 もっと早く、こうして話をすれば何かが変わっていたんじゃないのかな。
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