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二章 二度目の人生
79【私の愚かさ】
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まさか――。
でも、なんだか胸騒ぎがする。こういう時の嫌な勘って当たるものだから。
私は不安な気持ちを隠すようにクロを撫でて心を落ち着かせようとした。
クロは尻尾を可愛らしく振りながら"くぅん、くぅん……"と鳴いている。私の気持ちが伝わってしまったのか、どこかクロも不安そうだ。
【念のため日を選んではいたのですが……】
すると突然、温室の出入り口の方から大きな音が聞こえた。これは扉が開いたというよりも、破壊された音だろう。
急いで立ち上がり音がした方を見ると、こちらにまできてしまいそうなほど大きな砂煙が見えた。
そこから一番最初に目に入ってきた人物は――。
お父様だった。
「お、お父様……」
お父様は私を見つけると、無言でこちらへと足早に近付いてきた。その表情は見るからに冷たく、怖い、という感情を抱かせるには十分なものだった。
娘なのに、お父様が怖くて足が震えてしまうなんて。
「お、お父様。あの、なぜ……こちらに……?」
自分でもわかるほど、動揺して声が震えている。
声だけでなく、クロを抱えている手まで。
「ここでいったい何をしていたんだ」
「……っ、」
怖い……。
お父様が、怖い。
こんなにも冷たい声を聞いたのはいつぶりだろうか。ここまで冷たい声は時間が遡る前にだって聞いたことがない。
とても怒っているのだと、すぐにわかった。
「わ、私……は……」
何をどう言えばお父様を納得させることができるのかわからず、声が出ずに言葉がつまってしまう。何かを話さなければ、と口を開いたところで私の言葉は男性の声によって遮られた。
「おいっ、レオ! 勝手に先に行くな! 公爵家の魔獣を足代わりにするやつがいるかっ! あぁもう、扉を破壊しやがって……」
お父様の後ろから頭をぽりぽりと掻きながら現れたのは公爵様だった。そして公爵様のすぐ横には体の大きな動物がいた。おそらく公爵様の魔獣でトワラさんの番なんだろう。
「もう一度聞く。ここで何をしていたんだ?」
お父様は公爵様に見向きもしない。
ただ私をまっすぐに見ている。
「待て、待て、待て! レオ、まずその表情をやめろ。ついでにその声色もやめろ、なんなら話し方もよくないぞっ!? お前は娘の怯えた表情が見えていないのか?」
そう言われたお父様は、まるで今初めて私が目に入ったかのようにハッとした表情をした。
あぁ、私を見てはいても、私のことなど本当に見てはいなかったのね……。
私から目を逸らしたお父様はどこか気まずそうだった。
ただ、お父様から感じられる怒りは変わらない。
「こほん。やぁシアさん、こんにちは。私のことは覚えているかい?」
「こ、公爵様……お邪魔しております……」
破壊された扉、怒っているお父様——。
この状況でどう挨拶をしたらいいのか悩んでとりあえず無難な返事になってしまった。
「うんうん、よく来てくれたね。ユーシスが今日のことをとても楽しみにしていたんだよ。みんなと楽しく過ごしたかい?」
公爵様はにこにこと微笑みながら会話を続ける。
「は、はい、もちろんです。みなさん……とても、優しくしてくれて……それに……それで……」
どうしよう、うまく言葉が続かない。
息が苦しい……。
「大丈夫だよ、ほら、ゆっくり呼吸して」
公爵様は私の背中を優しく撫でてくれた。
落ち着いて呼吸を整える。
クロも心配そうに私の手をぺろぺろと舐めている。
「落ち着いた?」
「はい……」
「アイシラにも会えたかい? どんな話をしようかと、楽しそうに考えていたんだよ」
「たくさん、お話ができました」
「おぉ、それはよかったね。ちなみにどんな話をしたんだい?」
「えっと、まず赤ちゃんの魔獣を見せてもらいました。とても可愛くて……。あ、それから私が知らなかったお母様の話も聞けましたし……」
「あぁ、それも聞いたんだね。いやぁ、それにしてもクロが君に懐いていると聞いた時は驚いたけれど、本当に君にべったりだね」
そうだ、クロを抱っこしたままだ。
公爵様だけでなく、クロのお父さんもいるのに。
けれど、クロは私の不安をよそに腕の中で気持ちよさそうにしている。
「公爵、いい加減にしろ」
今はそんな呑気な会話をしている場合ではないと言いたげなお父様が視界に入る。私はつい、お父様から逃げるように視線を外してしまっていた。
「お前な、この子のさっきの状態に気付いていないのか?」
「…………っ、」
お父様の表情が歪んだ。
「まぁまぁ、レオ。どんなことにも物事には順序というものがあってだな……」
「私にそんなのものはない」
「いやいやいや、ないわけないぞ? はぁ、まぁ……仕方ないか。お前の気持ちもわからんでもないしな」
公爵様はそう言って私の方を見た。
「あー、どうしたもんかな。えーと、シアさん?」
「は、はい。公爵様、私のことはどうか呼び捨てでお願いします……」
「そう? わかったよ」
公爵様は私に聞き辛そうにしてはいるが、きっと予想はしているのだろう。
「どうしてレオが、君の父親がここに来たのかわかるかい?」
「それは……」
どうしよう、説明をするべきだよね?
でも、どこから話せばいい? 何を? どこまで?
お父様に話をしようと決めたといっても、どう話をするのかは考えていなかったから……。
【シア、あなたはどうしたいのですか】
「トワラさん……」
私がどうしたいのか——。
公爵様とお父様がここへ来たということは私とトワラさんで何かをした、ということはもう知られてしまっている。
幸い、吐き出した黒い魔力の残りカスはクロが食べてしまって証拠はないけれど……。
私がここで変に誤魔化したり、嘘をついてしまうときっと公爵様からの信頼は無くなるのだろう。
もしかすると二度とここへは来られなくなってしまうかもしれないし、公爵家と侯爵家の仲が悪くなってしまうかもしれない……。
ユーシスにも、ロゼリア様にも、誰にも会えなくなってしまうかもしれない。
私の愚かな考えが、こうして結局迷惑をかけ、公爵家に混乱を招いている。お父様や公爵様に何も言わずに行動してしまった私の考えが浅はかだった。
でも、なんだか胸騒ぎがする。こういう時の嫌な勘って当たるものだから。
私は不安な気持ちを隠すようにクロを撫でて心を落ち着かせようとした。
クロは尻尾を可愛らしく振りながら"くぅん、くぅん……"と鳴いている。私の気持ちが伝わってしまったのか、どこかクロも不安そうだ。
【念のため日を選んではいたのですが……】
すると突然、温室の出入り口の方から大きな音が聞こえた。これは扉が開いたというよりも、破壊された音だろう。
急いで立ち上がり音がした方を見ると、こちらにまできてしまいそうなほど大きな砂煙が見えた。
そこから一番最初に目に入ってきた人物は――。
お父様だった。
「お、お父様……」
お父様は私を見つけると、無言でこちらへと足早に近付いてきた。その表情は見るからに冷たく、怖い、という感情を抱かせるには十分なものだった。
娘なのに、お父様が怖くて足が震えてしまうなんて。
「お、お父様。あの、なぜ……こちらに……?」
自分でもわかるほど、動揺して声が震えている。
声だけでなく、クロを抱えている手まで。
「ここでいったい何をしていたんだ」
「……っ、」
怖い……。
お父様が、怖い。
こんなにも冷たい声を聞いたのはいつぶりだろうか。ここまで冷たい声は時間が遡る前にだって聞いたことがない。
とても怒っているのだと、すぐにわかった。
「わ、私……は……」
何をどう言えばお父様を納得させることができるのかわからず、声が出ずに言葉がつまってしまう。何かを話さなければ、と口を開いたところで私の言葉は男性の声によって遮られた。
「おいっ、レオ! 勝手に先に行くな! 公爵家の魔獣を足代わりにするやつがいるかっ! あぁもう、扉を破壊しやがって……」
お父様の後ろから頭をぽりぽりと掻きながら現れたのは公爵様だった。そして公爵様のすぐ横には体の大きな動物がいた。おそらく公爵様の魔獣でトワラさんの番なんだろう。
「もう一度聞く。ここで何をしていたんだ?」
お父様は公爵様に見向きもしない。
ただ私をまっすぐに見ている。
「待て、待て、待て! レオ、まずその表情をやめろ。ついでにその声色もやめろ、なんなら話し方もよくないぞっ!? お前は娘の怯えた表情が見えていないのか?」
そう言われたお父様は、まるで今初めて私が目に入ったかのようにハッとした表情をした。
あぁ、私を見てはいても、私のことなど本当に見てはいなかったのね……。
私から目を逸らしたお父様はどこか気まずそうだった。
ただ、お父様から感じられる怒りは変わらない。
「こほん。やぁシアさん、こんにちは。私のことは覚えているかい?」
「こ、公爵様……お邪魔しております……」
破壊された扉、怒っているお父様——。
この状況でどう挨拶をしたらいいのか悩んでとりあえず無難な返事になってしまった。
「うんうん、よく来てくれたね。ユーシスが今日のことをとても楽しみにしていたんだよ。みんなと楽しく過ごしたかい?」
公爵様はにこにこと微笑みながら会話を続ける。
「は、はい、もちろんです。みなさん……とても、優しくしてくれて……それに……それで……」
どうしよう、うまく言葉が続かない。
息が苦しい……。
「大丈夫だよ、ほら、ゆっくり呼吸して」
公爵様は私の背中を優しく撫でてくれた。
落ち着いて呼吸を整える。
クロも心配そうに私の手をぺろぺろと舐めている。
「落ち着いた?」
「はい……」
「アイシラにも会えたかい? どんな話をしようかと、楽しそうに考えていたんだよ」
「たくさん、お話ができました」
「おぉ、それはよかったね。ちなみにどんな話をしたんだい?」
「えっと、まず赤ちゃんの魔獣を見せてもらいました。とても可愛くて……。あ、それから私が知らなかったお母様の話も聞けましたし……」
「あぁ、それも聞いたんだね。いやぁ、それにしてもクロが君に懐いていると聞いた時は驚いたけれど、本当に君にべったりだね」
そうだ、クロを抱っこしたままだ。
公爵様だけでなく、クロのお父さんもいるのに。
けれど、クロは私の不安をよそに腕の中で気持ちよさそうにしている。
「公爵、いい加減にしろ」
今はそんな呑気な会話をしている場合ではないと言いたげなお父様が視界に入る。私はつい、お父様から逃げるように視線を外してしまっていた。
「お前な、この子のさっきの状態に気付いていないのか?」
「…………っ、」
お父様の表情が歪んだ。
「まぁまぁ、レオ。どんなことにも物事には順序というものがあってだな……」
「私にそんなのものはない」
「いやいやいや、ないわけないぞ? はぁ、まぁ……仕方ないか。お前の気持ちもわからんでもないしな」
公爵様はそう言って私の方を見た。
「あー、どうしたもんかな。えーと、シアさん?」
「は、はい。公爵様、私のことはどうか呼び捨てでお願いします……」
「そう? わかったよ」
公爵様は私に聞き辛そうにしてはいるが、きっと予想はしているのだろう。
「どうしてレオが、君の父親がここに来たのかわかるかい?」
「それは……」
どうしよう、説明をするべきだよね?
でも、どこから話せばいい? 何を? どこまで?
お父様に話をしようと決めたといっても、どう話をするのかは考えていなかったから……。
【シア、あなたはどうしたいのですか】
「トワラさん……」
私がどうしたいのか——。
公爵様とお父様がここへ来たということは私とトワラさんで何かをした、ということはもう知られてしまっている。
幸い、吐き出した黒い魔力の残りカスはクロが食べてしまって証拠はないけれど……。
私がここで変に誤魔化したり、嘘をついてしまうときっと公爵様からの信頼は無くなるのだろう。
もしかすると二度とここへは来られなくなってしまうかもしれないし、公爵家と侯爵家の仲が悪くなってしまうかもしれない……。
ユーシスにも、ロゼリア様にも、誰にも会えなくなってしまうかもしれない。
私の愚かな考えが、こうして結局迷惑をかけ、公爵家に混乱を招いている。お父様や公爵様に何も言わずに行動してしまった私の考えが浅はかだった。
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