誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

75【小さな魔獣】

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 公爵家へと着くと、すぐにユーシスとロゼリア様が出迎えてくれた。

「シア、久しぶり!」

「シア様、お待ちしておりましたわ」

 二人とも笑顔で迎えてくれた。
 少しの間会わなかっただけなのに、長い間会えていなかった時と同じくらい嬉しい気持ちだ。

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「シア、そんなかしこまらないで!」

「うん、ありがとう」

「さぁ、早く行こ! クロがシアのことずっと待ってるよ」

 ユーシスが私の手をぎゅっと握り、自然に手を引っ張って案内をしてくれる。

「早く会いたいな。ロゼリア様、トワラさんの体調はどうですか……?」

 無事に生まれたと書かれていたけれど、やはりトワラさんの体調が心配だ。

「えぇ、大丈夫ですよ。トワラも子どももとても元気です。元気すぎるくらいかしら……? まだ生まれて一ヶ月も経っていないのにもう走り回っているの」

「うわぁ、絶対かわいいですね」

「とてもかわいいですよ。でも、クロも一緒になって遊ぶからもう大変で……」

「そ、そうですか……」

 トワラさんたち大変だろうな……と想像してしまう。
 元気な子犬……ではなく子魔獣が二頭もいたらお世話の大変さも二倍、いや数倍だろう。

「生まれた赤ちゃんはまだ名前がないですよね? 契約するまではなんと呼んでいるのですか?」

「……えぇと、そう、ですね……」

 ロゼリア様はなぜか歯切れが悪い。

「にごうって呼んでるよ」

 ユーシスが可愛らしい笑顔でそう言った……ん?

「えっと、ごめんね……今なんと……?」

 聞き間違いかと思い、もう一度聞いてみる。

「二号だよ」

 聞き間違いではなかった。
 にごう? にごうっていった?

 まさか二号、じゃないよね?

「えーと、ロゼリア様?」

 ロゼリア様を見ると、ユーシスを残念そうに見ていた。

「クロの弟だからクロ二号のにごう、らしいです」

「え? あ、そうですか……」

 ユーシスもネーミングセンスはなかったようだ。
 それでも二号はあんまりでは……。

「赤ちゃんはクロではないのでクロ二号というのはちょっとかわいそうではないですか……?」

 右側にいるユーシスには聞こえないようにそっとロゼリア様に聞いてみる。

「私ももう少し思いやりのある子だと思っていたのですが……実は、少し前に子ども向けのショーを見に行きまして、その時に出ていた人物がかっこよくてお気に入りになってしまったらしく……」

「まさかそれが……?」

「えぇ、一号、二号、三号などと呼ばれていたんです。世界を守るヒーローだそうです。はぁ、こんなことなら行くべきではありませんでしたわ」

「子どもの憧れ、ですよね……なんと言えばいいか……。あの、契約をする時は大丈夫なんでしょうか?」

「それは大丈夫ですよ。あくまで仮の名ですからね」

「でも二号、ですか」

「えぇ、トワラも不満そうでしたが、ユーシスがあまりにも無邪気なのと、意外と二号を本人が気に入っているみたいでそのままなのです」

「意味はわかってないですからね……」

 ロゼリア様は大きくため息をついている。
 クロの名前、ユーシスではなくて私がつけて良かったかもしれない。クロ、って可愛い名前じゃない。

「ねぇ、僕のこと何か言った?」

 ユーシスはきょとんとしているのでどうやら聞いていなかったようだ。

「ううん、なんでもないよ」

「そう?」

 ユーシスはとても機嫌がよさそうだ。

「あ、シア様。二号に会う時ですが、最初は少し遠くから様子をみてみましょう」

「そうですね。本来なら魔獣は公爵家以外の方とは相性が良くないとダメでしたよね」

「クロとトワラが大丈夫なので心配はしていないのですが、もし警戒してしまったら申し訳ありません……」

「はい、ゆっくり下がりますね」


◆◆◆


 そしてアイシラ様の部屋の前へと着いた。

「シアさん、いらっしゃい」

「アイシラ様、こんにちは」

 アイシラ様は以前よりも顔色が良くなっており、体調は戻ったようだ。

「きゃん、きゃんっ!」

 足にモフッとした感触が。
 クロが尻尾を振りながら嬉しそうに足にしがみついている。

「ふふっ、クロ、久しぶりね」

 クロを抱っこして優しく撫でる。
 あぁ、このもふもふ。本当に癒される……。

【クロが無意識のうちに、あなたの中に混ざった黒い魔力に気が付いているのかもしれませんね】

「あ、トワラさん!?」

 突然トワラさんの声が頭の中に聞こえてきた。
 トワラさんの姿はこちらからは見えなかったので驚いてしまい、思わず声に出してしまった。

「あら? トワラったらいきなりシアさんに話しかけたの? シアさん、驚いたでしょう?」

「あ、いえ大丈夫です。急に大きな声を出してしまい申し訳ありません」

「ふふ、気にしないでください」

 アイシラ様は優しく微笑んでくれる。

「さぁ、シア様。こちらに来てください」

「シア、こっちにいるんだよ!」

 ロゼリア様とユーシスが部屋の隅の方へ向かう。
 後をついて行くとそこにはトワラさんがいた。

 少し離れているのでここからでは赤ちゃんは見えず、トワラさんしか見えない。

「ロゼリア様、大丈夫でしょうか……?」

 生まれたばかりの子魔獣ちゃんが嫌がらないか心配になる。

「トワラ、大丈夫ですよね?」

 ロゼリア様がトワラさんに確認をすると、トワラさんは小さく頷いた。

【ロゼリアたちがこの部屋に近づいてきても、この子が怖がることも嫌がることもなかったので大丈夫ですよ】

「よかったね、シア!」

 トワラさんとは二人だけで話ができたり、この場にいる全員と話すことも可能のようだ。
 やはり魔獣という存在はすごいのだと実感する。

 ロゼリア様たちと少しずつトワラさんの近くへ行く。
 どうやら大丈夫そうで、安心した。

 トワラさんのすぐ前まで来て座ると、子魔獣がトワラさんのお腹の下にいるのがはっきりと見えた。

 この子の毛並みは綺麗な灰色をしていた。
 銀色と言ってもいいかもしれない。
 みんなの視線を感じてか、もぞもぞと動いて顔を上げた。

 まだ生まれたばかり。
 私がいるからなのか、大人しい。

 そして子魔獣と目が合った。

「か、かわいい……!」

 大きな声を出さないよう、声を抑えてその可愛さをかみしめる。あまりにも可愛くて、胸が痛い。

「………きゃん」

 あ、あれ……ご機嫌斜めなのかな?
 警戒……はされていないようだけれど、歓迎されているわけでもなさそうだ。

「………きゃぅ」

 子魔獣ちゃんは何やらご不満のようだ。

「ごめんなさい、シア様……どうやら機嫌が良くないみたいですわ。眠いのかしら……?」

「えっと、お腹が空いてるんじゃないかな!?」

 ロゼリア様とユーシスが少しオロオロしながらフォローをしてくれる。

 まずい、と思い少し下がる。

【シア、大丈夫ですよ】

「でも、トワラさん……」

【この子は少しだけシアに嫉妬をしているのですよ】

「え? 嫉妬ですか?」

【そうです、この部屋にあなたたちが近づいてきたのを感じたクロがすぐにドアの方へ行ってしまったのです】

 クロが……?

【それまでこの子と一緒に仲良く遊んでいたのですが、シアに気付いた途端にボールを投げ出してあなたの方へ行ってしまったのです。それで、少しだけ不満なのですよ】

「うぅ、それさえも可愛い……」

 その時の状況を想像しただけだ心が温まる。
 癒し効果が絶大なのでは……?

【まだ生まれたばかりなので嫉妬、という表現が合っているのかは分かりませんが】

「それで二号はトワラのお腹の下に隠れていたのね」
 
 ロゼリア様はちょん、と二号を触る。

 この話を聞いている間、アイシラ様は穏やかに笑っていた。どうやらその状況を見ていたので微笑ましかったのだろう。

 そんなことを知らないクロは今も私の隣できゃん、きゃんと嬉しそうにしていた。

「ごめんね、子魔獣ちゃん」

 子魔獣ちゃんの視線の先にはクロがいる。
 きゃんきゃんと嬉しそうにしているクロを見て少し罪悪感が芽生える。

「シア、どうして子魔獣ちゃんだなんて呼ぶの?」

 二号のことを子魔獣ちゃんと呼んだことを、ユーシスは首をかしげて不思議そうにしている。

「……仮とはいえ、まだ名前で呼ぶのは早いかなと思って。もう少しこの子が大きくなって名前を呼ぶのを許してもらえたら呼んでみたい、かな」

 私は公爵家の人間ではないから、ユーシスがつけた名前をそんな簡単に呼んでもいいのかと少し戸惑ってしまったのも事実だ。
 クロやトワラさんがいるから勘違いをしそうになってしまう。

「そう? 二号は嫌がっていないから大丈夫だと思うけど……。あ、でもこれからもシアがうちに遊びに来てくれるってことだよね!」

 ユーシスは嬉しそうにする。

「うん、これからも遊びに来たいな」

 フィペリオン家の人たちはみんな優しい。
 まだ二回目だけれど、とても居心地が良い。

 決して侯爵家が居心地が悪いとかではなくて、ここは家族の温もりっていうのかな……それを感じることができるから。
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