誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

71【外出許可】

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 書斎へと着いたけれど執事長の姿は見えなかった。
 セバスは忙しい人だ。

 屋敷内を探して、お父様の執務室の近くでやっとセバスティンを見つけることができた。

「セバス!」

 セバスティンを呼ぶと立ち止まりこちらに振り向いた。

「シアお嬢様、おはようございます。どうかされましたか?」

「おはよう。ねぇセバス、お出かけしたいんだけどリリーがだめって言われたって……」

「お嬢様、申し訳ございません。許可することはできないのです」

 セバスは本当に申し訳なさそうな表情をしている。

「どうしてだめなの?」

「それは……」

「私がまだ子どもだから?」

「そうですね、お嬢様がお一人で外出されるのは心配でございます」

「でも、リリーたちが三人も付いてきてくれるんだよ? それに、護衛の人も誰か付けてもらえれば……みんな忙しいかな?」

 まさか侯爵家で騎士が足りていないなんてことはないはずだ。皇室や公爵家には劣るけれど、侯爵家にだって騎士団があるのだから。

「申し訳ございません。何か必要なものがあればアメリアに行かせますので」

「そうじゃなくて、ただみんなでお買い物に行きたいだけなの。アメリア、今日の午後には戻ってしまうでしょう? だからお願い……」

「お嬢様……」

「セバス、いいでしょう?」

「申し訳ございません」

 まさかここまで断られるとは思っていなかった。
 なぜ? どうして?

「なら、私はいつになったら外出することができるの? 誰と一緒ならいいの? 護衛がいないのに一人ではだめって……だってお父様とお出かけすることなんてないじゃない……」

 セバスを責めてはいけないと頭ではわかってはいても、つい不満が口から出てしまう。

「お嬢様がもう少し大きくなれば公爵様も許可されると思いますので……」

「もう少し大きくなったらって、もしかして私がまだ魔法を使えないから?」

「シアお嬢様っ、そうではございません。公爵様はただ心配されているだけです」

"噂されているように、私が恥ずかしいの?"

 そう、セバスに聞きたくなったけれどやめた。
 セバスの言うように、お父様は私のことを心配しているからだと信じたいから。
 
 でも、それなら護衛騎士を付けてくれればいいと思うのに、なぜかそれはしてくれない。
 侯爵家の騎士とは今まで関わりを持たずに生活してきたため、把握している騎士は正直少ない。

「お父様はどこにいるの?」

「公爵様でしたら執務室におられます。ですが今日はとてもお忙しく……」

「私が自分で聞いてみるね」

 私はすぐ近くにある執務室へと向かった。
 けれど、後ろからセバスがとめる。

「お嬢様、公爵様は今日ご機嫌がよろしくないので……!」

 その言葉に執務室をノックしようとした手を止めた。

"お父様の機嫌が良くない"

 冷静にならないと。この話は仕事で忙しいお父様に今話すことではない。
 感情に任せて、危うくお父様に迷惑をかけてしまうところだった。

「そうだよね、お父様はいつもお忙しいもの」

「お嬢様……」

 仕方がない、今日は諦めよう。

 アメリアならまた戻ってくるから、それまでにお願いしてみんなでお出かけできるようにしてもらえばいい。

「こんなところで何をしているんだ?」

 突然聞こえてきた声はお兄様だった。
 当たり前のようにエドワードも一緒だ。

「あ、お兄様。おはようございます」

「……あぁ、おはよう。といってももう九時過ぎだぞ? どうしてまだ出かけていない?」

 お兄様が普通に挨拶を返してくれた。
 たったその一言が嬉しい。

「お兄様、私が出かけることを知っていたのですか?」

「は? あ、いや……」

 お兄様はまたばつの悪そうな表情をした。
 そんなお兄様の横にすっ、とエドワードが現れた。

「昨日の夜、シアお嬢様の専属メイドであるリリーが嬉しそうにしているのを見たのですよ。それで理由を聞いたら外出するとお聞きしまして。公子様、気を回してよかったですね?」

「だからお前は余計なことを……!」

「お兄様、アメリアのことありがとうございました。おかげでたくさん話をすることができました」

「いや、俺は何も……それよりも早く出かけないと昼になるぞ?」

「あ、お出かけはやめることにしました」

「……なぜだ?」

「許可がおりませんでした」

 お兄様が執事長であるセバスを見ると、困ったように首を振った。

「公爵様がお嬢様の外出を許可されなかったのです」

「父様が? それならあきらめるしかないだろう」

「はい、わかってます」

 するとちょうどそこへリリーたちがやってきた。
 お兄様たちと一緒にいる私を見て少し驚いている。

「リリー、ごめんね。やっぱりだめだったから部屋に戻ろう」

「そうですか。……残念ですが仕方ないですね」

 リリーは納得いかないようだったけれど、サラとアメリアは頷いた。"公爵様が許可されないのなら"と、無理なものは無理だとわかっている。

「公子様が一緒に行けばいいんじゃないですか?」

 エドワードは突然、名案を思い付いた! みたいな表情をした。そんなエドワードをお兄様は怪訝そうに見ている。

「なぜ俺が――」

「公爵様も、公子様が一緒ならさすがに許可されるんじゃないですか? 執事長、それだと許可はおりそうですか?」

「そうですね、聞いてみる価値はあるかと」

「シアお嬢様のためにお願いできませんか? それでいいですよね? いいってことで。では公子様」

「よくない! なんで俺がこいつらと一緒に――」

 と言いかけたところでお兄様はエドワードに口を押さえられてしまった。セバスは「少々お待ちください」とだけ言って執務室へと入っていった。

 私が口を挟む時間もなかった。

「え………?」

 どういう方向に話が進んでいるの?
 リリーを見れば嬉しそうにしている。

 まさか、お兄様と……と考えているとすぐに執事長のセバスが出てきた。

「公子様と、公子様の護衛と一緒なら許可するそうです」

「えぇっ!?」

 うそ、許可がおりた?
 お兄様と一緒ならいいということは、お父様は本当に心配していただけだったの……?

 みんなと出かけることができると聞いて嬉しくなる。
 けれど、お兄様を見るとものすごく不機嫌になっていた。

 なにやらエドワードがお兄様に小さな声で話しかけている。

(公子様、今日ぐらいいいでしょう!)

(なんで俺が行かなきゃいけないんだ!?)

(シアお嬢様を見てください。お出かけできると思って着た可愛らしい気合の入った服を!! 結った髪を!! 嬉しそうなあの表情を!! あれがぜーーーんぶ無意味となって、このまま部屋に戻って着替えるんですよ!?)

(うっ、)

(はい、きまりー)

 エドワードがお兄様から離れると、「くっ、お前な……!」と何やら悔しそうに呟いた。
 
 お兄様、またエドワードに揶揄われているのかな?

「ただ……」

 執事長が言いにくそうにした。

「リリーの外出許可はできないとのことです」

 え、?

「どうしてリリーだけ!?」

 なぜリリーはみんなと一緒でもだめなの?

「セバス! リリーも一緒に行かないと意味がないの!」

「それは……」

 執事長も困ってしまう。
 けれど、その表情からリリーの外出許可は絶対に下りることがないとわかる。

「お嬢様、私はここで待っていますので大丈夫ですよ!」

「リリー、だめよ」

「いいえ、お嬢様。私はシアお嬢様の専属メイドですが公爵家の使用人です。公爵様の言葉は絶対なんです!」

「リリー……」

 リリーはいつもと同じ笑顔だけれど、絶対に傷ついたはずだ。

「お兄様、ごめんなさい。やっぱりお出かけはやめることにします」

「え、お嬢様!?」

「そうか……わかった」

 お兄様はそれだけ言うとこの場を離れた。
 エドワードにもお礼を言うと、いつものふざけた笑顔ではなく、残念そうな顔をしていたし、リリーへの態度もいつもと違い気を遣うようなものだった。

 執事長も「私も失礼させていただきます」と執務室へと入っていった。お兄様もセバスも忙しいのに私のわがままで時間をとらせてしまった。

「わがまま言ってごめんね」

「そんな! お嬢様、外出を楽しみにしていたのに……私のせいで……」

 リリーは先程よりも悲しそうな表情になってしまった。
 でも、これはリリーのせいなんかじゃないから。

「リリーのせいじゃないよ。それにリリーだって本当は楽しみにしていたでしょう? きっと、何か理由があると思うの」

「お嬢様……」

「二人もごめんね? サラもアメリアも、今日は自由に過ごしてね」

「いいえ、私はシアお嬢様と一緒にいますよ」

「私も予定はないので」

 リリーたちはアメリアの帰る時間になるまで一緒にいてくれた。

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