誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

66【再会】

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 パキン、と音がした上の方を見るとガラスが割れたようにパラパラと落ちてきた。

 温室のガラスが割れたのかと一瞬焦ったけれど、トワラさんがあれは結界だとすぐに教えてくれたためほっとした。

 それがキラキラと輝きながらゆっくりと落ちてくる光景はとても綺麗なものだった。

「わぁ、きれい……」

 結界だったものは地面に落ちる頃には消えてなくなった。

【シア、続きはまたあとで話しましょう。私はとりあえず部屋へと戻ります】

「トワラさん、ありがとうございました」

【さぁ、ロゼリアが待っていますよ】

 もう少し話がしたかったけれど、"また後で"と言ってくれたのですぐに会えるのだろう。
 ロゼリア様をこれ以上お待たせするわけにはいかないので早くここを出ないと。
 
 トワラさんにもう一度お礼を伝えて温室の出口へと向かおうとしてあっ……と気が付いた。

 クロを抱っこしたままだったため、しゃがんでクロをゆっくりと下ろした。

 けれど、クロは悲しそうに私の足にしがみつく。

「きゃんっ、きゃんっ! くぅぅん……」

「ごめんね、クロ。行かないと……」

【連れていっても大丈夫ですよ。先ほども言いましたがすぐに会えますから】

「え、大丈夫ですか? それなら……もう少し一緒にいようか?」

 もう一度クロを抱っこすると、嬉しそうに腕の中に収まった。少しだけかたい毛並みを優しく撫でる。

「それではトワラさん、またあとで」

 温室を出て先ほど来た道を戻る形で歩いていると、私を呼ぶ声がすぐ近くから聞こえた。

「シア様!」

 心配そうにこちらに駆け寄ってきたのはロゼリア様だった。

「シア様、大丈夫ですか? 何があったのですか?」

「ご心配をおかけしてすみません。大丈夫ですよ」

「あら? この子がなぜ……」

 ロゼリア様は私の腕の中にいるクロに気が付いた。
 心配と驚きが入り混じった表情をしている。

「あ、ク……」

 クロ、と言いかけて慌てて口を閉じた。
 いきなり名前で呼んではロゼリア様に誤解を与えかねない。

 トワラさんに会ったことを話したいけれど、今この周りには私を心配して駆けつけてくれたであろう騎士やメイドが大勢いる。

 魔獣と会話をしたなどと大きな声で言わない方がいいだろう。

「えっと、この子は……温室で会いました。その、ロゼリア様とお話ししたいことがあります」

 私の歯切れの悪さと、ちらちらと周りを気にする様子からロゼリア様は私の言いたいことをすぐに察してくれた。 

 騎士やメイドを下がらせ、先ほどお茶を飲んでいた庭にあるテラスへと戻った。

 すぐにお茶やお菓子が準備され、二人で話す場所が整えられた。

「それでシア様、お話ししたいこととはなんでしょうか?」

 私の魔力のことやクロの名前など、話せないことは伏せて、今話せることだけロゼリア様に伝えた。
 私から話を聞いたロゼリア様はとても驚いていた。

「まぁ、驚きましたわ。トワラが公爵家以外の人にそこまで気を許したのはもしかするとシア様が初めてかもしれません」

「そうなのですか?」

「えぇ、もちろん私が生まれる前のことはわかりませんが、少なくとも」

 魔獣も聖獣も魔力にとても敏感なため、他家の人を受け入れることはほとんどない、と共通認識としては知っている。

「その子まで懐いているなんて、シア様すごいですわ」

 私の膝の上で可愛く寝息を立てているクロを見る。

 今は私の魔力がわからないからこうして懐いてくれているけれど、もしクロに相性が合わないと思われてしまったら寂しいな。

「この子がこうして触らしてくれるのも今だけかもしれません」

 私の顔を見たロゼリア様は"大丈夫ですよ"と言ってくれたけれど、やっぱり先のことはどうしても不安になる。

「そうだわ、シア様。お母様がシア様にお会いしたいそう――」 

 そこまで言いかけたところで男の子の大きな声が聞こえた。

「姉さま~!」

 声のした方を見ると私と同じ歳ぐらいの男の子がこちらに駆け寄ってきた。

 私たちの前まで来ると息を整えて顔を上げた。

「ふぅ。姉さま、僕に嘘をつきましたね!? ひどいじゃないですか!」

 男の子は目をうるうるさせて少し泣きそうだ。

「ユーシス。お客様の前ですよ? まずは挨拶が先ではないかしら」

「うっ、そうでした。こんにちわ、シア! 久しぶりだねっ。また会えて嬉しいよ」

 この男の子の名前はユーシスで、ロゼリア様の弟。
  
 あの時、私を助けてくれた男の子。
 ユーシスを最後に見た時よりもだいぶ幼いけれど、その瞳から感じられるものは同じだった。

「お久し、ぶりです……」

 またこうして会えることが心から嬉しかった。

「って、あれ?」

 ユーシスも私の膝の上で寝ているクロを見て驚いた。

「なんでお前がシアの膝の上で寝てるんだ!?」

 ユーシスは「姉さまなんで!?」とロゼリア様に少し拗ねながら聞いているけれど、ロゼリア様は微笑んでいるだけだ。

「僕から会わせて驚かそうと思ったのに!」

 ユーシスが寝ているクロの頬をツンツンと突つつくと、クロは少し鬱陶しそうに小さくあくびをした。

「ユーシス、様……お元気でしたか?」

 あなたのこと覚えていません、って言ったら悲しむよね?
 ロゼリア様をチラリと見ると小さく頷いて微笑んだ。

「うん、もちろん元気だよ! シアは?」

「はい、かわりありません」

「そう? ねぇ、ところでどうしてユーシス様なんて呼ぶの? 様はいらないって前にも言ったのに」

 ここで嘘をついても傷付けてしまうよね。

「あの、すみません、実はあまり覚えていなくて……」

「え、そうなの!? 残念。でも何年も前のことだから仕方ないよね」

 そう言ってユーシスは眩しい笑顔を見せた。

 あ――。
 前にも同じようなことを言ってれたよね。

「三年前ぐらいだったかなー?」

 ユーシスにとっては三年前でも私にとってはもう十年以上前の時間感覚のため、話をしていて少し混乱してしまう。

「じゃぁもう一度言うよ! 僕のことはユーシスって呼んでね。様はいらないよ? 歳も同じなんだからさっ。あともっと気楽に話して欲しいな」

「うん……わかった。ユーシス」

「うんっ!」

 ユーシスは青みのある黒い髪の毛を揺らしながら嬉しそうに微笑んだ。ロゼリア様の艶のある真っ黒な髪も素敵だけれど、ついユーシスの髪に目がいってしまう。

 無邪気な笑顔を見せるこの子が大きくなると、あんなにかっこいい男性になるのが不思議でつい見惚――。

 はっ!

 いやいや、ななな何を考えてるのっ!

「シア? どうしたの?」

「な、なんでもないよ」

 私は真っ赤になっているであろう顔を見られないように、慌てて顔を手で隠した。

「ふふふ、ところでユーシスは姉のことを忘れていないかしら?」

「あ、姉さま。忘れてた。ところで――」

 笑顔の意味が多分違うロゼリア様に平気で忘れていたと言えてしまうユーシス。
 子どもの頃のユーシスってこんな雰囲気なんだ……。

「僕も一緒にいいですか?」

「いいわよ、って言いたいところだけれど……」

「え、だめなの!?」

「お母様がシア様にまだ会っていないのよ。だから中に戻ろうかと思って。お母様と一緒に四人でお話ししましょう」

「うん、それがいいですね!」


 そうして今度は屋敷の中へと案内してもらった。
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