誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
60 / 88
二章 二度目の人生

60【フィペリオン公爵家】

しおりを挟む
 
 エドワードの手を借りて起こしてもらい、ドレスについた埃を手で払った。エドワードは「いいえ~」と目を細めて笑っているが、やはりその表情はどこか胡散臭い。

 先ほど助けてくれた女性のところへお礼をしに行きたいけれど、この姿のままではかえって失礼になってしまうから着替えてきたほうがいいだろう。

「お兄様、少し席をはずしますね」

 その場を離れようとした時、光の糸が私の周りをくるくると包み込んだ。ドレスについた血も汚れも消え、あっという間に元の綺麗な状態になっていた。

「あ、ありがとうございます。お兄様」

 そうお礼を言うと、お兄様は「あぁ」と小さく呟きそのまま行ってしまった。

「ちょ、公子様~。待って下さいよ~」

 エドワードはわざとらしく私に一礼すると、急いでお兄様の後を追って行った。

 女性を探すため辺りを見渡してみるとすぐに見つけることができた。そこには私のお父様もおり、そのせいかその場の雰囲気は他とは違って見えた。

 あそこに行くのは少し――、かなり気が引ける。

 息を整えながらゆっくりとお父様たちのところへ行くと、一人の男性が私に気が付いた。

「おや?」

 この場にいる人たちに丁寧に挨拶をし、お父様には先ほど助けてくれた女性にお礼を言う為にここへ来たのだと伝えた。

「まぁ、私に会いに来てくれたのですか?」

「はい、お礼がしたくて……。改めまして、私はコンフォート侯爵家のシアと申します。先ほどはありがとうございました」
 
 慣れないドレスでたどたどしく挨拶をする私に、女性は「まぁっ」と目を細めて微笑んでくれた。

「いいえ、大丈夫ですよ。私はフィペリオン公爵家のロゼリアと申します」
 
 えっ、えぇ!?
 フ、フィペリオン、公爵家……!?
 それならこの方は公女様のはずだ。

「公女様、申し訳ありません、私っ……」

 どうしよう、公爵家の方だったなんて!

「シア様、気にしないで下さい。同じ六家なんですもの、爵位は関係ありませんよ。それと、私のことは公女ではなく名前で呼んでいただけると嬉しいです。ロゼ、と呼んでもらえると嬉しいわ」

 ふわりと微笑んだ笑顔がとても素敵だった。

「あのっ、ロゼ、リア様、正式にお礼をさせていただきたいのですが……」
 
 さすがにいきなり愛称で呼ぶ勇気はないから、ロゼリア様とお呼びすればいいかな?

「シア様、本当に気にしなくて大丈……」

 ロゼリア様がそう言いかけたところで一人の男性がひょっこりと現れた。

「……!?」

「ロゼリア、ここまで言ってくれているのだから断ったら可哀想ではないか」

「あら、お父様!」

 お父様!? ということはこの方がフィペリオン公爵様なのね。

「いや~、近くで見るとますます侯爵夫人にそっくりだね」

「え……?」

 侯爵夫人ってことは私のお母様のことだよね……?

「うんうん、ここまでそっくりだと侯爵が表に出さないのも納得できるね」

 公爵様は私の顔を興味深そうに見ている。
 たしかに私とお母様はそっくりだけど……。

「勝手なことを言うな」

 それはお父様の声だった。
 こちらのことを気にしていないと思ったけれど、公爵様が話しかけてきたことで会話に耳を傾けていたようだ。

「これだけ可愛いければ心配で外に出したくないのもわかるな。それにしても本当にお前は娘のことを何も教えてくれないな」

「あ……」

 それはお父様が私に興味がないだけで、決して公爵様が考えているような理由ではない。

「お前には関係ないだろう……」

 お父様はため息をつく。
 仲が良さそうに見えるけれど、お友達なのかな?
 公爵様にお前って言えるなんて。

「お父様、シア様がぽかんとしてしまってますよ」

「ん? あぁ、すまない。それでだ、シアさんはお礼をしたいと言ってくれているのだろう? ならその代わりにシアさんを我が公爵家に招待するというのはどうだい?」

「まぁ、それはいいですね!」

「あぁ、そうだろう!」

「お父様、せっかくなのでシア様と……」

 公爵様とロゼリア様はなんだか楽しそうに二人で話を進めてしまっている。
 私がお礼をしたいはずなのにどうして私が招待される側になっているんだろう……?

「断る」

 そう言ったのはお父様だった。
 楽しそうに話していた二人の会話がピタリと止まった。

「なぜだ?」

 公爵様は不満そうにお父様を見ており、ロゼリア様は少し気まずそうにしている。

「娘はまだ八歳だ」

「歳なんて関係ないだろう」

「ダメだ」

「お前な……」

 やっぱりお父様は私を外に出すのが恥ずかしいのかな。
 六家なのにこの歳でまだ魔法が使えないんだもの……。

 一人で勝手に落ち込んでいる私を見て公爵様は不憫そうな表情を浮かべた。
 公爵様は私に聞こえないよう、何かをお父様に耳打ちをした。



「レオ、お前な……それは過保護か? 娘が周りからなんて言われているのか気付いていないのか?」

「……関係ないだろう」

「私の妻が心配している。この子のことを少しは考えろ。先ほどあのような事が起きたのはお前に責任があるはずだ」

「………」

「まぁなんだ……とりあえず、まずは外に出せ。いつまでずっと家から出さないつもりだ?」

「それは……」



 お父様と公爵様が話をしている間、お父様はとても機嫌が悪そうに見えたり、どこか気まずそうにも見えた。

 そんなお父様の表情を見て心配していると、公爵様がぱっとお父様から離れてにっこりと微笑んだ。

「ということで、決まりだな。まさか公爵家の招待を断ったりしないだろう?」

「……ちっ、わかった」

 お、お父様……? 今舌打ちしませんでした?

「わぁっ、それでは後日正式に招待状を送りますねっ」

 ロゼリア様はお父様の舌打ちに気が付いていないのか、嬉しそにしている。

「ふふ、母があなたにずっと会いたがっていたんですよ。今日は体調が優れずパーティーに来られなかったんです。とても残念そうにしていました」

 公爵夫人がどうして私に会いたいんだろう。
 不思議そうにしている私にロゼリア様は微笑んだ。

「私の母と、シア様のお母様はお友だちだったんですよ」

「えっ、そうなんですか?」

 お母様が公爵夫人と友人だったなんて知らなかった。

「まだ侯爵夫人……クレア様がお元気だった頃、お会いしたこともあるんですよ? シア様はまだ幼かったので覚えていないと思いますが……」

 クレアは私のお母様の名前だ。
 八歳の今よりも幼い年齢だといつのことだろう?

「弟もまたあなたと遊びたいって言っていたので、我が家に遊びにきてもらえると喜びますわ」

「え……? あ……」

 どうしてすぐに結び付かなかったんだろう。
 フィペリオン公爵家、ユーシスのことを。

 泣いていた私に魔獣を見せてくれた優しい男の子は――。
 皇子と皇室の騎士団から私を庇ってくれた男性は――。

 ユーシスはロゼリア様の弟だ。

「ユーシス……」

「まぁっ、もしかしてユーシスのことを覚えていますか?」

 口からこぼれた名前に、ロゼリア様が嬉しそうに微笑んだ。

「あ、いえ、その……すみません、あまり覚えていなくて……」

 私がユーシスのことを認識したのはソフィアの誕生日パーティーからだ。
 だからそれより前の、今の年齢でのことは覚えていない……。

 幼い子どもの頃の記憶を覚えていないのは仕方のないことかもしれないけれど、ユーシスは覚えていてくれて声を掛けてくれたのに。

「あ……シア様、大丈夫ですよ。覚えていなくても仕方ないですわ。だって弟がシア様の後をくっついていただけですもの。ふふ、招待の日を楽しみにしていますね」

 ロゼリア様は少し寂しそうな表情をしたけれど、すぐに優しく微笑んでくれた。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...