誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
51 / 88
二章 二度目の人生

51【サラへの聴き取り①】

しおりを挟む
「二人とも座って」

 声を掛けるとリリーは静かに頷きソファーへ座った。けれどサラは勢いよく床へと膝を付き、頭を下げた。

 サラのその行動に私もリリーも驚いた。

「お、お嬢様っ、私は許されないことをしました! ですが……ですが、ここから追い出さないで下さい……! どうかお願いします……!」

 サラは床に頭を付けたまま。

「サラ!? 追い出さないでって何を自分勝手なことを言っているの! その前にシアお嬢様に言うことがあるんじゃないの!?」

「わ、私は……」

 サラの体はぶるぶると震えていた。ここから追い出されることを懸念してのことなのか、してしまったことへの恐怖からなのか。

「ねぇ、リリー。サラが持っていたものを見せてくれる?」

「あ、はい! こちらです」

 リリーから渡されたものは小さな白い紙だった。握りしめてクシャクシャになってしまったそれを破らないよう丁寧に広げる。

 その紙の中には少しだけ白い粉が付いていた。

「ねぇ、サラ。サラはこれが何か知っているの?」

「い、いえ……わ、私は……何も……」

「そう。なら、お父様に報告するしかなくなるわ。お父様にこれが何なのか調べてもらって、それから……」

「お、お嬢様! どうかそれだけは……!」

 サラは必死だ。

「なら、これは何? ちゃんと話して」

「お嬢様の健康を害するような薬ではないとだけ……」

「薬、ね。これは毒じゃないの?」

 毒、という単語を聞いてサラが頭を勢いよく上げた。

「そんな、毒ではありませんっ! 本当です! 私がお嬢様に毒を飲ませるなんて……そんな……そんなこと……」
 
「……それなら何だと思ってこれを私に飲ませていたの? ばれないようにこっそり混ぜるなんて、悪いものを飲ませている自覚があったからじゃないの……?」

「そ、それは……でも、私も飲みましたが特に何も……」

「ねぇ、サラ。飲んですぐに効果が出ない毒だってあるんだよ? 長期間服用して徐々に毒が身体中に回る……とか、思わなかったの……?」

「そ、れは…………」

 そう言ってサラはまた下を向いて黙り込んでしまった。もしかするとそういう可能性もあると分かっていたのかもしれない。

 サラに質問をしても歯切れが悪く、明確な返答がない。表情だけを見れば、私を本気で害するつもりはなかった……ようには見える。

 毒ではなく薬、か。

 ただ私の魔力の流れを止めることだけが目的ならば、たしかにそういう目的の薬はある。

 私はサラをじっと見つめた。サラは毒ではないと言い切った。これが何かを知っているから、私に飲ませることができたのではないの?

「サラ……これが本当に何か知らなかったの? 知らないと言うなら自分で飲んで確かめたと言ったところで、得体の知れないものを平気で私に飲ませていたってことだよね?」

「…………」

「サラ」

「その薬は、その……」

「うん」

「魔力を……ほんの少しだけ抑えるための薬だと……。ですが本当に健康を害するようなものではありません!」

 やはりサラは何か知っていた。魔力に影響はあっても身体を蝕むような毒ではないと。だから罪悪感を抱きながらも私に飲ませることができたんだろう……。

「サラッ! あなた知っていたの!? なんてことをっ、お嬢様はっ、お嬢様はそのせいで……」

 リリーが泣きながら私のために怒ってくれる。
サラは頭を床につけながら「申し訳ありません」と何度も繰り返している。

「サラ、これは誰から渡された物なの?」

「わ、分かりません……」

「……本当に知らないの? また私に嘘を付くの?」

「いいえっ! 本当に、分からないのです……。最初に、男が接触してきたことは覚えているのですが……顔を思い出せないのです。たしかに見た覚えはあるのに……」

 記憶を混乱させたり幻覚を見せるような魔法をかけられたか、薬を飲まされたか。

「ならどうしてこんなことをしたの……? 私か、それとも侯爵家に何か恨みがあるの……?」

「いいえ、お嬢様! 恨みだなんて、そんなことは絶対にありません! 私は侯爵夫人に助けていただいた恩があるのに……」

 ……お母様に?

 サラの言葉にリリーが声を荒げる。

「それならどうしてこんなことをしたの!? 奥様に恩があるのにそんな変な男の言うことを聞くなんてっ!」

 リリーがサラを睨む。リリーは震える両手をぎゅっと強く握りしめている。怒りを抑えているのだろう。

 サラが「それは……」と小さな声をもらす。

「ねぇ、サラ。その男に脅されているの? 弱みを握られているとか、誰かを人質にとられているとか……」

「………っ」

 サラがびくりと反応した。

「お嬢様、私は……」

「うん……」

 サラが黙ってしまう。言いたくても怖くて言えないのか。

「ねぇ、サラ。こんなことを言いたくはないんだけど、私に知られてしまった以上サラの立場は危ないと思うの……」

「あ……」

「サラに危険が及ばないか心配なの。もし家族や大切な人がいるのならその人たちも無事では済まないと思うわ」

 これは確信している。リリーもアメリアもいなくなってしまったから。
 だって、何かを知ってしまった人を生かしておくと思う……?

「そ、そんなっ……だって、」

「サラ、話してくれる? サラを助けたいの」

「私なんかを、どうして……」

 どうして?

 サラに裏切られていたことは事実だけれど、辛い時に優しくしてくれた、心配してくれたサラも知っているから。

 ——偽善者だと言われてしまうかもね。

「サラが大好きだから、かな。こんな理由じゃだめかな」

「そんな、だって、私は……」

 リリーが立ち上がり、サラの背中を叩いたことで部屋の中にいい音が響いた。サラは突然叩かれたことに驚いている。

「サラ、だっても何もないの! さっきからウジウジとしちゃって! さぁ、シアお嬢様に全部話しなさい!」

「ねぇサラ、話してくれる?」

「はい、分かりました……。でも、私が知っていることなどほとんどないのでお役に立てるか……」

 そうしてサラにはソファへと座り直してもらい、ぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...