誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

49【サラの行動①】

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 いろいろ考えたけれど、お父様にはまだ何も言わないことに決めた。フレイア——、あの人がいつからお父様に接触していたから分からないから。

 それに……今の私の話など信じてはくれないはずだ。お兄様だって、ついに頭がおかしくなったのかと思うに違いない。

 この子供の頃だけでもお互いの信頼関係、せめて普通の親子関係だけでも築けていたら違ったのかもしれない。

 相談できない、という結論になってしまうのは悲しいことだ。

 この屋敷にいるあちら側の人間がサラだけとは限らないし、サラが何かするところを押さえるのも、正直なところ最善ではないと思う。

 けれど私には力も、頼れる人もいないから。

 もしサラが逃げてしまったら……?

 あの人に知られてしまったら……?

 このまま何もせず十二歳を迎え、ソフィアたちがこの屋敷に来ることを待つことだってできる。

 でもそれでは以前と何も変わらない。このまま待っていることはできないから。

 だから、確信を得るために私とリリーはサラの行動を見張ることにした。






 ある日の昼下がり、私は庭でのんびりと休息をとっていた。午前の授業が終わり、一息つくためだ。

 今日はサラも一緒。

「お嬢様、他に何かお飲みになりたいものはありますか?」

 リリーが私に聞いてくる。

「うーん、何がいいかなぁ。リリーとサラのおすすめはなぁに?」

「勉強のあとは、やっぱり甘いものがいいですよ! お嬢様の好きなココアです!」

「ダメよ、リリー。甘いものばかりでは体に良くないわ」

 あぁ、似たような会話を前にもしたな。あの頃は何も知らなかったから。

「お嬢様、柑橘系はいかがですか? 採れたてがあると言っていたので私がお持ちいたしますよ」

 サラの表情は特にいつもと変わらない。

「……そうなの? なら、サラ。お願いしてもいい?」

「かしこまりました。準備してきますね」

 そう言ってサラは屋敷へと戻って行った。

 私とリリーは視線をかわして頷く。急いでサラの後を追いかけた。

 もし途中で気付かれてしまったら、「お菓子を頼むのを忘れちゃった!」と子供らしく誤魔化すつもりだ。

 ——不信がられないといいけれど。




 サラは私専用のサブキッチンへと入って行った。影からこっそりサラの様子を伺う。

「お嬢様はたしかレモンがお好きだったわよね。うん、水々しくて美味しそう」

 サラはレモンを手に取り、問題がないか確認をしているその姿はとても毒を盛るようには見えない。

 特に怪しい行動はなくレモンジュースは出来上がる。トレーにのせ、ほこりなどが入らないようナフキンもかけてしまった。

 もしかして、私の勘違いなの? サラじゃなかったの?

「早くお嬢様に持って行かないと」

 サラはトレーを手に持ち、サブキッチンから出ようとしていた。ここにいては鉢合わせしてしまう。

「サラ~? いる~?」

 リリーが機転を利かせてサブキッチンの外からサラに聞こえるように話しかけ、そのままリリーはサブキッチンへと入って行った。

 私は慌てて見えないように隠れる。

「あら? リリー、どうかしたの?」

 サラの声からは慌てている様子は感じとれない。

「あっ、サラ。お嬢様がお菓子も持ってきて欲しいそうなの」

「そうね、ならどれがいいかかしら? パティシエの作り置きがいくつかあるから……それともメインキッチンにもらいに行く?」

「そうだなぁ、何がいいかな」

 二人が会話をしている間に私は急いで庭へと戻る。サラは特に何も怪しいことなんてしていなかった。

 椅子に座り、息を整える。大丈夫、リリーが時間稼ぎをしてくれるはずだ。

 サラのことは私の勘違いなの……?

 でも……。

 リリーに食事などを用意してもらうようになってからもう三週間は経っている。

 私が毒を飲まされていたのは一週間に一度なのか、一ヶ月に一度なのかも分からない。

 間隔が長いのなら、たまたま今日ではなかったのかもしれない。

「お嬢様、お待たせいたしました」

 サラとリリーが戻ってきた。サラがレモンジュースをテーブルへ置いてくれる。

 リリーはサラの後ろで首をふるふると横に振った。

 どうやら何もなかったようだ。

 三日後も同じようにサラを見張っていたけれど特に怪しい行動はなかった。

 そしてさらに数日後。

 今までと同じように、サラに飲み物を準備してくれるよう頼んだ。

 もし、今日もダメならサラではないということかも。他の可能性を考えないといけない。

 本当にサラじゃないのかも、と期待している自分がいた。それと同時に、なら誰なの? という不安。

 でも、私の考えは間違っていなかった。

 サラが私の飲み物に何かを入れるのをこの目で見てしまったから。

 サラは慣れているのか、周りを気にすることもなく本当に一瞬だった。

 何かを入れていると思って見ていないと分からないほどの手際の良さだった。

 確かにこのサブキッチンにはリリーとサラぐらいしか立ち入ることはないからほとんど人目はないのだろう。

 リリーが準備をしてくれるから、サブキッチンは私もほとんど利用しない。

 サラの、その淡々とした行動を見て私はただただ悲しくなった。

 長い間、ずっとしてきたことだというのが分かるから。

「サラ……」

 私はサラに声をかけた。

「シアお嬢様、どうされましたか?」

 サラは一瞬だけ驚いて反応したけれど、いつもと同じ優しい表情だ。

 けれど、その手の中にあるであろう毒を入れていた小さな紙をくしゃりと握ったのを私とリリーは見逃さなかった。
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