誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

38【ルカお兄様】

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 お父様がいるであろう執務室を目指して長い廊下を歩く。またここを歩けるなんて思ってもいなかったから不思議な感覚だ。

 まだ朝早いけれどこの時間ならもうお父様は起きているはずだ。それに、遅くなってしまうとお父様は仕事へと行ってしまう。

 朝の忙しい時間に理由もなく会いに行くのはやめた方がいいかな……と思ったけれど、忙しいお父様はいつ会えるか分からないから。お話ができなくても、せめて顔だけでも見たい。

 あの時はもう目が霞んでしまって、ちゃんと顔を見ることができなかったから——。

 朝の忙しい時間のはずなのに、廊下を歩いても使用人をほとんど見かけない。今はたしか、使用人の数が一番少なかった時だったと思う。
 お母様が亡くなってから大勢の使用人がこの侯爵家から出て行ってしまったから。

 緊張しながら廊下を歩いていると思わぬ人に先に会ってしまった。お父様に会える、ということで頭がいっぱいだった私は突然の再会に思考が停止してしまった。

 姿をみて、思わず大袈裟に体がびくりとしてしまう。

「おっ、……!?」

 変な声を出してしまった。まだ心の準備ができていなかったから。決して会いたくなかったとか、そのような理由ではない。

「はぁ、こんなところで大声を出すな」
 
「す、すみません……」

 怒られてつい、反射的に謝ってしまう。

 廊下で出会った人、それはルカお兄様だった。おろおろとする私をお兄様は不審な目で見ている。けれど、私と同じその金色の瞳からは私を蔑むような軽蔑な感情は感じられない。

 ただ、お兄様と何を話せばいいのか戸惑ってしまう。この頃の私たちに、会話らしいものなどなかった。実のところお兄様が最後まで私のことをどう思っていたのか、考えてみても結局答えは出なかった。

 私が死んだ日、お兄様はどんな思いであの場所に来てくれたのだろう……。分からない、分からないけど、でも私はお兄様との関係も昔とは違う、普通の兄妹として過ごしたい。

 だから——。

 以前のように顔色を伺いながら生きるのはやめると決めた。自分から歩み寄らなければ何も変わらない。

 お兄様は私を一瞥すると背中を向けてしまった。このままでは行ってしまう。

「お、お兄様っ」

 勇気を出して声をかけると機嫌の悪そうな表情をしてこちらへと振り返った。無視をされると思ったけれど、足を止めて振り返ってくれた。

「だから大声を出すなと——」

「あの……。お、おはよう、ございますっ」

 挨拶、大事。

 私の渾身の挨拶にお兄様は一瞬、"は?"とポカンとした表情をした。けれどすぐにいつもの表情に戻り、"ふん……"と小さく鼻を鳴らしてそのまま行ってしまった。

 以前は無視をされたし、鬱陶しそうに舌打ちもされたことだってある。あの時は侯爵家の後継者として如何な態度なのかとも思ったけれど……。

 今だって、挨拶を返してもらえなかった。なのに、どうしてなのかこんなにも嬉しい気持ちになってしまう。

 お兄様に会えた。挨拶をすることができた。

 たった数分のことだけれど。
 
 今日はまず一歩。

 お兄様との関係がすぐに良くなるとは思っていない。だから、一日一日頑張ってみよう。

 最初は鬱陶しがられるかもしれないけど……。

 気を取り直してお父様に会いに行ったけれど、残念ながら執務室にお父様はいなかった。

 近くにいた執事に確認をしてみると、お父様は仕事で昨日から邸宅に帰っていないそうだ。

 ふっと、体の緊張が解ける。会えなかったことはとても残念だけれど少しほっとしてしまった。

 お父様には会えないし、本邸の中を確認してみようかしら……?
 

 
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