誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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二章 二度目の人生

37【リリーとの再会】

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(リリーだ……)

 ずっと会いたかったリリーが目の前にいる。記憶にあるリリーよりも若く、今は十四歳のはずだ。

「シアお嬢様、おはようございます! もう起きていらしたんですね」

 リリーの笑顔はあの頃のように私の心を癒してくれる。自然と涙がこぼれ落ち、私は無言で勢いよくリリーへと抱きついた。

「わっ!? お嬢様、どうかされましたか? 怖い夢でも見ましたか?」

「…………」

 リリーは私の背中を優しく撫でてくれた。ぽんぽんと子供をあやすように、その手は温かく優しいものだった。

「大丈夫ですよ~、お嬢様。リリーがおりますから」

「うん、そうね……ありがとう、リリー」

 リリーは私の涙をタオルで綺麗に拭ってくれる。朝の支度のために用意した水で、顔も一緒に拭いてくれた。
 リリーに会えたことが嬉しくて嬉しくて、ついリリーの顔をじっと見てしまう。

 顔を見るまでは心配だったけれど、明るい笑顔を見ることができて安心した。本当に時間を遡ったのだと改めて実感する。

「ねぇ、リリー」

 あなたの名前をまた呼ぶことができた。

「はい、お嬢様」

「ふふっ、リリーだわ」

 せっかく拭いてくれたのに、また涙が出てきてしまう。悲しいのではなくて、こんなにも嬉しくて涙が出てくるなんて。

「まぁ、私の顔に何かついてますか? さぁ、お嬢様、できましたよ! 少しすっきりしましたか?」

「うん、ありがとう。とてもすっきりしたわ」

「……? お嬢様、何かあったのですか?」

「え、? な、何もないわ」

 リリーが首を傾げながら、不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「うーん、やっぱり何かあったのではないですか?」

「大丈夫よ、なんでもないわ」

「いえ、どこか変です……そう、お嬢様……口調、というか……表情が急に大人びています!」

「え、えぇ!?」

 たしかに今の私は十八歳ではない。けれど、どこからどう見ても八歳の子供だ。そうか……確かに言われてみれば話す時の抑揚や、表情が子供らしくなかったのかもしれない。

「ごめんね、リリー。本当はね……怖くて長い夢を見ちゃったの」

「お嬢様、大丈夫ですか? 今日は授業もないですし、もう少し寝ていても大丈夫ですよ……?」

 怖い夢を見たせいだと思ったリリーはまた優しく背中を撫でてくれる。

「ううん、大丈夫! お休みならやることがいっぱいあるからもう起きるよ。リリー、お水を持ってきてくれる?」

 リリーは私とずっと一緒にいるためか、よく気が付くことがある。リリーや他の人たちを心配させないよう、子供らしく振る舞うようにしないと……。気を付けよう。





 朝の支度を済ませて、さっそくリリーにカレンダーを持ってきてもらった。この頃の私、部屋にカレンダーも置いていなかったなんて。

 日付を確認してみると、やはり十年前に戻っていた。

 私は八歳。お兄様は今年で十歳になる。

 お兄様はすでに能力を発現させており、発現した時はわずか七歳の時だった。お兄様は幼い頃から後継者教育を受けているためか、言動が子供らしくない。
 でもそれも、お母様に心配をかけたくなくて早く大人になりたかったからなのでは……と。

 私ばかりがお母様と一緒に過ごしてしまい、お兄様はどんなに寂しかったか——。

 私の面倒もみてくれる、良いお兄様だった。私たちはいつからこんな風になってしまったのだろう。

 お兄様は妹の私から見てもとても優秀な人だと思う。お父様も父親としては怠ったかもしれないけれど、領民からすれば良い領主だったはずだ。

 それなのにどうして聖獣と契約できなかったんだろう……? うーん、猫ちゃんに聞けば分かるかしら。

 まずはお父様に会いに行きたいけれど……。お父様、今日は家にいるだろうか。 
 この頃のお父様も忙しくて家にいない日が度々あった。うん、もしかすると今日は忙しいかもしれないし、やめておこうかな……でも……。

 早く会いたいのに、本当は会うのが怖い。

 忙しいかもしれない、迷惑かもしれないなんてまた考えてしまっている。これではだめなのに。

 あの冷たく感じてしまう目。何を考えているのか分からない表情。
 以前の私はその表情から、嫌われていると思ってしまっていた。いや、だって本当に無表情なんだもの……。

 でも、お父様はただ、子供への接し方に戸惑いがあったんだと思う。お母様が生きていた頃だってぎこちなかったんだもの。
 八歳の私をどう思ってるかなんて分からない。ここであれこれと考えたところで答えなんて出ない。悪い方に考えてはいけないよね。


 お父様に会いに行こう。 


 私は意を決して部屋を出た。
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