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二章 二度目の人生
36【シア、八歳】
しおりを挟むはっと目が覚めると、そこには見覚えのある天井が。外はまだ薄暗いため、明け方だろうか。
不快感が全身をめぐり、悪夢を見ていたかのように嫌な汗をかいていた。心臓は激しく鼓動しており、落ち着かない。
(ここは私の部屋ではない……?)と、一瞬混乱してしまったけれど、ここは記憶の片隅に残る、本邸にある私の部屋だと気付いた。
頭の中に先ほどまでの……という言い方が合っているのかは分からないけれど、自身に起きた事をすぐに思い出した。
「か、鏡……」
ベッドから急いで降りようとしたところ、足が着かず落ちてしまった。
「痛い……」
自分の手と足を見ればとても小さかった。自分の手足のはずなのに、「小さいな……」と他人事のように感じた。
今まで当然のように無意識に動かしていた体の感覚と、実際の動きが違うことはとても不思議なものだった。
ゆっくりと立ち上がり、クローゼットの横にある大きな鏡の前に立った。
そこには小さな女の子がいた。
腰まで伸びた薄い茶色の髪に、金色の瞳。
「本当に……時間が遡ったのね……」
時間が戻るなど普通に考えればありえない。けれど、鏡に映る私の姿は子供の頃のものだ。
十八歳の私ではない。
そういえばこの頃の私はこんなに髪の毛が長かったんだな、と思い出す。お母様が触ってくれるのがとても心地よくて……。亡くなってからは切れずにそのまま伸ばしていた。
今までの辛い記憶は全て夢だったんじゃないの……? と、そう思いたいけれどはっきりと覚えている。
私は覚えているのに、他の誰も覚えていない、知らない。これから起きることなど知る由もない。
このまま立っていると全身が気怠いため、ベッドへと座り直す。その動作だけでもこの体への違和感は相当なものだ。
私はこれからどうすればいいのだろう。あの猫ちゃんは私の好きなようにすればいいと言っていた。
私がずっと望んでいたこと。
"——家族と一緒に過ごしたい"
ただ、それだけだった。
私は最後のあの日まで、誰にも愛されてはいないんだと思っていた。けれど、そんなことはなかったのでは……と、今なら思える。
いつも私のそばにいてくれた人がいる。心配してくれた人だっていたのに。
それなのに「私なんか……」と自分自身を卑下していた。私のことを気にかけてくれた人たちを否定することになるのに。
カーテンの隙間から日が入り始めた。もうすぐリリーが起こしに来る時間のはずだ。
「リリー……」
もうすぐ、会える。リリーに。
言葉も交わせずに、あんな別れ方をしてしまった後悔が押し寄せる。
リリーがあの後どうなってしまったのか分からない。もうあのようなことに合わせたくはない。
そのためには、猫ちゃんが言っていたように早く魔力を取り戻さないといけない。手に力を込めてみたけれど、やはり魔力の流れを感じることはできなかった。
前は何もできなかったけれど、今度はきっと大丈夫だから。
猫ちゃんは十年ぐらい、と言っていた。それなら今の私はまだ八歳。まだ誰も私が魔法が使えないことも、このまま発現しないことも知らない。
だから、私のことをそういう目で見る人はまだいない。お父様もお兄様も、八歳の私に対してどのような感情を抱いているのかは分からないけれど、侯爵家の恥だとは思っていない……はず。
けれど、以前の私がお父様とお兄様からどんな扱いをされてきたか忘れることはないだろう。時間が戻った今、これからのお父様とお兄様がどのような言動をしてもそれだけは変わらない事実だ。
お父様とお兄様がどう思っていたかなど私には到底分からない。でも、少なくとも最後に見たあの涙は本物だと思うから。
復讐、なんて言っていた猫ちゃんに『そんなことですべて許せるの?』って、笑われそうね。
"コン、コン、コン……"
その時、ドアを小さくノックする音が聞こえた。私は大袈裟に体がびくっと震えた。そちらに視線を向けると、部屋へと入って来たリリーと目が合った。
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