誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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一章 一度目の人生

33【魔獣クロと、青年】

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 微かなその声は、頭の中で聞こえた声なのか、実際に聞こえた声なのか分からなかった。

「クロッ!」

 あぁ、この声ははっきりと聞こえた。

 私は大きな爆発音とともに体が衝撃を受け、一瞬意識が飛んでしまっていたようだ。

 意識が少し朦朧とし、かすむ視界の先には煌びやかな服を着た皇子がソフィアへ声をかける姿があった。

「ソフィア嬢、無事か!? この私が助けに来たぞ!」

 皇子は気を失っているソフィアの肩を激しく揺らしている。だめ、そんなに揺らしては——!

「殿下、そのように揺らしてはいけません! ソフィアはただ気を失っているだけですから!」

 皇子のすぐ近くにいたソフィアの友人が慌てて声をかける。

「貴様、ソフィアなどと馴れ馴れしく呼ぶとはいい度胸だな!?」

「えぇ!?」

 ソフィアは完全に意識を失っているのか、ぐったりとして動かない。大丈夫なの? 本当に意識を失っているだけ……? 
 目を凝らしてソフィアを見れば、怪我はなさそうだった。それに、誰かがソフィアを守ってくれたようで制服すら汚れていなかった。

 第一皇子はソフィアの無事を確認すると勢いよく私の方へ振り向いた。
 私を見る皇子の目は憎悪に満ちている。

「あの女を捕らえろ!」

 皇子のその一言で、いったいどこにいたのか、待機していた皇室騎士団の数人がこちらへ向かって来た。

 は、え——? 捕らえろって、まさか私のこと!?

 皇室騎士団はその名の通り、皇族直属の騎士団だ。皇族への完全なる忠誠を誓っており、彼らに命令し、動かすことも止めることもできるのは皇族だけだ。

 その騎士団に捕えられるということは——。

 騎士が私に向かって剣を抜く。恐怖と困惑で手足がカタカタと震えてしまう。

「殿下! お待ちください! それはどういうことですか!?」

 私のすぐ横から男性が声を張り上げたため驚いた。それによって、この男性に体を支えられていたことに今さら気が付いた。

 そして、男性の横には黒い生き物がいた。いや、ただの生き物ではない。——魔獣だ。

「ク、クロ……?」

 魔獣は"ワゥ!"と私の声に嬉しそうに応えた。

 なぜクロがここにいるの? それなら、この男の人は……。
 顔を近くで見れば、あの時の少年だった。久しぶりに見たその顔はさらに成長し、少年から十八歳の青年へとなっていた。

「ユ、ユーシス……?」

 あの時の少年の名はユーシス。

「あぁ、良かった。覚えててくれたんだね」

「おいっ、そこ! 勝手に話すな! お前ら早くあの女を捕らえろ!」

「殿下、お待ちください! 何か誤解をされているのではありませんか!? 急に捕らえろだなんて……!」

「はっ、何が誤解だ! お前は見ていなかったのか!? これを見ろ! 危うくソフィア嬢の可憐な顔に傷がつくところだったではないか!」

「この人がソフィアさんを傷つけるようなことは——」

 ちょっと待って、何を言っているの? もしかして……私がソフィアを傷つけようとしたと勘違いされているの!?

「で、殿下、私は——」

「口を開くな、この悪女が! なぜこんなのが可憐で優しいソフィア嬢の姉なんだ? さぁ、捕らえろ!」

 ユーシスが庇ってくれたけれど、騎士団に押さえつけられてしまった。数人がかりでは敵うはずもない。
 首元には剣。少しでも動けば人間の首など簡単に切れてしまうだろう。
 押さえつけられた主人を見て、魔獣は今にも飛びかかりそうだ。

「クロ! ダメだ!」

 ユーシスも皇族相手に問題を起こしてはいけないと、不利な状況を理解している。

「その人は、関係、ありません!!」

 巻き込んでしまった罪悪感から、この人を助けなければと考えるけれど、私にはどうすることもできない。
 ソフィアが目を覚ましてくれればきっと誤解を解いてくれるはずだと思っても、ソフィアは目を覚ます気配はない。

 地面に押さえつけられていた私の腕が騎士団によって強く引っ張られる。

「いっ……!」

 相手が女であろうと容赦がない。

「殿下! おやめ下さい!」

 ユーシスはまだ私を庇ってくれる。これ以上はこの人が危ない。

「ほぉ、なんだ? お前も一族諸共、こいつと一緒に行きたいのか?」

「………なっ!」

 この国で皇族に逆らえるものなどいないだろう。この国の皇帝は逆らう者には容赦がないから。
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