誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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一章 一度目の人生

27【後悔の寄り道】

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 学園での授業が終わると、いつもはそのまま侯爵家へと帰るだけ。

 けれど今日は違った。少しの、寄り道。

 いつもは寄り道などせずまっすぐ帰るのに、少しだけ外へ出てみたい……なんて思わなければよかった。馬車の窓から見えた景色を羨ましくなんて思ってはいけなかったのに。

 今日はめずらしくリリーが迎えに来てくれたから、つい寄り道したくなってしまった。

 でも、私みたいなのが貴族街なんて来てはいけなかったのに。





 御者に少しだけ待ってもらい、リリーと二人で歩いていた。外からお店を見るだけでも楽しいものだった。

 けれど楽しい時間も束の間、同じクラスの生徒四人と出会してしまった。

「おい? なんで不祥児がこんなところにいるんだよ?」

「やだぁ、ここ貴族街よ? あなたが来るような場所じゃないわ」

「もう、やめなよ~。こんなのほっといて早くカフェ行こうよ!」

「そうそう、早くいこうぜ」

 四人は嫌なものを見てしまったという表情で笑っている。赤髪の男子生徒は特にひどい。

"不祥児"

 それは私を蔑むために付けた呼び方。出自の分からない子供、侯爵家にとっての不祥事……なんだって。
 最初にそう呼んだのは同じクラスのこの赤髪の男子生徒だった。名前は確か、ノヴァン。

 こういう人たちはとにかく無視をするのが一番。いつも学園でもそうしてきたから。

 それに今日は私一人ではない。メイドのリリーも一緒にいるから関わってはいけない。リリーを危険な目に合わせるわけにはいかないから。

 だから、いつもと同じように素早く通り過ぎようと思ったのに。

「おーい、不祥児ちゃ~ん?」

 ノヴァンがまだ声を掛けてくる。

「………」

 私とリリーは距離をとり、無視をして通り過ぎた。

「ふはっ、お前無視されてるじゃん! っていうか、いつも思ってたけどその不祥児ってなんだよ」

「ね~。ふふっ。ネーミングが馬鹿っぽい」

「なんだと!? ちっ、おい! 聞いてんのか!?」

 ノヴァンが私の方へ向かって来た。一緒にいた女子生徒は「ちょっと、やめなよ!」と引き止めている。
 どうやら彼は怒ったみたいだ。私に無視をされたことに腹が立ったのか、それでプライドを傷つけられたとでも思っているのか。

 ここは学園ではなく貴族街のため、女子生徒はノヴァンを本気で止めているようだ。学園でも人目はあるけれど、さすがに他の貴族に見られるのはまずいと考えているのだろう。

 私はこれ以上ここにいるのはまずいと思い、リリーの手をつかんで急いでその場を離れた。

「お、お嬢様……!?」

「リリー! 全力で走って!」

 できるだけ人目のつく大通りを走った方がいいと思ったけれど、前にも学園の生徒がいるのに気付いた。しかも、あの男子生徒たちの友人だ。
 きっと、私の行く手を阻むだろう。

 だからこんな場所には来るべきではなかったのに。
 
 急いで横道へと入る。さすがにこのような場所まで追っては来ないだろう。あの人たちだって私にかまうような時間の無駄遣いはしないはずだ。

 けれど、声が聞こえてきた。
 え、まさか来ているの!? どうして!?

 彼の何をそこまで刺激してしまったのか、まったく分からない。学園ではこのようなことまではされなかった。
 あれでも一応学園内は安全だったということなのね……。

 貴族街といっても、それは表通りだけ。横へ逸れてしまえばそこは足を踏み入れてはならない場所。

 複雑に入り組んだ道はまるで迷路のよう。

 あまり奥までは行かないほうがいい。

「はぁ、お、お嬢様……。すみません、もう足が……」

 リリーを見れば大きく息を切らし、とても疲れた表情をしている。こんなに全力で走らせてしまったので当然だ。

「ごめんね、リリー。どこか隠れる場所は——」

 辺りを見回しても隠れることができそうな場所はなかった。私も体力が限界。こんなことなら体力作りにも力を入れておくべきだった。

「逃げてんじゃねぇよ!」

 とうとうノヴァンに追いつかれてしまった。

 リリーはガタガタと震え、顔は真っ青だ。私でも怖いのに、平民であるリリーはもっと恐怖を感じているはずだ。

「あなた、それでも貴族なの!?」
 
「はぁ、うるさいな。貴族でもないお前に言われたくないね」

「私は——」

"侯爵家の娘"

 そう言いたかったのに、すぐに言い返すことができなかった。そう、言ってもいいのか一瞬悩んでしまった。

 そこへ、もう一人の男子生徒が追い付いた。

「おいっ、お前なにやってんだよ! 自分が私生児だからって当たるなよ。俺たちに迷惑かけんじゃねーよ。さすがにやりすぎだぞ」

 え、この人、私生児なんだ……。たしかノヴァンは子爵家だったはず。

「黙れ!」

「なぁ、もういいだろ。行くぞ。さすがに人目に付いてるぞ。父親の耳に入ってもいいのか?」

 後から来た男子生徒はまだ多少の常識は残っていたようだ。

「俺は、こういう奴が許せないんだよ……。そうだ、こいつよりも上だと父さんにも……」

「おい、何か言ったか?」

「どいつもこいつも、俺のこと馬鹿にしやがって……!」

「……はぁ? お前さっきから何を言ってるんだよ。いい加減にしろよ、グループから外されたいのか?」

 私生児だとばらされてしまった生徒がすっと手を上げた。
 
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