誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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一章 一度目の人生

22【姉と妹】

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 ソフィアの誕生日パーティーからどれくらいの日が経ったのだろう。
 私は一日のほとんどを別棟で過ごしていた。

 本邸へ行く用事もなければ、外へ出かけることもない。そもそも外出許可が私にはないから。
 といっても、屋敷の外に出たいかと聞かれたらそうでもない。

 この別棟から出ても、いいことなんてないんだもの。今ではここには必要最低限の人しか出入りしないから以前のようにそこまで嫌な思いをしなくて済む。

 たまにいる使用人の噂話を耳に入れなければいいのに、無視をすればいいのにと分かっていながらも、つい耳を傾けてしまう。
 メイドや使用人たちの間であることないこと私の勝手な噂がされているのを知っている。

 ソフィアを泣かせた、いじめた、暴言を吐いた、さらには手を上げた……なんてことまで。

 噂好きの使用人たちのおかげで話の広まりがそれはそれは早いこと。
 本邸の使用人に怒鳴り込みに行きそうな雰囲気を出していたリリーを、私とサラでなんとか止めた。
 
 リリーが罰せられたら大変だと心配したけれど、その姿を見てちょっと嬉しくなってしまったのは秘密。
 だって、私のために怒ってくれる人がいるんだもの。




 たまには外に出て太陽の光を浴びないと体に良くないと思い、久しぶりに息抜きをしようと庭へと出た。

 「あれ……? ねぇ、リリー。この辺りってこんなにお花が植えられていたかな?」

「そう、ですね。以前はなかった気がします」

 久しぶりに見た庭には、見覚えのない花や草が植えられていた。
 現在雇われている庭師は、侯爵家の人間しか立ち入らないような場所は最低限の草木しか手入れをしていなかったはずだけれど……。

「うーん、誰が植えられたんでしょう? あまり見たことのないお花がありますね」

「そうね、なんのお花かしら」

 リリーと一緒にのんびりと歩いていると、向かい側からメイドを連れて歩いて来るソフィアが見えた。
 なぜこうもタイミングよく会ってしまうのか。   
 今から引き返しても遅いだろう。

「あっ。お、お姉さま……」

 ソフィアは気まずそうな表情だった。あの後メイドに何か言われたのかもしれない。
 それが私にとっていい話だとは到底思えない。

「お姉さま、こんにち——」

「いけません、公女様」

 リタ。あの時のメイドだ。
 またソフィアの話を遮った。

「でも、私はお姉さまに……!」

「私たちは公女様をお守りする責任があります。どうかご理解ください」

 お守りって……。私がソフィアに飛びかかるとでも思っているの?
 そんなことをするはずがないのに、ソフィアの側にいるメイドたちの表情を見れば、本気でそう思っているようだ。

 隣にいるリリーがかなり怒っているのが分かった。私が前に言い返してはだめと言ったのを守ってくれているのか、表情をなんとか保っている。
 ただ、頬がピクピクと動いていてそのうち爆発してしまいそうだ……。

 リリー、我慢よ! あなたたちを守るためにも言い返してはだめなの。

「あなたはなぜここへ? ここはソフィア公女様のお庭です! 許可もなく立ち入るなんて!」

「は」

 危なかった。言われたことがあまりにも衝撃で、つい私が言い返してしまいそうになった。
 まさかこの庭に所有者ができているなど知らなかった。そもそも普通、思わない。

「ここは個人の庭ではないはずよ。なぜ私がここへ来てはいけないの?」

「この庭は旦那様から贈られたものです! 奥様が日々手入れをされているのです!」

「そう……。それで?」

「それで!? ですからこのお庭は奥様がソフィア公女様のために各地から取り寄せた珍しいお花を……」

「はぁ……」

 このよく分からない状況につい、ため息が出てしまった。お父様がこの庭を贈られたですって?

「まぁ! 公女様になんて態度!」

「また公女様を傷つけるおつもりですか!?」

「嫉妬だなんて、醜いですよ!」

 ソフィアの専属メイドたち。
 この人たちは私を目の敵にするようにでも言われているの? ただ、うるさいだけだわ。

 むしろあなたたちの私への態度の方が問題だと思うけれど、言い返したところでどうにもならない。

 私がお父様に会えないことを分かっているから、何を言っても許されるとでも思っているのだろう。
 この場から離れるのが賢明なので、立ち去ろうとしたその時だった。

「みんなの方が、お姉さまに失礼だわ!」

「え、ソフィア……?」

「お母さんに言わないでって言ったのに……! どうしてみんな、いつも……お姉さまのことをひどく言うの……!?」

 ソフィアは目を真っ赤にして涙を流す。

「こ、公女様。泣かないで下さい」

 ソフィアに何か言われると思っていなかったのか、オロオロとするメイドたち。

「お姉さまっ! このお庭は侯爵様が好きに使っていいと言っただけです。お母さんが花や草木が好きで……それで、どこかに植えてもいいかって聞いて……」

「そうだったの。ソフィア、教えてくれてありがとう」

 どうやらお父様からの贈り物だったわけではないようだ。メイドたちが都合の良いように拡大解釈したんだろう。

「お兄さまに、ちゃんと自分の目と耳を使えって言われたの……」

 え、ここで急にお兄様?
 どうしてお兄様がソフィアに……。

「私、みんながなんて言ってるか知ってるよ!? お姉さまに意地悪をされたことなんてないし、ぶたれたことだってないわ! 謝って……お姉さまに謝って……!」

「こ、公女様……」

 ソフィアはソフィアで、"何かおかしい"とちゃんと気付いてくれていたのね。

「どうしてお姉さまに会いに行こうとすると邪魔をするのっ」

「そ、それは、奥様が……」

 ソフィアは私に会いに来てくれようとしたの?
 私は会わなければいいなんて思ってしまっていたのに……。

「ソフィア、大丈夫だから。ありがとう」

 私はお礼を言ってその場を離れた。
 このまま一緒にいたところでまた何か誤解が生まれてしまうかもしれない。

 ソフィアが私をお姉さま、と呼んでくれる声が聞こえるけれど、私は振り返らずに足を早めた。
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