誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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一章 一度目の人生

20【ソフィアの謝罪】

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「うん、早く戻ろう……」

 リリーたちが心配して待っているはずだ。

 それにしても今日のパーティーは私にとっては本当に意味のないものだった。
 姿が見えなくなっても誰も探しにこなかったのに、あの場に行った意味はあったのだろうか。

 もし逃げ出さずにお父様の挨拶が終わるのを待っていれば、あの後に招待客に紹介してもらえたのかな……?

 そう思ったところで気持ちが沈む。
 紹介してもらえたとして、私はどんな立場でそこにいればいいの……?

「はぁ……」

 主役であるはずのソフィアは私に気を使ってなのか、ちらちらと視線を送り落ち着きがないのが遠くからでも分かった。

 ソフィア、嬉しそうな表情をしていたな。あれがみんなから愛されて育った子の表情なんだろうな。少しだけ……ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。

 本邸と繋がっている長い廊下を歩きながら部屋へと向かっていると……。

「お姉さま……?」

 会いたくない時に、会いたくない人に出会うのはなぜなのかな。どうしてあなたがここにいるの。

 話しかけてきたのは、会場にいるはずのソフィアだった。

「こんばんは、お姉さま……」

「こ、こんばんは……? えっと、どうしてこんなところにいるの?」

「あの、お姉さま」

 今日の主役なんだから、会場を抜け出してきたらだめじゃない。きっとお父様が心配するはずだ。

「あの、えっと……」

 何かを言いたそうにもじもじとしているソフィア。どうしたのかな? 何かあったのだろうか。

「会場にいなくて大丈夫なの? もしかして……何か困っていることがあるのかしら?」

 出来る限り優しい声を出して、ソフィアを怖がらせないように話す。言葉遣いにも気を付けないといけない。どんな些細なことで指摘を受けるか分かったものではないから。
 
 この子を見ているとみんなからどうして愛されるのかが分かる。

 ついかまいたくなるような、守ってあげたくなるような、そんな笑顔。
 それに比べて愛想のない私はどうだろうか。

 私の心の奥にある醜い嫉妬心が出てこないように心に蓋をして落ち着かせる。

「お姉さま……あ、お姉さまって呼んでもいいですか……?」

 ぽつりぽつりと話すソフィアはとても可愛かった。

「えぇ、もちろん。あなたが私を姉だと思ってくれるのなら、そう呼んでもらえると嬉しいわ」

 私の言葉にソフィアの表情がほころんだ。

「わぁ。ありがとうございます、お姉さま!」

「それで、どうしたの?」

「私、お姉さまに謝らないといけないと思って……」

 そう言ったソフィアはしゅん、と泣きそうな顔になる。私は一瞬、意味が分からず固まる。

 え? 謝る? 私に? 何を?

「メイドさんが教えてくれたんです。お姉さまはお誕生パーティーを開かなかったって……」

「……え?」

「それなのに私、パーティーで……。お姉さまの姿が途中から見えなくなって、それで……」

 え? この子は何を言っているの?

「私、侯爵様や公子様と同じ能力があるって知らなかったんです。そもそも、そんな力が私にあるなんて……。十歳の誕生日パーティーにどんな意味があるのかも……。その、いろいろとメイドさんが教えてくれたんですけど」

 言葉を区切りながらソフィアは話す。

「………」

「みんながお姉さまのこと、変なふうにいろいろ言ってるのを聞いてしまって……。すごく、嫌だったんです。それであの、私……、違う、こんなことが言いたいんじゃなくて……。ごめんなさい……」

「それは——」

 それって私にわざわざ言うことなんだろうかと一瞬思ったけれど、ソフィアも何に対して謝っているのか、どんな話をしたかったのか分かっていなさそうだ。そんな行動自体がおかしなことなのに……。
 ただ私と話をしないと、という気持ちが先走ってしまったように見える。

 それにしてもメイドは一体この子に何を吹き込んだの?

「お姉さま……あの、怒っていますか……?」

 ソフィアは私に怒られないか、嫌われないか顔色を伺っているように見える。

 今日のパーティーはソフィアのために開かれたものなのに。私のパーティーが中止になったこととは関係がない。むしろ、中止になったのは私自身のせいであって、ソフィアが悪いんじゃないのに……。悪くはないけど——。

 けど——。

「怒ってなんていないわ。それに、こんなふうに謝ったりしなくて大丈夫だから」

「お姉さま……」

 ソフィアの言葉がどれだけ私を惨めにさせているのか、この子はきっと分からないのだろう。

「ただ、あなたに謝られると複雑な気持ちになってしまうの」

「あ……ご、ごめんなさい……」

 ソフィアはそこで私が何を言いたいのか察したようだ。

 ソフィアはまだ十歳になったばかり。
 メイドの話を素直に聞いてしまっただけ。そうなんだよね?

「私、お姉さまの気持ちも考えずに……」

 ソフィアが私の言葉に泣き出してしまった。
 その涙に胸がちくりと痛む。

「あぁ、泣かないで? ごめんなさい、きつい言い方をしてしまって……。ソフィアは悪くないから」

 泣かせるつもりなんてなかったのに。
 
 どうか泣き止んで。
 それに、もしこんなところを誰かに見られでもしたらなんて言われるのか想像しただけで恐ろしい。

「お姉さま、私の方こそごめんなさい……」
 
 ソフィアの涙をハンカチで拭ってあげる。

「綺麗なハンカチが汚れちゃいます」

 大丈夫だから、と言うとソフィアはお礼を言って笑顔を見せた。

「あの、お姉さま。もし、よかったら——」

 ソフィアが何かを言いかけたところで大きな声が突然聞こえた。
 嫌な予感はあたるというもの。
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