誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
14 / 88
一章 一度目の人生

14【フレイアという女性】

しおりを挟む
 
 ソフィアがこのまま発現しなければいいのに、と思ってしまった私は使用人たちが言うように性格の悪い姉なんだろう。

 ソフィアが悪いわけじゃないことは頭では分かっている。でもどうしたって、心の底ではそう願ってしまっている自分がいる。

 こんなこと、誰にも言えない。言えるわけがない。

 けれど、そんな私の醜い心の中を誰かが嘲笑うようにソフィアは力を発現させた。

 私がきっかけとなって。





 ソフィアの十歳の誕生日まで残すところ一ヶ月となった。

 不安な毎日を過ごしていたある日、メイドに用事を頼まれて本邸まで行かなければならなくなた。メイドにこき使われる貴族の令嬢ってどうなんだろうと思ったけれど、簡単な用事を頼まれたくらいで問題にしたくない私はそのまま引き受けた。

 用事を済ませた私は急いで本邸から別棟へ戻ろうとした。本邸中央にある階段の手前まできたところで、今はできれば会いたくない人に出会してしまった。

 薄めの赤い髪色をした女性がいた。その髪色はこの屋敷では目立つためすぐに誰だか分かった。

 オレンジ色の瞳を私に向けて微笑んだ。

「あら、シアさん、こんばんは。こんな時間に本邸へ来るなんて何かあったのかしら?」

 どうしてだろう。

 この女性の一言一言は私を嫌な気持ちにさせる。私が本邸にいることがおかしなことなの? 何かなければここへ来てはいけないというの?

 ひねくれて考えすぎと言われるかもしれないけれど、なぜか嫌なんだもの。
 
 不快感を悟られないよう、きゅっと手を握る。

「こんばんは、フレイアさん。少し用事があって来ました。今から別棟へ戻るところです」

「そうだったのね。私はね、なんだか体調が良くなくて……。お薬をもらいに来ただけだから誤解しないでね?」

 体調が悪いなら部屋で休んで、薬はあなたが連れて来たメイドに頼めばいいのでは? と思ってしまう。

「その、大丈夫ですか? 体調が良くないのでしたら動かずに休んでいた方がいいですよ。薬はメイドに頼めば持ってきてくれますから」

「そんな、私は理由もなく本邸を歩き回っていたわけではないわ。ごめんなさい、やっぱりシアさんは私がここにいることが嫌なのね……」

「え?」

 フレイアさんは悲しそうに目を伏せた。
 
 私は本邸を歩き回るなと言ったのではない。
 体調が悪いなら動かない方がいいと言っただけなのに。

 え、どうしてそうなるの?

 なぜこの人と話をすると会話が噛み合わないんだろう。主導権を握られている気分になる。
 
「えっと、いえ、そうではなくて……」

「ふふ、冗談よ。心配してくれたのでしょう? 少しめまいがするだけだから大丈夫よ」

「そう、ですか……。一人で部屋まで戻れますか? 誰かメイドを呼んできましょうか?」

「大丈夫、一人で戻れるわ。それでは、シアさん。おやすみなさいね」 

 そう言ってフレイアさんは背を向けた。フレイアさんが階段を降りようとしたその時、目眩のせいかふらついてしまいバランスを崩した。

「あ——、」

「危ないっ!」

 急いで手を伸ばしたけれど、私のような子供の力では大人であるフレイアさんの体重を引っ張ることができるわけもなく、腕を簡単にすり抜けてしまった。

 大きな音を立てて、フレイアさんは階段からそのまま落ちてしまった。人が落ちるのを目の前で見てしまったことがショックで血の気が引く。

「フ、フレイアさんっ! 大丈夫ですか!?」

 この高さからではきっと大怪我をしているはずだ。私は急いで階段を降りようとしたその時。

「きゃぁぁぁ! 奥様っ!!」

 誰もいないはずだったこの場に突然大きな声が響いた。女性のその大きな悲鳴に私の体は反射的に止まった。

 人の気配などなかったはずなのに、このメイドはいきなり現れた。声を上げたメイドはフレイアさんに駆け寄り声をかける。

「奥様! 奥様……! 目を開けてくださいっ!」
 
 お、奥様……?
 その言葉に私の体は固まってしまった。

 私も駆け寄って助けなければと頭では分かっているのに、私はなぜかこの場から動くことができずにいた。

「誰か! 誰か来てください! 助けてください! 奥様が怪我をしたんです! 治癒魔法を使える人はいませんか!? 侯爵様は!? 公子様は!?」

 メイドはどこからそんな大きな声が出るんだと思うほどの声で助けを求めた。メイドの大きな悲鳴と叫ぶ声に、本邸にいる使用人が集まってきた。

 使用人たちがどうすればいいのかと混乱していた。癒しの力を使えるお父様は今この屋敷にいないらしい。お兄様の部屋はここから離れている。

 私はこの侯爵家の人間だもの、この場をなんとかしないといけない。いつも騎士や使用人を治癒してくれる侯爵家の治癒魔法士を呼んで来ないと……。

「すぐに公子様にお知らせしてくるから待っていなさい」

 私が動けずにいると執事の一人がお兄様を急いで呼びに行った。

 近くにいた使用人がメイドに声をかける。

「何があったのですか!?」

「うぅ、お、奥様が、奥様が……階段から"落とされて"……!」

 メイドは泣きながら訴えた。メイドのその言葉にこの場が一瞬、シン——と静まった。

 夜になっても、侯爵家には大勢の使用人が働いている。先ほどまではいなかったのに。

 私はこの状況に頭が追いつかない。
 ねぇ、あのメイドは今、何を言ったの……?
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...