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一章 一度目の人生
14【フレイアという女性】
しおりを挟むソフィアがこのまま発現しなければいいのに、と思ってしまった私は使用人たちが言うように性格の悪い姉なんだろう。
ソフィアが悪いわけじゃないことは頭では分かっている。でもどうしたって、心の底ではそう願ってしまっている自分がいる。
こんなこと、誰にも言えない。言えるわけがない。
けれど、そんな私の醜い心の中を誰かが嘲笑うようにソフィアは力を発現させた。
私がきっかけとなって。
ソフィアの十歳の誕生日まで残すところ一ヶ月となった。
不安な毎日を過ごしていたある日、メイドに用事を頼まれて本邸まで行かなければならなくなた。メイドにこき使われる貴族の令嬢ってどうなんだろうと思ったけれど、簡単な用事を頼まれたくらいで問題にしたくない私はそのまま引き受けた。
用事を済ませた私は急いで本邸から別棟へ戻ろうとした。本邸中央にある階段の手前まできたところで、今はできれば会いたくない人に出会してしまった。
薄めの赤い髪色をした女性がいた。その髪色はこの屋敷では目立つためすぐに誰だか分かった。
オレンジ色の瞳を私に向けて微笑んだ。
「あら、シアさん、こんばんは。こんな時間に本邸へ来るなんて何かあったのかしら?」
どうしてだろう。
この女性の一言一言は私を嫌な気持ちにさせる。私が本邸にいることがおかしなことなの? 何かなければここへ来てはいけないというの?
ひねくれて考えすぎと言われるかもしれないけれど、なぜか嫌なんだもの。
不快感を悟られないよう、きゅっと手を握る。
「こんばんは、フレイアさん。少し用事があって来ました。今から別棟へ戻るところです」
「そうだったのね。私はね、なんだか体調が良くなくて……。お薬をもらいに来ただけだから誤解しないでね?」
体調が悪いなら部屋で休んで、薬はあなたが連れて来たメイドに頼めばいいのでは? と思ってしまう。
「その、大丈夫ですか? 体調が良くないのでしたら動かずに休んでいた方がいいですよ。薬はメイドに頼めば持ってきてくれますから」
「そんな、私は理由もなく本邸を歩き回っていたわけではないわ。ごめんなさい、やっぱりシアさんは私がここにいることが嫌なのね……」
「え?」
フレイアさんは悲しそうに目を伏せた。
私は本邸を歩き回るなと言ったのではない。
体調が悪いなら動かない方がいいと言っただけなのに。
え、どうしてそうなるの?
なぜこの人と話をすると会話が噛み合わないんだろう。主導権を握られている気分になる。
「えっと、いえ、そうではなくて……」
「ふふ、冗談よ。心配してくれたのでしょう? 少しめまいがするだけだから大丈夫よ」
「そう、ですか……。一人で部屋まで戻れますか? 誰かメイドを呼んできましょうか?」
「大丈夫、一人で戻れるわ。それでは、シアさん。おやすみなさいね」
そう言ってフレイアさんは背を向けた。フレイアさんが階段を降りようとしたその時、目眩のせいかふらついてしまいバランスを崩した。
「あ——、」
「危ないっ!」
急いで手を伸ばしたけれど、私のような子供の力では大人であるフレイアさんの体重を引っ張ることができるわけもなく、腕を簡単にすり抜けてしまった。
大きな音を立てて、フレイアさんは階段からそのまま落ちてしまった。人が落ちるのを目の前で見てしまったことがショックで血の気が引く。
「フ、フレイアさんっ! 大丈夫ですか!?」
この高さからではきっと大怪我をしているはずだ。私は急いで階段を降りようとしたその時。
「きゃぁぁぁ! 奥様っ!!」
誰もいないはずだったこの場に突然大きな声が響いた。女性のその大きな悲鳴に私の体は反射的に止まった。
人の気配などなかったはずなのに、このメイドはいきなり現れた。声を上げたメイドはフレイアさんに駆け寄り声をかける。
「奥様! 奥様……! 目を開けてくださいっ!」
お、奥様……?
その言葉に私の体は固まってしまった。
私も駆け寄って助けなければと頭では分かっているのに、私はなぜかこの場から動くことができずにいた。
「誰か! 誰か来てください! 助けてください! 奥様が怪我をしたんです! 治癒魔法を使える人はいませんか!? 侯爵様は!? 公子様は!?」
メイドはどこからそんな大きな声が出るんだと思うほどの声で助けを求めた。メイドの大きな悲鳴と叫ぶ声に、本邸にいる使用人が集まってきた。
使用人たちがどうすればいいのかと混乱していた。癒しの力を使えるお父様は今この屋敷にいないらしい。お兄様の部屋はここから離れている。
私はこの侯爵家の人間だもの、この場をなんとかしないといけない。いつも騎士や使用人を治癒してくれる侯爵家の治癒魔法士を呼んで来ないと……。
「すぐに公子様にお知らせしてくるから待っていなさい」
私が動けずにいると執事の一人がお兄様を急いで呼びに行った。
近くにいた使用人がメイドに声をかける。
「何があったのですか!?」
「うぅ、お、奥様が、奥様が……階段から"落とされて"……!」
メイドは泣きながら訴えた。メイドのその言葉にこの場が一瞬、シン——と静まった。
夜になっても、侯爵家には大勢の使用人が働いている。先ほどまではいなかったのに。
私はこの状況に頭が追いつかない。
ねぇ、あのメイドは今、何を言ったの……?
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