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一章 一度目の人生
13【ソフィアという存在】
しおりを挟むコンフォート侯爵家にあの二人が来てからもう一ヶ月が経った。
女性の名はフレイア。その娘の名はソフィア。
リリーとサラが言うには、二人は東の別棟で静かに生活をしているらしい。二人の身の回りのお世話はフレイアさんが連れてきたメイドたちの仕事になっている。
もともと侯爵家にいた使用人たちは、突然現れた二人に最初こそ警戒していたけれど、ソフィアのあまりに素直な可愛さにすぐに心を開いてしまった。
財産目的だとか、後妻の座を、なんて言われていたフレイアさんも何かを要求するでもなく、ただソフィアを優しく見守っているだけなんだとか。
ソフィアは今年で十歳になる。
単純に考えても私が三歳の時にはもうすでに生まれていた。
お母様が亡くなったのは私が五歳の頃だ。
ということは、お父様はお母様がまだ生きていた頃からフレイアさんと関係があったということを意味している。
お父様は本当にお母様を裏切ったの?
ソフィアは本当にお父様の子供なの?
私たちには言えない、何か事情があるのではないの?
幼い頃の記憶だけれど、お父様とお母様は会話こそ少なかったけれど、ちゃんと愛し合っているように見えた。
お父様の、あの冷たく見える表情でもお母様を見る目は優しかった……。
"お父様はとても勇敢でお優しい方なのよ"
"無愛想に目えるけれど、そうじゃないの"
"無事に帰ってきてくれればいいの"
お母様は微笑みながらそう言っていたのに。私の聞き間違い? それとも記憶違いなの……?
お母様は最後まで、お父様を好きだったのに。
お父様は仕事が忙しくてお母様に会いに来ることは少なかったけれど、仕事から帰ってきた時はいつも嬉しそうにしていたあの表情は忘れない。
なのに——。
金色の瞳を持ったソフィアの存在が、お父様がお母様を裏切っていたと証明している。
何より、お父様が認めたのだ。
それなのに、使用人たちの間ではお母様がお父様を裏切ったと噂になっている。
他所の男との子供である私を侯爵家の血筋だと言ってお父様を騙しているのではないか、そのせいでお父様は外に子供を作ったのではないか、と。
"血の繋がった本物の娘がいるのならシアお嬢様はこれからどうなるのかしら?"
"前の奥様って実家の伯爵家とは絶縁してたわよね? 帰るところがないし、言い出せなかったのよ"
"二人を同じ屋敷で過ごさせるなんて危険なんじゃない?"
"えぇ? それってシアお嬢様がソフィアお嬢様をいじめるってこと?"
なんて、噂好きの使用人は面白おかしく話を大きくしていった。私の能力が発現しないせいでお母様が侮辱されていることが何より許せない。
ソフィアの誕生日まで後二ヶ月。
ソフィアは侯爵家の能力が発現してしまうのかな。私は十二歳になっても発現できていないのに。あの子も……今まで発現せずにここまできている。
でも、ソフィアには魔法の才能があるらしい。
"うちのお嬢様は、誰かさんと違って魔法の才能まであるのよ。発現が楽しみだわ!"
リリーがあちらのメイドに言われてしまったこと。私のせいで後からきたメイドにまで馬鹿にされてしまうなんて……。
こういった話はリリーたちから聞いたのではなく、この離れで仕事をしていたメイドに一方的に聞かされたことだった。
メイドたちの噂話も、わざわざ教えてくれる。私を心配するふりをして伝えなくてもいいことを伝えてくる。
"~って、言っていたんですけど、私はそんなこと思ってないですよ?"
他のメイドたちだって、離れにきてまで噂話をするなんて馬鹿なことをしている。私に聞かせたいだけ。いつもきまってリリーたちがいない時なんだもの。
日々のストレスを発散するのにちょうどいいんだろう。
リリーたちは専属メイドと言っても、一日中ずっと一緒にいるわけではない。休みだってある。
サラは私の専属メイドだから侯爵家に部屋はあるけど、住み込みではないから基本的に定時で帰ってしまう。リリーは他のメイドたちから私を守りたいのか、ずっと一緒にいようとしてくれたけれど、そんな無理はさせられない。
他のメイドたちがこの離れにわざわざ来る理由なんてない。
私に聞かせたかった、ただの小さな嫌がらせ。
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