12 / 88
一章 一度目の人生
12【突然現れた女性と少女】
しおりを挟む毎日不安に思いながらも大人しく過ごしていたのに。
それは突然だった。
なんの前触れもなく。
十二歳になって何ヶ月か後のことだった。
「あの、シアお嬢様、侯爵様が本邸の応接室に今すぐ来るようお呼びだそうです……」
「え、お父様が……?」
リリーを見れば表情はとても暗い。何かを言いたげな、伝えたいような、でも言えない、そんな表情だった。急に私を呼び出すなんて何かあったのかな……。
リリーの表情に少し不安になりながらも、久しぶりにお父様に会えるということで急いで身なりを整えて部屋を出た。
急いで本邸へ行くと、メイドたちが私を珍しそうに見ている。いつも離れに引きこもっていたからだろう。
あぁ、嫌だな。
応接室のある廊下まで来るとドアの前に立っていた執事がこちらをちらりと見た。息を落ち着かせ、身なりを整えて執事に私が来たことを告げてもらう。
すぐにドアが開けられ、中へ入るよう言われる。探さなくても、お父様が目に入った。
久しぶりのお父様だ。とても緊張する。
お父様へ挨拶をしようとしたけれど、近くまで行ったところで私の体はぴたりと止まった。目に飛び込んできた光景に言葉が出てこなかった。
中央、目の前にはお父様が座っている。
右側のソファーにはお兄様が。
そしてお父様の向かいのソファーには赤の髪色の女性と、薄いピンクの髪色をした女の子が座っていた。ドアを背にしているため見えなかった。
嫌な胸騒ぎがした。
でも、早く、早くお父様に挨拶をしないと。でもこの人たちは誰? お父様のお客様? それならこの人たちにも挨拶をしないと……。
「あの、」
「お前は挨拶すらまともにできなくなったのか?」
お父様の言葉に反射的にビクッとしてしまった。お父様は……こんな険しい表情をする人だったっけ……。
「まぁまぁ、侯爵様。まだこんなに小さな子供なんですもの。まだ十二歳、でしたかしら? 挨拶が少しくらいできなくてもいいじゃないですか。ね? 気にしなくても大丈夫よ」
女性がにこりと私に微笑んだ。
一見優しそうな女性に見えるが、私にはその言葉と表情に少しの違和感を覚えた。
「申し訳、ありません……」
「座れ」
お父様に言われて、私は空いていた左側のソファーへと座った。目の前に座っているお兄様の表情は、心なしか暗いように見えた。
「二人は今日からこの屋敷で過ごす」
お父様は何の前置きもなしに突然そう口にした。その表情は記憶の中のお父様と同じ、何の感情もない。
「その子は血の繋がった私の娘であり、侯爵家の三番目の子だ」
「え——?」
あまりの衝撃に、私はとても間抜けな顔をしていると思う。けれどお父様はそれ以上何も言わない。
なに、どういうことなの?
一緒に暮らす? あの子が娘?
誰かに何か言って欲しくてお兄様を見た。先ほどまでの暗い表情ではなく微かに怒りのような感情が見て取れた。
女性を見ればただ微笑んでおり、娘だと言われた女の子は居心地が悪いのかソワソワとしている。
女の子を見て一瞬心臓が止まったかと思った。
その子の瞳が綺麗な金色だったから。
顔を見ていなかったから気が付かなかった。
お兄様はこの子の瞳の色から、お父様が言うことを察していたんだろう。
金色の瞳は侯爵家の特徴だもの。
お父様が認めたのだから、お父様の子供だと私たちも認めるしかない。私たちが何かを言ったところで何も変わらない。
「この二人は東の別棟で生活してもらう」
お父様の言葉に女性の頬が一瞬ピクリと動いた。
「まぁ……別棟、ですか?」
「そうだ。娘にも別棟で生活をさせているし、本邸は人の出入りが多い。ルカの後継者教育に支障がないよう生活環境を別にしている。……何か問題が?」
ルカとは私のお兄様のことだ。
私が別棟で生活している理由を改めてお父様の口から聞くと、なんとも虚しいものだった。
とってつけたような理由。
これだけ広い本邸で、私の存在がどう影響するというの?
ただ、お兄様の邪魔をさせたくない、お父様の視界にも入れたくないだけでしょう?
「たしかに公子様のお邪魔になってはいけませんわね。侯爵家の後継者としてそれはそれは多くのことを学んでいるはずですもの。でももし——」
女性はそこで言葉を切り、お父様の目を真っ直ぐに見た。
「もし、娘のソフィアが侯爵家の能力を発現することができたら、その時はこの子も公子様と同じように学ぶことを許して頂けるのですよね?」
え——。
そうか、そうだよね……。
このソフィアという子だって、お父様の子なんだもの。この子だって侯爵家の能力を受け継いでいるはずだ。
「あぁ……」
お父様はしばらく考えた後、頷いた。
能力が発現するとことが本邸で過ごせる条件にでもなったの?
なら、私は——?
侯爵家の能力がない私は、本邸で生活することすら許されない存在ということなのね。
「あぁ、シアさん、ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに軽々しく言ってしまったわ。でも、どうかこの子の可能性を潰さないであげて欲しいの」
潰さないで、ってどういうこと?
まさか私が何かするとでも……?
「いえ……私のことは、気にしないで下さい」
「まぁ、ありがとう! 優しいのね。シアさん、この子はソフィア。あなたの二つ下なの。私の名はフレイアよ、どうかこれからよろしくね?」
「はい、よろしくお願いします……」
「さぁ、ソフィア。あなたもご挨拶しなさい」
隣に座っていた女の子はソワソワとこちらに視線を向けた。
「よ、よろしくお願いします」
小さなその声はとても可愛らしいものだった。
にこりと笑ったソフィアの瞳は綺麗な金色に輝いていた。
金色の瞳に見つめられてなぜか私はここにいることが恥ずかしく思えてしまった。
この二人に私の手が震えていることを気付かれたくない。動揺していることを悟られたくない。
私は両手をぎゅっと握りしめた。爪が食い込んで痛いけれど、その痛みが今は心を安定させてくれる。
「ソフィア、公子様にももう一度ご挨拶しなさい。公子様、私の娘ですが……」
フレイアさんが話しかけたところで、お兄様は急に立ち上がった。
「まぁ、公子様?」
「父様、明日の準備がありますのでお先に失礼しても?」
「あぁ、そうしなさい。お前も……部屋に戻りなさい」
その後、なんと言って応接室を出たのか覚えていない。
私は力の入らない足を引きずるように部屋へと戻った。
48
お気に入りに追加
1,946
あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる