誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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序章

7【プロローグ⑦】

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 勢いよく入ってきたのは男性だろうか。

 目がかすんでしまい、ここからではよく見えない。

「シア!」

 男性が何かを言いながら近寄ってきた。かすむ視界に映った服装は看守のものではなかった。

 体を抱き起こされ、目の前に男性の顔が見えた。この距離ならかすんでいても分かる。

 この綺麗な青みのある銀髪は……。

(お父様……)

「シア……」

 久しぶりに聞いた、私の名前。
 
 最後に名前を呼ばれたのはいつだったか。

 これは夢なのかな。最後に会いたい、と私の願望が生み出した幻か何かなのだろうか。
 だって、お父様が目の前にいるはずがないもの。こうやって私を抱き起こしているなんて。

 ねぇ、そうでしょう? お父様。

 けれど、これは夢でも幻でもなかった。私に触れる腕の温かさが感じられる。麻痺した感覚で、その温かさを逃すまいと必死に感じとる。

 お父様の涙がポタッと私の頬へ落ちた。

 涙を流して私を見ているなんて、いったいどうしたの? それではまるで、私を心配してくれているみたい。悲しんでくれているみたいじゃない。

 お父様は私の手をそっと握り、魔法を使ってくれた。侯爵家だけが使える能力、癒しの力。

 初めてだわ、こんなこと。今までは私が怪我をした時だって無関心だったのに。

 前にお父様が力を使うところを見た事があるけれど、金色の光に包まれとても綺麗な光景だったのを覚えている。けれど、今はその時のような光は現れなかった。

 少しだけ、ほんの少しだけど私の気力が戻った気がした。

 どうやら今のお父様は魔力が足りないみたい。

「くそ、この——だった——か! 急に——な——! もう少しで——」

 お父様が何かを言っているれけど、もう私の耳は何も聞こえない。いつも冷静なお父様がこんなにも取り乱しているなんて、珍しいものが最後に見れたな、なんて思ってしまう。

 ふと、お父様の後ろにある扉に視線を送るともう一人男の人がいた。その人はただただ立ち尽くしてこちらを見ている。

 でも、よく見えない……。

 あの髪色は、まさかお兄様? お父様と同じ髪色だもの、間違えるはずがない。

 お兄様は私に手を伸ばそうとしているようにも見えた。

 ねぇ、近くに来て。 
 その顔を、最後に見せて欲しい。


「——! ——!?」

「侯爵様、————」

「——、——? ——!」

 そうだわ、あの看守は大丈夫かしら。私がこんなことになってしまい、何か罰を受けたりしないだろうか。食事当番と今日の出来事がたまたま当たってしまっただけなのに。

 あの看守はいつもいい食事を持って来てくれた人だから、罰がないといいのだけれど……。

 ちゃんとお礼を伝えておけばよかったな。


「————!」


 ごめんなさい、お父様。
 お父様が必死に何かを伝えてくれるけれど、何も聞こえないの。手足の感覚もないから動かすこともできないの。

 私だってお父様に伝えたい事があるのに、もう話すことができない……。

 瞬きもできず、ただただ涙が頬を伝わるだけ。




 ごめんなさい、お父様。

 私だけが傷付いているなんて思ってしまって。

 お父様もたくさん苦しい思いをして悩んだのでしょう?

 侯爵という立場がどれほど重いものか。

 でも、最後にそんな表情を見せるんだったらお父様ももう少し歩み寄ってほしかったな、なんて。


 

 ごめんなさい、お兄様。

 お母様との残りの時間を奪ってしまって。

 お兄様は後継者だから、甘えることができなかったのに。

 お兄様が恥ずかしく思わないよう、もっと頑張ればよかった。私にできることはきっとあったはずなのに。

 そうだ……お兄様は口が悪いからもう少し気をつけた方がいいと思うの。




 あぁ、直接言えたらよかったのに。

 すぐに死ぬと思っていたのにあの人の言う通り、私は意外としぶといみたい。
 ねぇ、お父様、あの子は大切にしてあげて欲しいわ。ソフィアはきっと何も知らなかったはずだから。

 本当の妹ではないと知ってしまった今でも、私にとっては最後まであの子も家族だから。

 大切な、私の妹だから。

 あぁ、視界が白くなってきた。

 今度こそ本当にだめみたい。

 死ぬってこんな感じなのね。

 伝えたい事が言えないまま死ぬなんて。

 "また"私は死んでしまうのね。

 どうして私はいつも恵まれないのだろう。

 いつもそうだ。

 いつ、も?




 もう一度やり直せるのなら次は頑張るから、目を背けたり、逃げたりしないから。

 どうか今度は"大好き"と、"愛している"と、伝えられる本当の家族に。

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