誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

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序章

6【プロローグ⑥】

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 空になった瓶がころころと床を転がる。
 それを見て継母は大きな声で笑った。


「あはははっ。本当に飲むなんてっ……! あなたはやっぱりお馬鹿さんなのね!」

「ぐっ……」

 なに、これ、苦しいっ!

「うっ、はぁ……」

 あまりの苦しさに思考力が戻った。
 本当に馬鹿だわ、考える事を放棄するなんて!

 死のうとするなんて、なんて愚かなことをしたのだろう。

「あ~、本当におかしいわっ! ごめんなさいね、楽になる薬なんて嘘よ? それ、いい香りだったでしょう? つい、飲みたくなるような。領地でいい毒草がとれたから、あなたの為に丹精込めて作らせたのよ?」

 継母は今までで一番悦に満ちた表情をしていた。こんな表情をした人を今まで見たことがない。

「三日間、苦しんで死んで逝きなさい。まぁ、今のあなただと三日も体力が持つかは分からないけれど。あなた、今までで一番いい顔してるわよ?」

「あはははっ」

 貴族の夫人とは程遠い、下品な高笑いとなっている。継母はしばらく私の苦しむ姿を見て楽しんでいた。

「そうだわ、いい顔を見せてくれたあなたにご褒美をあげるわ」

 そう言いながら私に近づく。

「あなたのお父様はね——」

 継母が耳元でそっと囁いた。

「ぐっ、……」

 言い返してやりたいのに、何も言えない。
 息をするのでさえも苦しい。満足したのか、継母は高笑いをしながら牢から出て行った。




 ただただ涙が止まらない。

 悔しくて、悔しくて。

 私はもう、泣くことしかできなかった。

 助けて、誰か、助けて。

 苦しい、死にたい。

 死にたい。

 違うの、そうじゃない。

 いやだ、死にたくない。

 本当は生きたいの。



 

 私が液体を飲んでからどれだけの時間が経ったのだろう。未だに私は死ぬことができずに生きている。 

 もがき苦しみながら。

 喉を引っ掻き、指まで血だらけになっている。


「うぅ、はぁ……は……」

 徐々に呼吸が浅くなってきた気がする。毒で死ぬのが先か、吐いた血で窒息死するのが先か。助かることはない、もうダメなんだと自分でも分かった。

 その時だった。

 ゆっくりと重たい扉が開く音がした。

 看守が来たのだろう。
 三日に一度、姿を見せればいいほうだった。

 思い出したように食事を持ってきたのか。けれど、そのほとんどはとても食事とは言えないようなものだった。

 でもたまにだけれど、まともな食事を取ることができた。そのおかけで今日まで生きることが出来ていたんだと思う。私のことを哀れに思ってくれた看守でもいたのだろうか。

 看守が私に気付き、持っていたトレーを勢いよく落とした。

「なっ!! いったいどういうことなんだ!?」

 看守はあわてて私にかけよった。

 しかし、自分ではどうにもできないと判断をしたのか急いで出て行ってしまった。

 看守が落としたものを見れば、パンやスープ、サラダまであった。どうやら今日の食事は当たりの日だったようだ。
 最後に食べる事ができなくて残念だわ……。

 あの看守は責任者へ知らせに行ったのか、それともまずいと思い逃げ出したのか……。
 いっそ、私をこのまま放置して逃げてくれた方がいい。だってあの看守は唯一まともな人だったから。

 看守が出て行ってからどれくらいの時間が過ぎたのか分からない。しばらくして遠くから大きな音が聞こえた。何かを壊すような、大きな音が。

 そして何人かの足音が聞こえる。
 とても急いでいるようだ。

 今度は誰が来たのかしら。
 私の呼吸は、小さな音でヒュー、ヒューと聞こえる程度のものになっていた。

 目もかすんできた。

 音も徐々に聞こえなくなってきた。

 もう、ダメなのね——。

 いっそこのまま死んだほうが、なんて思っていたけれど、本当は違うの。

 本当は死ぬ前に、ひと目でいいから会いたかった。嫌われててもいい。

 私の家族に、会いたい。

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