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序章
5【プロローグ⑤】
しおりを挟むどうして誰も私に会いに来てくれないの。
お父様は最後まで私のことを娘として見てはくれなかったけれど、でもまさかこんな風に見捨てられるなんて思ってもいなかった。
能力は発現しなかったけれど、私もお兄様やソフィアと同じように金色の瞳だったから。
お父様から受け継いだ、金色の瞳を。
だから、少しぐらいは家族としての情があると思っていたのに。あぁ、でも——。
学園に入学する条件としてあった、瞳の確認。
魔法で瞳の色を変えていないかの確認をさせたぐらいだからそんな情もなかったのかな……。
この人や使用人が見ている中、魔法士によって瞳の色を確認されたあの時、それがどれだけ悲しかったか、悔しかったか。
私の気持ちを少しは考えてくれたのだろうか。
今となってはもう何も分からない。
ここへ会いに来てくれない人には何も聞けない。私にはどうすることもできない。
——バシッ、と突然の音にびくりとした。
継母が扇を閉じ、それを手で叩いた音が大きく監獄の中に響いた。
「ぼーっとしちゃって、何を考えているのかしらね。ねぇ、どうしてあなたの父親とお兄さんはここへ会いに来てくれないと思う? 私には分かるから教えてあげるわ。そうよ、あなたのことなんて忘れていつも通りの生活を送っているんだもの」
「………」
そんな、ことは……。
「誰もあなたのことを気にしてなんかいないわ。だって、誰もあなたの名前を口にしないのよ? ここへ来てからどのくらい経ったか知っているかしら。もう三ヶ月よ。その間誰も来てくれなかったでしょう? てっきりもう死んでいると思ったけれど……」
「………」
「あなたはここで一人寂しく死んでいくか、その内処刑場へと送られるわ。きっとたくさんの人があなたの刑の執行を見に来るでしょうね。妹である皇太子妃を殺害しようとした罪人が姉だなんて面白い話じゃない? それも侯爵家の疑惑の娘」
「………」
「ふふ、辛いでしょう? 怖いでしょう? 逃げてもいいのよ? 誰も気にしないから」
「………」
「そうね、あなたとは長いこと一緒に暮らしていたんだし、仮にも母親なんだもの。私からあなたに最後の慈悲を施してあげるわ。この薬を飲めば楽に死ねるのよ。そう、眠るように静かに……ね」
そう言って継母はどう見ても怪しい色をした液体の入った瓶をこちらへ見せる。ゆらゆらと揺れている怪しい液体。それを見て、なぜか不思議な気分になってしまう。
あれを飲めば楽に死ねる?
もう苦しい気持ちも、痛い思いもしたくない。
命を捨てるなどいけないことを考えてしまったと思ったけれど、このまま処刑されるまで生きることに何か意味があるのだろうか……。
ここから生きて出られるわけでもないのに。
処刑場で"私は侯爵家の本当の娘なの!"とでも叫ぶの? お父様たちに血の繋がった本当の家族だから助けてほしいとでも乞うの?
ここで起きたことを話したとして、一体誰がそんなことを信じるのか。いよいよ頭がおかしくなったと言われるだけだろう。
それに、お父様に期待した反応がなかったら?
また、傷付くだけじゃない。
侯爵家の人たちみんな、私が戻ってこなければいいと思っているかもしれない。血の繋がりなんてどうでもいいと言われてしまうかも……。
負の感情が心を支配していく。
そう、誰も私を気にしていない。
だって誰もここに来なかったもの。
今にも娘が死にそうになっているというのに。
でも、もし——。
カツン、と何かが石の上へと落ちて私の元へと転がってきた。それは瓶の蓋だった。
躊躇って返事をしない私に待ちきれなくなった継母が、薬の入った瓶の蓋を開けて私の方へと近付けた。
すぅ、と独特な匂いが立ち込めた。
あれ、おかしいな。
なんだか頭がふわふわする。
ねぇもう、どうでもいいんじゃないかしら?
何もかも。そうでしょう?
誰にも愛してもらえないのなら、もうこのまま——。
「さぁ、飲みなさい。楽になるわよ」
死へと誘う継母の言葉が心地よく聞こえる。
鎖で繋がれた手をそっとあげた。
先ほどまで力が入らなかったのに、無意識に瓶を握り締める。
ジャラリと鎖が擦れる音が響く。
私は……これが、飲みたい。
飲んではダメだと頭の片隅で誰かが私に言っているような気がするけれど、これが飲みたくてたまらない。
私は渡された瓶に躊躇なく口を近づけ、そのまま中の液体を飲み干した。
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