誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
5 / 88
序章

5【プロローグ⑤】

しおりを挟む


 どうして誰も私に会いに来てくれないの。

 お父様は最後まで私のことを娘として見てはくれなかったけれど、でもまさかこんな風に見捨てられるなんて思ってもいなかった。

 能力は発現しなかったけれど、私もお兄様やソフィアと同じように金色の瞳だったから。
 お父様から受け継いだ、金色の瞳を。

 だから、少しぐらいは家族としての情があると思っていたのに。あぁ、でも——。

 学園に入学する条件としてあった、瞳の確認。

 魔法で瞳の色を変えていないかの確認をさせたぐらいだからそんな情もなかったのかな……。

 この人や使用人が見ている中、魔法士によって瞳の色を確認されたあの時、それがどれだけ悲しかったか、悔しかったか。
 私の気持ちを少しは考えてくれたのだろうか。

 今となってはもう何も分からない。
 
 ここへ会いに来てくれない人には何も聞けない。私にはどうすることもできない。



——バシッ、と突然の音にびくりとした。

 継母が扇を閉じ、それを手で叩いた音が大きく監獄の中に響いた。

「ぼーっとしちゃって、何を考えているのかしらね。ねぇ、どうしてあなたの父親とお兄さんはここへ会いに来てくれないと思う? 私には分かるから教えてあげるわ。そうよ、あなたのことなんて忘れていつも通りの生活を送っているんだもの」

「………」

 そんな、ことは……。

「誰もあなたのことを気にしてなんかいないわ。だって、誰もあなたの名前を口にしないのよ? ここへ来てからどのくらい経ったか知っているかしら。もう三ヶ月よ。その間誰も来てくれなかったでしょう? てっきりもう死んでいると思ったけれど……」

「………」

「あなたはここで一人寂しく死んでいくか、その内処刑場へと送られるわ。きっとたくさんの人があなたの刑の執行を見に来るでしょうね。妹である皇太子妃を殺害しようとした罪人が姉だなんて面白い話じゃない? それも侯爵家の疑惑の娘」

「………」

「ふふ、辛いでしょう? 怖いでしょう? 逃げてもいいのよ? 誰も気にしないから」

「………」

「そうね、あなたとは長いこと一緒に暮らしていたんだし、仮にも母親なんだもの。私からあなたに最後の慈悲を施してあげるわ。この薬を飲めば楽に死ねるのよ。そう、眠るように静かに……ね」

 そう言って継母はどう見ても怪しい色をした液体の入った瓶をこちらへ見せる。ゆらゆらと揺れている怪しい液体。それを見て、なぜか不思議な気分になってしまう。



 あれを飲めば楽に死ねる?

 もう苦しい気持ちも、痛い思いもしたくない。

 

 命を捨てるなどいけないことを考えてしまったと思ったけれど、このまま処刑されるまで生きることに何か意味があるのだろうか……。

 ここから生きて出られるわけでもないのに。

 処刑場で"私は侯爵家の本当の娘なの!"とでも叫ぶの? お父様たちに血の繋がった本当の家族だから助けてほしいとでも乞うの?

 ここで起きたことを話したとして、一体誰がそんなことを信じるのか。いよいよ頭がおかしくなったと言われるだけだろう。

 それに、お父様に期待した反応がなかったら?

 また、傷付くだけじゃない。

 侯爵家の人たちみんな、私が戻ってこなければいいと思っているかもしれない。血の繋がりなんてどうでもいいと言われてしまうかも……。

 負の感情が心を支配していく。



 そう、誰も私を気にしていない。

 だって誰もここに来なかったもの。

 今にも娘が死にそうになっているというのに。



 でも、もし——。



 カツン、と何かが石の上へと落ちて私の元へと転がってきた。それは瓶の蓋だった。
 躊躇って返事をしない私に待ちきれなくなった継母が、薬の入った瓶の蓋を開けて私の方へと近付けた。

 すぅ、と独特な匂いが立ち込めた。



 あれ、おかしいな。

 なんだか頭がふわふわする。

 

 ねぇもう、どうでもいいんじゃないかしら?
 何もかも。そうでしょう?

 誰にも愛してもらえないのなら、もうこのまま——。



「さぁ、飲みなさい。楽になるわよ」



 死へと誘う継母の言葉が心地よく聞こえる。

 鎖で繋がれた手をそっとあげた。
 先ほどまで力が入らなかったのに、無意識に瓶を握り締める。

 ジャラリと鎖が擦れる音が響く。



 私は……これが、飲みたい。

 飲んではダメだと頭の片隅で誰かが私に言っているような気がするけれど、これが飲みたくてたまらない。

 私は渡された瓶に躊躇なく口を近づけ、そのまま中の液体を飲み干した。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...