誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

文字の大きさ
上 下
3 / 88
序章

3【プロローグ③】

しおりを挟む


「ふふ。最後だから、あなたにお礼が言いたくてわざわざこんなところまで来たのよ?」

 私に、お礼?
 一体何のことを……。

「あなたのおかげで、私の大切な一人娘が第一皇子の婚約者に選ばれたわ」

 え——。

「そう、皇太子妃になったの! こんなに嬉しい事はないわ。だってこのために今まで頑張ってきたんですもの」

 私がもう話すことができないと思っているのか、継母は一人で勝手に嬉しそうに話しを続ける。

「長かったわ。本当に長かった……。もう十年以上も経ったのね。まぁ、今となってはもう全て終わった事だけれど」

 これまでのことを思い出しているのか、継母は目を瞑り、感傷に浸っているような表情をしている。

 側から見れば、憂いを帯びたその表情は娘を前に悲しみに暮れる母親の顔だろうか。

 継母は十年以上と言った。
 けれど、この人が侯爵家へ来てから十年も経っていない。

「ふふ、何のことか分からないんでしょう? あなた、全然気付かないんだもの。おかしいったらないわ」

 この人は一体何を言っているのだろうか。

「あなた、長いこと毒を飲んでいたのよ?」

「な、ん……」

 突然継母の口から出た、"毒を飲んでいた"という言葉。聞き返したいのに声に出すことができなかった。

「あら嫌だわ、まだ話せたの?」

 継母は口元を扇で隠しながら、わざとらしく驚いた表情をする。

「そうねぇ、あなたが小さい頃からよ? 侯爵家の人間なのに、少しもおかしいとは思わなかったの? 本当にあなたは馬鹿なのね」

 この人が何を言っているのか理解できない。
 理解というより、意味が分からない。

 私は長いこと、ずっと毒を飲まされていたの?
 どうして? 何のために?

 ——お父様は?
 お父様はこの事を知っているの?

 呆然としている私に、継母は話を続ける。

「なによ、あなたに直接毒を飲ませていたのは私じゃないわよ? 私はただ指示をしただけだもの」

 指示をしただけというのなら——。それなら一体誰が私に毒を飲ませたの? 侯爵家にいた誰かが私に毒を飲ませていたということなんでしょう?

「どうして? って顔をしているわね。そうね、最後だし教えてあげてもいいのよ?」
 
 体を動かすことも話すこともできず、私はただこの人を睨むことしかできない。

「理由を教えて欲しい? そんなの、あなたに侯爵家の能力を発現させないために決まっているじゃない。あなたに発現なんてされたらとっても困るもの」

 なっ、

「今まで簡単な魔法さえ使えなかったでしょう? 子供の頃からずっと飲ませていた毒のおかげよ。毒というより、そういう薬にちょっと手を加えたものよ。これでお分かりかしら?」

 そんな……!
 私が今まで一度も魔法を使えなかったのはその毒のせいだというの? 私は本当は魔法を使うことができたの?

 ずっと、ずっと、悩んでいた。
 侯爵家の娘なのに、能力の発現がなかったことが。

 侯爵家の者だけが使うことのできる能力。
 それは"癒しの力"と呼ばれている。
 
 侯爵家の人間ならば、十歳までに必ず発現する。

 でも私は、十歳を過ぎても十三歳になっても能力が発現することはなかった。
 それどころか簡単な魔法の一つも使えなかった。

 そのせいで侯爵家の本当の娘ではないのでは……と言われ、冷遇されてきた。

 それがまさか。

 この人のせいだったというのか。

 私がどれだけ悩み、悲しい思いをしてきたか。

 悔しくて、悲しくて涙が溢れてくる。
 この人に涙など見せたくはないけれど、止めることができない。

 継母は、私のショックを受けた表情を満足そうに眺めながらにこりと笑い、私が今まで知らずにいた事を話し始めた。

「ふふ、可哀想に。侯爵家の娘なのに誰にも信じてもらえず辛い毎日だったでしょう? 優秀な兄と愛らしい妹と比べられて。あなただって本当は能力があったのに——。毒のせいで発現していなかっただけだなんて誰も思わないものね」

 兄も妹も魔法の才能があった。
 そんな二人と比べられながら生きてきた。

「魔法を使おうとしても魔力を感じることすらできなかったでしょう? だって、体内で魔力が固まっているんですもの。そんな状態で魔法が使えるわけがないのに」

 魔法を使うには魔力が必要だ。

 強力な魔法や希少な魔法を使えるかどうかは、生まれ持った魔力が体内にどれだけあるかで決まってしまう。

 魔力を扱えないのに魔法を使えるわけがない。

 簡単な魔法さえも使えなかった理由がこんな形で分かってしまうなんて。

「使えもしないのに、頑張っちゃって……見ていてとても滑稽だったわ。おかげで退屈しなかったけれど。ふふふ」

 ——なんて人だ。

「あぁ、でも……」

 継母はそういえば、と首を傾げる。

 なに……?

「あなた、一度だけ発現しそうになった時があったわね。あの時はさすがに焦ったわ。そう、あなたのメイドが見てしまって……。まぁ、あなたは覚えていないでしょうけど」

 私が、発現を……!?

 けれど私にそんな記憶はない。

 それに、今何と言った?   
 私のメイドが見たですって……?

 私には専属のメイドが五人いた。

 そう、"いた"。




 もう誰一人としていない、私のメイドたち。

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...