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序章
3【プロローグ③】
しおりを挟む「ふふ。最後だから、あなたにお礼が言いたくてわざわざこんなところまで来たのよ?」
私に、お礼?
一体何のことを……。
「あなたのおかげで、私の大切な一人娘が第一皇子の婚約者に選ばれたわ」
え——。
「そう、皇太子妃になったの! こんなに嬉しい事はないわ。だってこのために今まで頑張ってきたんですもの」
私がもう話すことができないと思っているのか、継母は一人で勝手に嬉しそうに話しを続ける。
「長かったわ。本当に長かった……。もう十年以上も経ったのね。まぁ、今となってはもう全て終わった事だけれど」
これまでのことを思い出しているのか、継母は目を瞑り、感傷に浸っているような表情をしている。
側から見れば、憂いを帯びたその表情は娘を前に悲しみに暮れる母親の顔だろうか。
継母は十年以上と言った。
けれど、この人が侯爵家へ来てから十年も経っていない。
「ふふ、何のことか分からないんでしょう? あなた、全然気付かないんだもの。おかしいったらないわ」
この人は一体何を言っているのだろうか。
「あなた、長いこと毒を飲んでいたのよ?」
「な、ん……」
突然継母の口から出た、"毒を飲んでいた"という言葉。聞き返したいのに声に出すことができなかった。
「あら嫌だわ、まだ話せたの?」
継母は口元を扇で隠しながら、わざとらしく驚いた表情をする。
「そうねぇ、あなたが小さい頃からよ? 侯爵家の人間なのに、少しもおかしいとは思わなかったの? 本当にあなたは馬鹿なのね」
この人が何を言っているのか理解できない。
理解というより、意味が分からない。
私は長いこと、ずっと毒を飲まされていたの?
どうして? 何のために?
——お父様は?
お父様はこの事を知っているの?
呆然としている私に、継母は話を続ける。
「なによ、あなたに直接毒を飲ませていたのは私じゃないわよ? 私はただ指示をしただけだもの」
指示をしただけというのなら——。それなら一体誰が私に毒を飲ませたの? 侯爵家にいた誰かが私に毒を飲ませていたということなんでしょう?
「どうして? って顔をしているわね。そうね、最後だし教えてあげてもいいのよ?」
体を動かすことも話すこともできず、私はただこの人を睨むことしかできない。
「理由を教えて欲しい? そんなの、あなたに侯爵家の能力を発現させないために決まっているじゃない。あなたに発現なんてされたらとっても困るもの」
なっ、
「今まで簡単な魔法さえ使えなかったでしょう? 子供の頃からずっと飲ませていた毒のおかげよ。毒というより、そういう薬にちょっと手を加えたものよ。これでお分かりかしら?」
そんな……!
私が今まで一度も魔法を使えなかったのはその毒のせいだというの? 私は本当は魔法を使うことができたの?
ずっと、ずっと、悩んでいた。
侯爵家の娘なのに、能力の発現がなかったことが。
侯爵家の者だけが使うことのできる能力。
それは"癒しの力"と呼ばれている。
侯爵家の人間ならば、十歳までに必ず発現する。
でも私は、十歳を過ぎても十三歳になっても能力が発現することはなかった。
それどころか簡単な魔法の一つも使えなかった。
そのせいで侯爵家の本当の娘ではないのでは……と言われ、冷遇されてきた。
それがまさか。
この人のせいだったというのか。
私がどれだけ悩み、悲しい思いをしてきたか。
悔しくて、悲しくて涙が溢れてくる。
この人に涙など見せたくはないけれど、止めることができない。
継母は、私のショックを受けた表情を満足そうに眺めながらにこりと笑い、私が今まで知らずにいた事を話し始めた。
「ふふ、可哀想に。侯爵家の娘なのに誰にも信じてもらえず辛い毎日だったでしょう? 優秀な兄と愛らしい妹と比べられて。あなただって本当は能力があったのに——。毒のせいで発現していなかっただけだなんて誰も思わないものね」
兄も妹も魔法の才能があった。
そんな二人と比べられながら生きてきた。
「魔法を使おうとしても魔力を感じることすらできなかったでしょう? だって、体内で魔力が固まっているんですもの。そんな状態で魔法が使えるわけがないのに」
魔法を使うには魔力が必要だ。
強力な魔法や希少な魔法を使えるかどうかは、生まれ持った魔力が体内にどれだけあるかで決まってしまう。
魔力を扱えないのに魔法を使えるわけがない。
簡単な魔法さえも使えなかった理由がこんな形で分かってしまうなんて。
「使えもしないのに、頑張っちゃって……見ていてとても滑稽だったわ。おかげで退屈しなかったけれど。ふふふ」
——なんて人だ。
「あぁ、でも……」
継母はそういえば、と首を傾げる。
なに……?
「あなた、一度だけ発現しそうになった時があったわね。あの時はさすがに焦ったわ。そう、あなたのメイドが見てしまって……。まぁ、あなたは覚えていないでしょうけど」
私が、発現を……!?
けれど私にそんな記憶はない。
それに、今何と言った?
私のメイドが見たですって……?
私には専属のメイドが五人いた。
そう、"いた"。
もう誰一人としていない、私のメイドたち。
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