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序章
2【プロローグ②】
しおりを挟む皇宮の敷地内にある監獄。
そこは皇帝の許可がなければ入ることはおろか、近づく事さえ許されない特別な場所。
陽は届かず、空気は冷たい。
暗くて狭くてとても寂しい場所。
そんな場所に何の罪もない侯爵家の人間が捕われていたことを知っていた人はどれだけいただろう。
私以外は誰もいないのか、とても静かだ。
ここへ来てから看守しか見ていない。
"ジャラ……"
私の手と足に繋がれた鎖が擦れる音だけが響いている。床へと倒れ込んでいる私は髪も服も汚れたまま。もう何日もお風呂に入っていない。
かろうじて水で拭いていた体は赤く、肌はかさかさになり血が滲んでいる。鎖の擦れた手足はとても痛い。
どうして私はこんなところに——、皇宮の監獄にいるのか。
私は罪を犯してなどいない。
学園で捕らえられ、あっという間にここへ連れて来られた。どうしてこのような事になってしまったのか分からない。
ここへ来て看守に聞かされた内容に驚いた。
"妹の胸ぐらを掴んで暴力を振るった"
"魔石を爆発させて妹を殺そうとした"
そう、殺人未遂。
そんな罪に問われている。
問われている、とはもう違うかしらね。
ここの監獄に連れて来られた時点で死刑が確定しているようなものだから。もちろん私は妹を殺そうとなんてしていない。
ただ、妹を助けようとしただけなのに。
それなのにどうして?
弁明する機会すら与えてはもらえなかった。
私がずっとここにいるということは、私の無実を訴えてくれる人も信じてくれる人も誰一人としていなかったということなのだろう。
ここへ来てからどれくらいの時間が経ったのだろう。
誰も私に会いに来ない。
家族だと信じていた父も、兄も。
優しかった妹でさえも。
もう疲れた。
体に力が入らない。
何より心が耐えられそうにない。
ずっとずっと、待っていた。
もしかしたらと希望を捨てずにいた。
いつまでここにいないといけないの?
どうして誰も会いに来てくれないの?
鎖で繋がれた手足は擦れて痣だらけになり、黒くなった血が付いている。
最初はとても苦痛だったのに、今はもう何も感じなくなった。
食事も満足に与えられず、だいぶ痩せてしまった。
「お、と……さま」
もう声も出せなくなってきた。私はこんな所で一人、死ななければいけないのか。
その時ふと、遠くから音が聞こえた気がした。
——カツン、カツン。
これは足音だろうか? でも、看守のものではない。何もないここにずっといた私は看守の靴の足音だけは覚えているから。
——カツン、カツン。
かかとの高い、当たる音。女性だ。
その音はだんだんと大きくなっていった。
——カツン、カツン。
人のいない監獄に響かせるように聞こえるその足音は私のいる牢の前で止まった。
誰かが看守と何か話をしている。
微かに聞こえるのは女性の声。
誰かしら——。
そして重たい扉が大きな音を響かせて開かれた。
「おい、起きろ! 母親が面会に来たぞ!」
今、何と言ったの。母親ですって?
看守に言われそちらを見ると、扉から入ってきた女性と目が合う。
「あら、まだ生きていたの。案外しぶといのね」
その女性はゴミでも見るかのような目で私を見ている。
「え、」
どうしてあなたがこんなところへ?
この人は私の本当の母親ではない。
けれど父の再婚相手だからお義母様と呼ぶべきなのだろうが、私がこの人を母と呼ぶことはなかった。
この人のことをずっと名前で呼んでいたのは、私にできる小さな抵抗だった。
「ど……う、して」
"どうしてここへ?"と聞きたいのに上手く声が出せない。
なぜこの人がここへ来たのか。
こんな汚い所へ来るような人ではないのに。
なぜ、そんな目で私を見るの?
なぜ、まだ生きていたのかと言ったの?
それはまるで私に——。
「……あら? でも、もう死にそうね」
女性は言葉を続ける。
「侯爵令嬢として生きてきたのに、最後はこんなところで終わりを迎える今の気分はどうかしら?」
な、んですって……?
いくら血の繋がりがないとはいえ、娘を前にひどいことを言いながら継母は上品に笑った。
この人は侯爵家へ来た時からそうだった。
とても上品な継母。
でも私には、子供ながらにその笑顔がとても恐ろしく思えた。
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