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40【出会い】
しおりを挟む騎士団のある建物が見えてきたところで男の子を呼ぶ女性の声が聞こえた。
自分の名前を呼ぶ声に気が付いた男の子は大きな声で「ママー!」と笑顔を見せ、私とグレイシアさんは顔を見合わせてほっとした。
女性が近くまで来たのでグレイシアさんは男の子を肩から下ろすと、男の子は元気よく母親の元まで走り出した。
「転ばないでねー!」
「うんっ!」
男の子はお母さんにぎゅっと抱きしめられて嬉しそうにしていた。
「ごめんね、ごめんね……ママがちゃんと手を繋いでいなかったから……」
「ううん、だいじょうぶだよ! お兄ちゃんたちがいっしょにいてくれたの!」
「一緒にお礼を言いましょうね」
「うんっ、あのね、お兄ちゃんがかたぐるましてくれたの!」
私たちが男の子に追い付くと、女性は顔を上げた。
すると、グレイシアさんを見た女性はそのまま青ざめてしまった。
「え、あの、大丈夫ですか!?」
どうしたんだろうと思ってグレイシアさんを見れば、男の子に掴まれたせいか髪がぐしゃぐしゃになっていた。
「兄様、髪がぼさぼさだよー!」
「……ん? これで大丈夫か?」
グレイシアさんは気にした素振りは見せずに、手で簡単に整えただけだった。
「も、申し訳ありませんっ! どうお詫びをしたらいいか……!」
「問題ありません」
「そ、そんなわけには……貴族の方……ですよね……? どうしたら……」
女性が青ざめていた理由はグレイシアさんの雰囲気と見た目から貴族だと思ったからだったのね。
しかもその貴族の髪の毛を掴んで乱したとなれば女性が慌ててしまうのもわかる。
私と双子は平民よりの服装をしているし、帽子とフードで髪の毛はあまり見えていない。
髪色はたしかに金色は珍しいけれど、貴族だけのものというわけではないのだけれど……。
グレイシアさんが服装を変えたところで溢れ出る気品は隠しきれるものではなかったようだ。
わかる、わかるよーそうだよね。
「それより、無事に見つかって良かったです」
「あの、本当にありがとうございました」
そのまま親子は頭を下げて買い物に戻って行った。
私たちも戻ろうかと思ったけれど、騎士団の人がなにやらグレイシアさんに相談があるようで申し訳なさそうに話をしていた。
「お前たち、すまないが少し待っていてくれるか?」
「うん、いいよ」
「私たちそこのお店で待ってる」
リティシアたちは騎士団のすぐ近くにあるお店に行きたいようだ。
「フィーもアルヴァートたちと一緒に行くか?」
「あの、騎士団でちょっと確認したいことがあるんですけど……」
「どうしたんだ?」
「その……迷子とかの届出の確認がしたくて……」
私のその言葉にグレイシアさんは何かを察してくれたようで、「わかった」とだけ言ってくれた。
すぐに、騎士の一人が確認できる建物を教えてくれた。
そこは騎士団のある建物のすぐ隣だったので、一人で行けると伝えた。
「大丈夫か? 一人では危ないから――」
「すぐそこですから大丈夫ですよ。時間になったらまたここに戻ってきますね」
「他の場所には行ってはだめだぞ」
「わかりました!」
そうして教えてもらった建物の目の前まで来たところで遠くから大きな声が聞こえ、ざわざわとしているのがわかった。
「ん? なんだろう?」
耳を澄ますと、女性の叫び声のようなものが聞こえた。
周りにいる人たちも、何があったのかと様子をうかがっているようだった。
"なんだ? スリでもいたか?"
"やだ、こわいわぁ"
"こんな場所でよくやるなぁ"
騎士団がある建物の近くでスリだなんて、よくやるな、とたしかに思ってしまった。
「大丈夫かな……」
すると、私が今いるのが階段の上だからなのか、人混みの中から急いでいるような男性が目に付いた。人にぶつからないように上手く避けてはいるが、なぜかその人が気になった。
目の前を通り過ぎる時、男性のジャケットの隙間から見えたのは……可愛らしいバッグだった。
「えっ、」
私の声に気が付いた男性はバッグをサッと隠し、走り出した。
「え、ちょ、……えぇ!?」
どうしよう、騎士団の人に知らせに……いや、その間に逃げられてしまうよね!?
気が付いた時には男性を追いかけて自分も走り出していた。
「ま、まって……!」
待てと言われて待つスリがいるわけない。
少し走ったところで横道に入ってしまい、男性を見失ってしまった。
「はぁ、はぁ……私の足じゃ追い付けるわけないか……」
あまりあの場所から離れるのはだめだよね。
戻ろうと振り返った瞬間、男性と視線が合った。
「あ、やべ」
って、いたーー!
「ちょ、」
男性はそのまま逃げようとするので魔力でもぶつけてみようかと思ったところで、私の横を何かが通り過ぎた。
「うわぁぁ!」
え、と思ったら男性は何かにあたったように地面に倒れ込んだ。どうやら気を失ったらしく、ぴくりとも動かない。
私まだ何もやってませんよ……?
「大丈夫ですか?」
「うわっ、」
するといつの間にか私の横にローブに身を包んだ人が立っていた。身長が私よりも高いけれど、声の雰囲気からどうやら私と同じぐらいの男の子のようだ。
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「い、いえ」
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。えっと、あれは……?」
そう言いながら私は倒れた男性を指差した。するとすぐに複数の騎士らしき人よって拘束された。
騎士らしき、と思ったのはどこの所属か私にはわからないからだ。その動きには無駄がなく、訓練されたものだと一目でわかる。そして気品も兼ね備えているため、ただの騎士の集団ではないはずだ。
「連れて行け」
男の子の一言ですぐに男性は連れて行かれた。
とりあえず、スリが捕まってよかった。
「一人で捕まえようとしたのですか?」
「え? ち、違いますっ! つい、追いかけてきてしまいまして……」
「ふふ、行動が大胆なんですね。でも危ないから二度としてはいけませんよ」
そう言いながら微笑んだ男の子の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な黒色だった。
つい、じっと男の子の瞳を見つめてしまい――。
「そんなに見られると恥ずかしいですね」
「すみませんっ、綺麗な瞳だったので……」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたのその髪色も素敵な色ですね」
「え……?」
あっ、と思って手で髪の毛を触るとフードがずれてしまっていた。走ったのだから当たり前なんだけれど、追いかけることに夢中で忘れていた。
「あの、これは……」
どうしよう、金色だと見られてしまった。
絶対に隠さなければいけない、とは言われていないけれどここには私一人しかいない。
この人は悪い人には見えないけれど――。
「なら、これでおあいこですね」
そう言いながら男の子は自分のフードに手をかけた。
側にいた騎士が「あっ」と一歩を踏み出しそうになったけれど、男の子はそれを視線で止めた。
男の子は綺麗な黒色の髪だった。
太陽の陽できらきらと輝いているように見えた。
金色を帯びた黒。
「きれい……とても……」
「ありがとうございます。あなたはこの色を見ても怖がらないのですね」
「え、怖いなんてっ! とても綺麗ですし、その……懐かしくて……」
前世では黒色の髪の毛はあたりまえだったから。
この国では黒色も珍しい色だと思う。
この広場だけでも、黒色の髪を持った人は見かけていない。
周りの騎士の表情は"あぁ……"と頭を抱えている。
この男の子はいったい誰なんだろう。
どう見ても、一般人じゃないよ!?
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続きがとっても気になります!!
ありがとうございます(´∀`*)
楽しんでいただけたら嬉しいです
アルヴァートくん、落とし穴の二段活用が出来る⁈考えられる⁈知恵があるなら、もっと他の事に知恵を活用して🙇
アルヴァート……悪いことに知恵を使ってはだめなんだよ……
これから成長していく、はず……ですので温かく見守ってください( ;∀;)
アルヴァートくん、落とし穴はダメだよ!
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感想ありがとうございます!
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