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39【迷子の男の子】

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 グレイシアさんの心配は少しだけ当たっていた。
 私たちが問題を起こさなくても、こちらの意思とは関係なくトラブルはあちらからやってくることもあるわけで……。

 これだけ大勢の人がいるのだから、問題の一つやちょっと困ったことが起きていてもおかしくはない。

 そう例えば、迷子の子どもとか。


◆◆◆


 私たちがお店を回りながらお買い物をしていると、人ごみの中まだ幼い男の子がリティシアへとちょこんとぶつかった。

 ぶつかった、というよりもコツンとあたった程度だから二人とも怪我の心配はなさそうかな?

「二人とも、大丈夫?」

「うん、私は大丈夫だよ」

 リティシアはすぐに返事をしてくれたけれど、男の子はぽかんとしている。

 ぶつかった男の子はきょとんとリティシアを見た後きょろきょろと辺りを見回した。

 数秒固まった後、男の子の表情はふにゃりと歪んだ。

「うぅ、うわぁぁん!」

「えぇっ」

 男の子は泣き出してしまい、私たちはおろおろとしてしまう。どうしよう!? ぶつけたお鼻が痛いのかな!?

「どうしたの? どこか痛い?」

 なるべく男の子を刺激しないように優しく声をかけてみるけれど、なかなか難しい。

 突然目の前で泣き出した自分よりも小さな男の子に、リティシアもどうしたらいいのか困惑しているようだった。「大丈夫?」とアルヴァートも声をかけるが男の子は泣いたままだ。

 あれ、そういえば……。
 こんな小さな男のが泣いているのに、寄り添う人は誰もいなかった。

 ということはまさか――。

「もしかして……迷子……」

 私の"迷子"という言葉に男の子はびくりと反応し、ますます泣き出してしまった。

「うわぁぁん!」

「わわっ、ごめんね……」

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を優しくハンカチで拭く。

「えっと……今日は誰と一緒にここに来たのかな……?」

「マ、ママ……と……いっしょにね、おかいものにきたの」

 男の子は泣きながらも返事をしてくれた。
 けれど、一緒に来たはずのお母さんがいないということはやっぱり迷子、だよね……。

「おてて、ぎゅってしてた」

 人混みに流されて、繋いでいた手を離してしまったんだろう。きっと今頃この子のお母さんは必死に探しているはずだ。

「迷子なら王都の騎士団に任せればいいだろう。だけど、もしこの子の親が近くにいるならすれ違いになってしまうかもしれないな……」

「そう、ですよね……動かない方がいいような気がします」

 グレイシアさんは泣いている男の子の頭を優しく撫でながら話した。すると、グレイシアさんを見た男の子は目をぱちぱちさせて、涙が引っ込んでいた。

「おにいちゃん、きれいねー」

「……? きれい?」

 その言葉に私とアルヴァートは少々笑いそうになったがなんとか堪えることができた。

「少し探して、見つからなければ騎士団に連れて行こう」

 グレイシアさんが「肩車するか?」と男の子に聞くと、「してして!」と元気よく返事をした。そしてそのままひょいっと簡単に男の子を持ち上げた。

「わぁぁ! たかーい!」

 男の子は先ほどまで泣いていたのが嘘のように、きゃっきゃっと笑顔を見せていた。

「いいなぁ、よかったね!」

 どうしたらいいのかと困惑していたアルヴァートも、喜んでいる男の子を見てほっとしているようだ。

 男の子が自分の名前を言えたためその場から動かずに少し待っていたが、お母さんらしき人は見つからなかった。

 男の子の名前を呼んでも、誰も反応はない。
 
 最初は楽しそうに肩車をしていた男の子も、なかなかお母さんが来てくれないことに不安になってしまったようで、徐々に元気がなくなっていく。

 母親は子どもを探すために来た道を戻ってくるかなと思っていたんだけど……。

「うっ、ままぁ……」

 泣かないよう、我慢している男の子を見て心が痛む。

「あなたのママね、ぼくのこと一生懸命探しているから……大丈夫だよ……」

 自分で言ったその言葉に、また心の奥が痛んだ。
 なんだろう、この不安な気持ちは……。

 男の子の心配をしているのはもちろんなんだけど、なぜだかすごく泣きたい気持ちになる。

「フィー姉さん……?」

「なんで泣いてるの……?」

 私の様子が少しおかしいことに、双子が心配してくれた。言われて気が付いた時には、目に涙が滲んでいた。
 
「え? あ、あれ、おかしいな……なんでもないよ」

 おかしいな、急に涙が出るなんて。
 恥ずかしくなり、涙がこぼれ落ちる前に急いで拭った。

「フィー、――」

 グレイシアさんが私を見て少し悲しそうな表情をしたのがなんだか申し訳なくて、何かを言われる前に言葉をかぶせるように話してしまった。

「あのっ、グレイシアさん。この子のお母さん、もしかすると騎士団に行ってるかもしれないですよね……?」

「……あぁ、そうだな」

 すると、タイミングよくウィスタリア公爵家の騎士が私たちの前へと姿を見せた。アルヴァートは驚いていたけれど、リティシアは気が付いていたようだ。

 騎士の話を聞くと、どうやらこの男の子のお母さんは騎士団にいるらしい。すれ違いにならないように待ってもらっているそうだ。

 グレイシアさん、いつの間にそんな指示を出していたんだろう……。

「なら、騎士団まで送り届けた方がいいですよね」

「あぁ」

 不安そうにしていた男の子に「よかったね、お母さんが待ってるよ!」と声をかけると、「うんっ!」とまた元気を取り戻して笑顔を見せてくれた。

「では、騎士団まで送り届けて――」

 そう言ってグレイシアさんが男の子を下ろそうとしたが――。

「いやっ、おにいちゃんといく!」

 そう言ってグレイシアさんの髪の毛を鷲掴みにしてしまった。

「グレイシア様、大丈夫ですか!?」

 騎士の人も、私たちも髪の毛を鷲掴みにされているグレイシアさんの姿に動揺してしまう。こんな姿はなかなか見られるものではない……。

「いや、大丈夫だ」

 男の子を無理やり引き剥がすわけにいかず、申し訳ないけれど、このままグレイシアさんが騎士団まで送り届けた方が男の子も安心するはずだ。
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