公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

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23【ウィスタリア公爵家】

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「フィーちゃん、もうすぐ着くからね!」

 そうティアナさんに言われてどきどきしながら外を眺めていたけれど、同じ景色が続くだけでなかなか公爵邸が見えなかった。 

「ずっと同じ壁だ……」

「それはもちろん、公爵家の本邸は広いからね~」

「え?」

「え?」

 ティアナさんの言葉に意味がわからず声が出てしまった。そんな私にティアナさんも声を出した。

「え、まさかこの壁って……」

「そう、公爵家だよ。正門は……あっ、見えてきたよ」

「はは……」

 そんな私たちをヴィンセントさんはまた微笑ましく見ているだけだった。

 正門から入っても屋敷は見えなかった。
 うん、そんな気はしていたからもう驚かない。

 それよりも、もうすぐ着くということに徐々に不安になってきた。平気なふりをしているけれど、心は落ち着かない。

 もうセレスさんも子どもたちもここにいるはずだ。

 私はどこで生活するんだろう? 

 本邸の他に、離れや別棟、使用人の部屋など多くの建物がある……貴族とはそんなイメージがある。記憶があやふやなので正しいかは別として。

 同じ本邸では鉢合わせしてしまう可能性もあるし、だからといってずっと部屋に篭りっきりはさすがに気が滅入ってしまうだろうし……。

 離れとかはだめかなぁ。

 そんな私の心配を知ってか知らずか、本邸ではなさそうな建物の前でとまった。

「すまないが、フィーにはまずこの離れで過ごしてもらうことになるけどいいかい? ティアナもこちらに部屋があるから心配はいらないよ」

「えっ、はい! 大丈夫です!」

 心配していたからよかった。それにティアナさんも一緒だなんて心強い。

 この大きさで離れなら本邸はもっと大きいんだろうなぁ、と妙に感心してしまった。

 建物の周りは木が多く自然に囲まれていたため、辺りがどうなっているのかよく見えない。

「すまない、フィー。子どもたちが早く慣れてくれるといいんだけどね」

 慣れる、かな。少しずつ交流できたらいいなぁとは思う。私だってできれば仲良くしたい。  

 けれど、ここまで我慢してくれているのだから、気持ちを無視して強制はしたくない。

 ティアナさんに連れられて部屋へと案内された。

「フィーちゃんにはこちらの部屋を使ってもらいまーす!」

 と案内された部屋を見て私は絶句した。

「あの、ティアナさん? 案内する部屋を間違ってはいませんか?」

「え? 合ってるよ! さぁさぁ入って!」

 と、有無を言わさずティアナさんにぐいぐいと押されて部屋の中へと入った。

 いやいや、広すぎでしょう!? 何この部屋!

「ティアナさん! 部屋が広すぎます! もっと狭い部屋で大丈夫なんですけ——」

「却下です!」

 なんで!?

 ティアナさんに即却下されてしまったのでそれ以上は言わず、ありがたく使わせていただくことにした。

 落ち着いて部屋の中を見渡してみるけれど……。

「広すぎるよぉ」

 前世の感覚からすると、もっと狭い部屋が落ち着くのに。

 そもそも、私の感覚は平民なんです!
 平民、庶民、一般市民!

 貴族の規模が大きすぎてちょっと引いてしまう。

 別邸で使わせてもらった部屋も広かったけれど、この部屋は比べ物にならないくらい広かった。

 公爵家ならこのくらい当たり前なのかな?
 なんといっても王都にある本邸だものね……。

 ここは大きな部屋が二つあり、もちろんトイレとお風呂付き。そして衣装部屋まで別にあった。

「はぁ……どうしよう」

 一人悶々としていたけど、ティアナさんは"これが普通だよ!"と言わんばかりに私のため息は上機嫌で聞こえないふりをした。

「私の部屋は斜め向かいのドアで"2"って数字が書いてある部屋だよ。何かあったら遠慮なくなんでも言って大丈夫だからね。食事とお風呂の準備は私に任せて! さぁさぁ、移動で疲れたよね? まずはゆっくり休んでね!」

 ティアナさんは私をベッドへ座らせると、そのまま元気に部屋を出て行った。

 こんな広い部屋に一人残されて私は落ち着けない。逆に休まらない。

 私は部屋の中を意味もなく歩いていた。

 すると、ドアからこの部屋をノックする音が聞こえた。

 誰か来たのかな?
 でも中に入ってこない。あれ?

 もう一度ノックされた。

「は、はい! どうぞ……?」

「フィーちゃん、入るわね」

 それはセレスさんだった。

「フィーちゃん、五日間も馬車で疲れたでしょう? 体調は大丈夫? おしりは……痛くないかしら?」

「はい、体調は問題ないです。すごい酔い止めをもらいましたので! 馬車も、景色が見れて街にも寄れて本当に楽しかったです。ただ、おしりが痛いですね……。教会へ行ったときは大丈夫だったのに……」

「慣れないと最初は痛くなっちゃうのよ。五日はさすがに長かったものね。でも慣れれば馬にだって乗れるわ」

「馬ですか!? それは、なんかかっこよさそうですね」

「機会があれば乗ってみましょう。あ、そうだわフィーちゃん。もうここはあなたの部屋になったのだから、これからはノックをしてから入るわね。今までは事情が事情だったから許してね。掃除の時とかメイドたちが入らせてもらうことになるけど、いいかしら?」

「はい、大丈夫です! あの、こんなに素敵なお部屋をありがとうございます」

 それにお掃除までしてくれるなんて。
 普段から汚さないように気を付けよう。

「気に入ってくれてよかったわ。でも、離れでごめんなさいね。そのうち部屋を移せるようになればいいんだけれど」

「本当にこの部屋で十分ですので……」

「フィーちゃん、ありがとう。そうだわ、グレイシアとアリシティアを紹介したいのだけれど、明日でも大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫です」

「わかったわ。今日はもう長旅で疲れたでしょう? ご飯をしっかり食べてゆっくり休んでね」

「ありがとうございます」

「それじゃぁ、また明日ね」

 いきなり明日会うことになり、どんな会話をしたらいいのか早く考えておかないと!

 それに覗き見をしていてのがグレイシアさんに見られてしまっている。何か言われたらどうしよう。

 先に謝った方がいいよね?

 明日のことを考えて緊張して眠れないかと思ったけれど、目が覚めたときにはすでに朝だった。

 私、もしかしてけっこう図太いのかな。
 夕食もお腹いっぱい食べてしまったし、ぐっすり眠れたし……。

 さぁ、今日はグレイシアさんとアリシティアさんに会う日だ。

 少しでも印象をよくしようと、鏡を見て身なりを整える。

 この姿にもだいぶ慣れてきた。
 ふわふわの金色の髪の毛をブラシでとかす。

 髪質がいいのか絡まない。

 お昼過ぎ、緊張しながら今か今かと待っていると、ノックをする音が部屋の中に響いた。
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