上 下
16 / 40

16【大切なワンピース】

しおりを挟む

 ヴィンセントがフィーを部屋へ連れて行った後もアルヴァートの怒りは収まらないでいた。

「なんでフィーリア姉さまの服なの!? アリシティア姉さまのだってリティシアの服だっていっぱいあるのに!」

「アリシティアのでは大きすぎるし、リティシアのでは少し小さいのよ……」

 幼い子どもから責められ、そして傷つけてしまったことにセレスは心を痛めていた。

「それなら使用人に買わせに行くとかメイドの子どもの服をあげるとかなんでもいいでしょ!?」

「アルヴァート! 公爵家で働いてくれる人たちのことをそんな風に言ってはいけないわ!」

 セレスはアルヴァートを強く叱るが、やはり耳には入っていかないようだ。

 けれど、アルヴァートは言ってしまったあとに"いけないこと"というのはわかっているようで、気まずそうな表情を浮かべた。

「母さま……」

 それまで黙っていたリティシアが溢れそうな涙を堪えながら母親であるセレスに話しかける。

「リティシア……」

「あのワンピース、姉さまの誕生日にみんなでプレゼントしたの忘れちゃったの? なんでわざわざあれにしたの? それともあの子が着たいって言ったの? 私だって、姉さまの大事なワンピースを他の子が着るなんていやだよ」

「そんな、忘れるわけないわ。大事な思い出だもの。私があの子に着せたのよ。フィーリアならきっとあのワンピースを選んで貸してあげると思ったの。でも、ごめんなさい。あなたたちの気持ちをちゃんと考えていなかった私が軽率だったわ」

「なら、忘れたわけじゃないんだよね……? ただ、あの子は服がなかったから姉さまのワンピースを貸してあげただけなんだよね?」

「えぇ、そうよ」

「私ね、嫌だけど……他の子が姉さまのワンピース着てるのを見るの、すっごく嫌だけど……姉さま優しいから……あの子に貸してあげたと思うの……」

「ありがとう、リティシア……」

 セレスはリティシアを優しく抱きしめた。まだ幼いのにフィーのことも、フィーリアのことも考えて我慢をしてくれている娘を想いながら。

「じゃぁ、なんであの子のことフィーって呼んだの!? あの子はフィーリア姉さまじゃないのに!」

「アルヴァート、違うの。フィーリアだと思ってあの子のことをフィーと呼んだのではないわ。あの子はね、記憶がないのよ……。だけど自分がフィーと呼ばれていたことだけ微かに覚えていたの。だから、フィーと呼んでいるのよ」

「記憶が、ないの……?」

 アルヴァートはセレスの"記憶がない"という言葉に少し落ち着きを取り戻した。

「そうよ、怪我をして嵐の中倒れていたのを父様が見つけてここまで連れてきたの。とても危険な状態だったけど、すぐによくなったわ」

「じゃぁ……姉さまのお部屋を使ってたのってあの子のことだったの? 本当は、あの部屋を知らない人が使うって聞いたとき嫌だったんだよ? でも、その人はけがをしてるからって……だから……我慢したの」

 アルヴァートは服の裾をぎゅっとにぎったまま俯いてしまった。そして涙がぽろぽろと地面にこぼれ落ちた。

 セレスはハンカチでアルヴァートの涙を優しく拭った。この子たちに嫌な思いをさせてしまったと、まだ幼いからと説明をしなかったことを後悔した。

 フィーリアの部屋の壁には、魔法の効力を高めることのできる魔石がはめ込まれている。

 アルヴァートはそれを知っているから、部屋が使われることを嫌だと思っても怪我をした子のために我慢してくれたのだろう。

「アルヴァート! リティシア!」

 アルヴァートの大きな声に気が付いたのか、長男であるグレイシアが慌てたように二階から降りてきた。

「すみません、母様。双子のこと頼まれていたのに目を離してしまいました」

「いいのよ、グレイシア。いつも二人を見てくれてありがとう」

「いえ、それでこれは……どういう状況なのでしょうか? アルヴァートの声が聞こえてきて……」

 弟のアルヴァートは俯いたまま泣いており、泣いた顔がひどいことになっている。

 妹のリティシアも、目に涙をいっぱい溜めて堪えている。

「あの子に会ってしまったの」

「え、そうですか……」

 ここで何が起きたのかなんとなく想像ができたグレイシアは弟と妹の頭を軽くぽんぽんと撫でた。

「グレイシア、後で説明するわね。ルドルフ、この子たちを部屋に連れて行ってちょうだい。それから、気分が落ち着くよう温かいミルクもお願いね」 

 執事のルドルフは「かしこまりました」と頭を下げる。ルドルフは事の成り行きを黙って静かに見守っていた。

「アルヴァート、リティシア。お部屋で待っていてね? 父様とのお話が終わったらそちらに行くから。私の言いたいことがちゃんとわかるかしら?」

 うん、と二人は小さく頷いた。"自分たちが行くまで部屋で大人しくしていなさい"ということは伝わったようだ。

「二人とも、いい子ね」

 セレスはアルヴァートとリティシアを優しく抱きしめた。

「さっきは、ごめんなさい……。僕、ちゃんと部屋で待ってる」

「お父様とお話しするんですよね?」

「えぇ、二人ともありがとう」

 アルヴァートとリティシアが自分たちの部屋へと行こうとした時、アルヴァートが振り向いた。

「あの子……元気になったんだから、もうあの部屋使わないよね?」

 この一言にアルヴァートはどんな思いを込めて言ったのだろうか。「もうここから出ていくんだよね?」と本当は聞きたかったのかもしれない。

 セレスが答えられないでいると、ルドルフが二人に行きますよ、と言って部屋へと連れて行ってくれた。

「はぁ……」

 セレスはなんとも言えないため息をついた。「これからどうしたら……」と呟いた声はグレイシアにも聞こえていた。

「とりあえず、執務室に行きますか? 父様が戻っているかもしれません」

「そうね……フィーちゃんの様子も気になるし、行きましょう」

「フィー、ちゃん?」

 グレイシアも、フィーという言葉に少なからず動揺を見せた。

「あの女の子の名前なの。記憶喪失で本当の名前はまだわからなくて……。唯一思い出せたのがフィーという名前だったのよ」 

「そう、なんですね。それにしてもフィーか……」

 グレイシアも亡くなった妹のフィーリアのことを思い出しているようだ。

「教会へ行ってステータスを確認してきたの。詳しくは父様と一緒にお話しするわね」

 執務室に行くまでセレスもグレイシアも何かを考えているようで一言も発することはなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...