公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

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15【双子との初対面】

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 帰りの馬車の中でずっと気になっていたことをヴィンセントさんたちに確認してみた。

「あの……」

「なぁに? フィーちゃん」

「あの、お二人のことはどうお呼びすればいいんでしょうか……? 旦那様、奥様で大丈夫でしょうか……?」

 心の中では名前で呼んでいたけれど、実際口に出して呼ぶことができずにいた。けれど、これからはこちらから声を掛けることだってあるはずだ。

 貴族であるヴィンセントさんたちを何て呼ぶのが正解なのか正直わからなかったのだ。

「そんな、フィーちゃんは私たちのことをそう呼ばなくていいのよ」

「えっと、では公爵様とかでしょうか?」

「せっかくだから私たちのことは名前で呼んでくれないかい?」

「え、な、名前でですか!?」

「あら! それがいいわね。私たちのことはヴィンセントさん、セレスさん、と呼んでちょうだい」

「でも、お二人は貴族で……それも公爵という爵位を——」

「もうフィーちゃん! さぁ、呼んでみて」

 セレスさんはその可愛らしい微笑みを向けて「さぁっ!」と有無を言わさない。

「セレス、さん……ヴィンセントさん……」

「いいわね、なんだか嬉しいわ」

「そうだね、名前で呼ばれることはなかなかないからねぇ」

 それは公爵様だから、と思いつつも名前で呼んでほしいと言われたことがヴィンセントさんたちと少し近付けたみたいでとても嬉しかった。
 


◆◆◆



 公爵家へと戻り、セレスさんに続き屋敷の中へ入ろうとしたところでヴィンセントさんが立ち止まった。

 どうしたのかな、と思っていると屋敷の中から声が聞こえた。正面にある階段を誰かが駆け降りてくる音がする。それは一人の足音ではない。

 それと同時に、ヴィンセントさんが私を隠すように目の前に立っていることに気が付いた。

 足音はすぐ近くで止まった。

「父さま! 母さま! おかえりなさい~! お出かけするなら僕たちも連れて行って欲しかったのになぁ」

「どこに行っていたのですか?」

 足音は男の子と女の子のものだった。可愛らしい声からまだ幼いのだとわかる。

 この状況で私はどうしたらいいのだろう? 子どもたちに挨拶をした方がいいのかなと思ったけれど、セレスさんの焦ったような声からやめておいた方がいいと判断した。

「あなたたち、今日の授業はどうしたの!?」

 セレスさんの大きな声に少しだけ驚いてしまった。

「なくなったんだもん」

 男の子の少し不貞腐れてような声。

「今日の授業はなくなったんです。先生が途中で具合を悪くしてしまって。だから私たち帰ってきたんです」

 しっかりしているけれど、可愛らしい女の子の声。

「そうだったのね。さぁ、行きましょう」

 セレスさんがそう言っている時、ヴィンセントさんが私を後ろへ誘導するように優しく手で触れた。

 あ、これはまずい状況なんだとすぐにわかり、ゆっくり隠れながら後ろへと下がろうとした。

「ねぇ、父さまはどこにいるの?」 
 
 男の子の無邪気な声にドキリとした。

「後から来るわ。さぁ、あなたたち……」

 セレスさんは子どもたちを屋敷の中に早く連れて行きたかったようだけれど、幼い子どもが大人の考え通りに行動してくれるとは限らない。

 男の子がこちらへと来てしまった。

「父さま~? あ、いた! あれ、誰か一緒にいるんですか?」

 男の子のあまりにも早い行動力に驚いてしまう。いつの間にか私の視界へと入っていた。

 私もヴィンセントさんも「あっ」と声を出してしまった。

 すぐに女の子も来てしまい、二人はぽかんとしながら私をじっと見た。

 男の子と女の子はそっくりな顔をしていた。もしかして双子なのかな。

 ヴィンセントさんたちは子どもたちに私を合わせたくなかったようだけれど、こうして対面してしまった以上、無視をするわけにもいかない。

 ご両親やこの家の皆さんにはお世話になっているのだから、まずはちゃんと挨拶をしなければ。

「あの、こんにちは。私は——」

 挨拶をするため声を掛けようとしたが、二人の表情を見て言葉が続かなかった。

 最初はぽかんと私を見ていたけれど、今は嫌なものを見るような目で私を見ていた。

「あ、」

 特に男の子は私を睨みつけていた。その目を見て言葉が出てこなくなってしまった。

「なんで!? なんで姉さまのワンピースをこの子が着てるの!?」

 男の子がそう言いながらこちらに食ってかかってきそうになったが、ヴィンセントさんが止めてくれた。

「落ち着きなさい」

「なんで!? どうしてなの!!」

 セレスさんが急いで男の子にかけよった。

「アルヴァート、やめなさい」

 セレスさんが男の子をアルヴァートと呼んだ。

「だって母さま! あのワンピースは姉さまのなのに!」

 男の子——、アルヴァートの口から出た"姉様"という言葉に胸の奥が痛んだ。

 アルヴァートがそのお姉さんをどれだけ大切にしているのか、あの怒りようから推測できた。

「アルヴァート、聞いてちょうだい。この子は服を持っていなかったの。だから母様が貸してあげたのよ」

 セレスさんがアルヴァートを諭すように話すが耳に入っていかないようだ。

「あれは姉さまのだもん! 僕いやだよ! なんで出しちゃったの!?」 

「あのままずっと仕舞い込んでおくわけにはいかないでしょう?」

 アルヴァートはついに泣き出してしまった。隣にいる女の子は何も言わないが涙を堪えていて、スカートを掴んでいる手が震えている。

「ねぇ、リティシアだって嫌だよね!? あんな子に姉さまのワンピースがとられたんだよ!?」

「……うん」

 このワンピース……もしかしなくても私なんかが着ていいようなものじゃなかったんだ。

 似合うよ、って言われて喜んでしまった。

 どうしよう、どうしたらこの子たちに許してもらえる?

「アルヴァート、そんないじわるなことは言うものじゃない。フィーリアなら快く貸してあげると思わないかい?」

 ヴィンセントさんから知らない子の名前が出てきた。

「そんなの僕にはわからないよ! だってもういないもん! もう、お話だってできないのにっ!」

 もういない? 話ができない……?

 そのフィーリアさんというお姉さんはもう亡くなられてるとかじゃないよね……? 

 もしそうなら、このワンピースって……とてもとても大切なものじゃないの?

「どうしよう……ごめんなさい……本当に、私……」
 
 謝ったところでこのワンピースを着てしまったことをなかったことにはできないけれど、私には二人に謝ることしかできなかった。

 子どもたちの涙に溢れた顔を見て私まで罪悪感から泣きたくなってしまった。

「あなたが謝ることではないわ。私があなたに着せたのだから……ごめんなさいね……」

 そう言ったセレスさんの目にも涙が浮かんでいた。

「あなた、フィーちゃんを部屋へ連れて行ってあげて?」

「あぁ、わかったよ。すまない、こちらは頼んだよ」

 ヴィンセントさんに手を引かれてそのまま早足に屋敷の中へと入った。そしてすぐにアルヴァートの大きな声が聞こえてきた。

「フィー!? あの子のことフィーって呼んでるの!?」

「そうじゃないのよ、アルヴァート……」

「どうして姉さまの名前で呼んでるの!」

 アルヴァートの声はそれ以上何も聞こえなかった。
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