公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

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10【夢とペンダント①】

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 ここはどこだろう。
 目の前に広がる大きな花畑。

 金色の花びらが風にのって空を舞っている光景はとても壮観だった。

 太陽の日の光を受けてきらきらと輝くその花びらを掴もうと手を伸ばすが届かない。

「フィー」

 そう呼ばれて振り向くとそこには男の子がいた。歳は十三歳前後だろうか。

 男の子の顔はもやがかかったように認識することができなかった。

 けれど髪は綺麗な金色で、風に揺れてさらさらと流れている。なぜだか私と同じ色だね、なんて思ってしまった。

 どうしてこの人の表情が見えないのだろう。

 男の子は私に向かって何かを伝えようとしている。

「フィーは……」

 フィーって、私のこと? 私の名前なの?

 男の子が何を伝えようとしているのか、もう一度聞こうと耳を傾けるがよく聞こえない。

 必死に何か伝えようと話してくれるけれど、男の子の顔にあったもやが大きく広がり、濃くなってきた。

 なんだかこわい——。

「ペンダントを」

 ペンダント? なんのことなの?
 私、そんなの持ってないよ。

「フィー、ごめんね」

 その声は悲しく聞こえた。
 ねぇ、待ってよ、行かないで……!

 ぶつ、と何かが切れたように目の前が真っ暗になった。

 目を開くとベッドの上だった。

「え、あ……夢……?」

 今の夢は何? 私と同じ、金色の髪をした男の子。

"フィー"

 男の子が私に向かってそう呼んでいた。もしかして私の名前なんだろうか。

「フィー……」

 声に出してみると、胸の奥が暖かくなる感じがした。

 あぁ、私の名前なんだ。男の子が呼んでくれた、私の名前。

 あの人は……誰なんだろう。

 男の子は他にも何かを言っていた。
 そうだ、ペンダント。

 けれど私はペンダントを持っていない。

 ヴィンセントさんが私を森で見つけてくれた時、私は衣類以外には何も身につけていなかったそうだ。何も手がかりになるものはなかったと。

 そのことを思い出しながら無意識に、本当にただ自然に首元を手で触れただけなのに。

 首元にないはずの何かが指先にあたった。

「え——」

 それは鎖の擦れるような音を立てた。驚きながら手に触れたものに目を向けると、先ほどまでなかったはずのペンダントがそこにあった。

 いやいやいやいや。そんなまさか。

「ど、どういうこと?」

 何が起きたの? このペンダントは何!?

 さっきまでなかったよね? 

 この世界に魔法というものがなければ心霊現象だ、なんて騒いでいたかもしれない。

 この現象も、何か魔法とか魔力に関係しているのだろう。案外冷静にそのことを受け入れている自分自身にも驚いてしまう。

 ペンダントは楕円形をしている。カチャカチャと触ってみるけど、とくに何も変化はない。

 普通のペンダント、なのかな? いや、突然現れたペンダントを普通というのも変なんだけど。

 しばらく見つめていると、ふと気が付いた。

「このペンダント、ちょっと厚みがある? なんかぱかって開きそう……?」

 ロケットペンダントなのかも、と思いペンダントを首からはずして開けてみようとしたが開かない。

 開きそうな雰囲気を出しているのに!

 あれこれとペンダントに奮闘していると、ハンナさんが部屋へとやってきた。

 どうやら朝食を持ってきてくれたみたいだ。

「ぐっすり休めたかしら? もうすぐ十七時よ」

「えぇ!? 十七時!?」

 ハンナさんが持ってきてくれたのは朝食ではなく、まさかの夕食だった。

 ということは昨日夕食をお腹いっぱい食べて眠った後、そのまま丸一日寝てしまったということなのか。まさかそんなに眠っていたとは……。

 ハンナさんがカーテンを開けてくれた。十七時でも、まだ外は明るかった。

「朝も昼も様子を見に来たんだけど、とても気持ちよさそうに眠っていたから起こせなかったのよ。さすがに夕食まで抜くのは体に良くないと思ってね」

「す、すみません。まさかそんなに寝ちゃってたなんて……」

「あらあら! 謝ることなんてないのよ。それだけ体が疲れているということなんだもの。うん、顔色も良いわね」

 ハンナさんが私の顔色を見て安心する。そんなにまじまじと見られてしまうとなんだか恥ずかしい。

「あなたが起きていてよかったわ。あんなに気持ちよさそうに寝ているのを起こすのもねぇ」

「ありがとうございます。ぐっすり眠れました」

 こんなに寝てしまって夜ちゃんと眠れるかな……。と考えたところで私のお腹がまた地響きのように鳴った。

「さぁ、たくさん食べてね。お昼まで抜いてしまったんだもの。体力も魔力も回復させないとね!」

「うぅ、恥ずかしい……ありがとうございます」

 どうやら私のお腹は空気を読んではくれないようだ。

 ハンナさんがベッド横のテーブルに置いてくれた夕食を見ると、豪華と言えるであろう食事だった。

「うわぁぁ、どれもおいしそうっ!」

 私一人でこんなに食べ切れるかな、なんていうのは余計な心配できれいに平らげてしまった。

 そんな私をハンナさんは嬉しそうに見ていて、満足そうにお皿を下げて部屋から出ていった。

 入れ代わりにティアナさんがお風呂の準備をしに来てくれた。濡れた髪の毛もあの気持ちのいい魔法であっという間に乾かしてくれた。

「あとで旦那様と奥様がここへ来るからそれまでゆっくり休んでいてね」

 ティアナさんにそう言われて、ありがたくもう少し休ませてもらうことにした。

 起きているつもりだったのに、ふかふかのベッドに横になっているとだんだんと眠くなってきてしまった。

 あれだけ寝たのにまた眠くなるなんて、体は子どもなんだな……と、うとうとしながら考える。

 ほんと、おかしなこと考えるよね。どう見ても子どもなのに、心の中では自分のことを子どもじゃないと思うなんて。

 それなら大人なのかって聞かれたらそれも違う気がする。

 答えのでない考えにもやもやとしてしまう。

 ヴィンセントさんたちが来るまで起きているつもりだったのに眠ってしまい、また一日経ってしまった。

 まさか二日連続でこんなに寝てしまうとは思わず自分でも驚いたが、ヴィンセントさんたちが時間を使って私に会いに来てくれたのに申し訳ないことをしてしまった。

 けれど、たくさん寝たおかげで体調はもう万全だと自分でもわかった。

 食事を運びに来てくれたティアナさんは「旦那様も奥様もそんなこと気にしないよ」と言ってくれたけど……。

「うぅ、すみません。こんなに寝てしまって……」

「大丈夫よ、相当疲れが溜まっていたのね。私たちもそのことに気が付かなくて申し訳なかったわ。顔色も良かったもんだから安心してしまってね」

「え、そんな、ハンナさんが謝ることじゃないです」

「ふふっ、それならあなたも"すみません"は言っちゃだめよ! 子どもなんだからそんなこと気にしなくていいのよ」

「すみま……あっ」

 言われたそばから言ってしまい、恥ずかしくなる。
 
「もう、かわいいわねぇ」

 ハンナさんは嬉しそうに笑っていた。なんだか私も嬉しくて。

「もう本当に大丈夫そうね。これから旦那様が話をしたいそうだけど、大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫です」

 それからハンナさんがヴィンセントさんたちを呼びに行ってくれた。
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