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9【少女について】

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 公爵夫妻は執務室で少女のことについて話し合っていた。

「あの子はまだ幼いのにとても落ち着いていましたね」

「そうだな。まだ七、八歳くらいだろうか? うちの下の子たちとあまり変わらないように見えたがしっかり受け答えもできていたし、記憶がないわりに冷静だった。それに、話してくれた違和感からして間違いなくあの子は転生者だろう」

「私もそう思いました。この世界で魔法に全く触れずに生きていくのは難しいことです。誰とも関わらずに隠れて暮らしていなければですが……。それに、転生者自体この国ではめずらしいことではないですからね、ありえます」

 転生者とは、前世の記憶を持ったまま生まれてきた者たちのことだ。ただ、はっきりと前世のことを覚えている人は稀で、ほとんどの転生者はここでは存在しない物を知っている、言葉を知っている、そんな程度だ。

 ちなみに転生者と言うようになったのは、転生者本人がそう言ったことがきっかけだったそうだ。

 転生者本人も夢で見たような、おとぎ話をしているような感じで話をする。

 思い出す年齢もさまざまで、子どもは無意識に不思議な話をしてしまうため最初は変わった子だな、と思われてしまう。

 また、頭を打っただとか心に大きな衝撃を受けて前世を思い出す——なんてこともあったと聞く。

「何かあの子にとって衝撃的なことがあったのでしょうか……記憶を失ってしまうなんて……」

 セレスは目に涙を浮かべながらあの傷付いた女の子を思い出す。自分の子どもと変わらない年齢の幼い女の子。

 子を持つ母親として気にならないわけがない。

「セレス、大丈夫かい?」

「えぇ、すみません。あの子は記憶を失った代わりに前世を思い出してしまったのではないでしょうか?」

「あぁ、きっとそうだろうな……記憶がないからいつから前世の記憶があったのかはわからないが」

「このまま記憶を思い出すことができなかったらあの子はどうなります? やはり教会や騎士団に知らせたほうがいいのかしら……」

「本来ならそうするべきだが」

 少女が倒れていたのは問題のあった国境沿いだ。しかも怪我までして、記憶まで失って。

 そんな幼い子を、何もわかっていないのにどこかに預けるのは気が引ける。他の誰かにこのことを知らせるのも避けたいところだ。

 それはこの国で政変が起きてからまだ数年しか経っていないからだ。

 まだ教会が安全だとは言い切れない。

 ヴィンセントもセレスもどうしたらあの子にとって一番いい選択となるのか考えた。

 教会は身寄りのない子どもや家のない人たちを保護してくれるところであり、子どもたちのために学校や施設が併設されているところもある。

 きっと頼めば保護はしてくれるだろう。

 けれど、教会には人に言えないような問題を抱えて逃げてきた者もいるし、他の国から流れてきた難民も多い。

「教会ではあの子が誘拐されないか心配ですわ」

「そうだな……あの子は一目で魔力の高い子だと分かる。それに、その……」

 ヴィンセントが言いにくそうに話すのを、セレスが代わりに話す。

「えぇ、あの可愛いらしい見た目でまだ幼く、そして魔力も高い。貴族の可能性がありますし、あの子の使い道は多い……だから私は心配なのです」

「あぁ……」

 金色の髪は魔力が高いことを示している。その金色の中でも、聖魔力が高いのが一目でわかる色合いをしている。

 聖魔力は貴重だ。あの子がよくないことに巻き込まれると二人は心配しているのだ。

「あなた、騎士団はどうでしょうか?」

「領内なら問題はないが……」

 この国の騎士団長であるヴィンセントのいる騎士団ならば安全かと聞かれれば、残念ながらそうとは言えないのが本当のところだ。

 ウィスタリア領内では大丈夫でも、王都の騎士までどうかとなれば無理なところだ。

 街で迷子がいれば騎士団に連れて行きそのまま預けるのが基本だ。また、騎士団ではないところで保護する場合は届け出をするのが規則だ。

 騎士団は起きることすべてを書類で記録を残しており、記録保持の保護魔法付きだ。

 迷子や行方不明者などは捜索願が出されていれば特徴などを照会して探してくれる。

「まずはあの子の捜索願いが出されていないか確認をしたほうがいいだろうな」

「あ、そうですわね」

「大丈夫、もし似ている子が見つかっても相手にすぐ連絡することはないから」

「そうしてくださいね、あの子の状況が状況でしたので……」

 子どもの捜索願いで気を付けなければいけないのは、探している側に問題がないか必ず確認をすることだ。

 子どもを商売とする犯罪者ではないか、家族に問題があって逃げてきたのではないか、など。

「あの子の場合、家族から何かされたという可能性は低いだろうな」

 あの夜のうなされ方からして家族に何かされたということはないだろう。むしろ、寂しさ、恋しがっているようだった。

「もう辛い思いをさせたくありませんもの」

「大丈夫、騎士団の方は私に任せてくれ。まずは信頼できる部下に捜索願いを確認してもらおう」

 ヴィンセントは信頼できる部下、ラスティンに頼むことを考えていた。彼は実直な性格だ。

「それと、何かわかることがあるかもしれないから教会であの子に関する登録された個人情報を確認しようと思うんだけど」

「それがいいですね、ステータスを確認してみましょう」

 ステータスとは、個人情報や魔法の適正に関する詳細を知ることのできるプレートのようなものだ。ちなみに"ステータス"の命名者はこれを開発した転生者だと言われている。

 何か問題がない限り、国民全員が登録している。登録のない者はほとんどが訳ありだろう。

「この子にもステータスがちゃんと登録されていればいいのですが」

「されていると願うしかないな。ここから一番近い場所だと……隣町の教会だな」

 ステータスは教会だけではなく、騎士団、商会、学校、図書館、研究室や魔導士のいる施設など、ステータス用の魔石がある場所ならどこでも確認することができる。

「あの子の体調を見て、できるだけ早めに教会に行けたらいいのだが……。今日の夜にでも伝えておこう。せめて名前だけでも分かればいいんだけれど。いつまでも"あの子"や"少女"と呼ぶのはかわいそうでね」

「そうですね、早く名前で呼んであげたいわ。騎士団の方はお任せしますね?」

 セレスはそう言って頼れる旦那様ににっこりと微笑んだ。

「ははは、大丈夫。あの子にとって悪いことが起きないようにするよ。約束する」
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