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8【ウィスタリア公爵夫妻②】
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「他にはあるかしら?」
セレスさんがそう優しく話しかけてくれるから、他のことも聞いてみよう。
「えっと、そう、ですね。洗面台はとくに違和感はなかったかな……手をかざしたらちゃんと水が出てきたので」
「そうね、水の魔石が付けてあるから使用する人の魔力を感知して水が出るようになっているのよ。魔石の力が弱いからお風呂で使えないのが難点なのよねぇ」
「そ、そうなんですね」
洗面台、普通じゃなかった。いや、ここの人たちにとっては普通なんだよね?
私が今まで知らずに生活をしていたということ、ではないよね。
「あとは——。あ、そうだ。この家には髪の毛を乾かすものってありますか? 温かい風が出てくるこのくらいのもので……電気で動くんですけど」
「何かを乾かす時は火と風の魔力を使うわ。でも、あなたの言ってるものとは違うのよね? それに電気って何かしら?」
「え? 電気……なんて説明したらいいのかな……あ、雷! 雷をとても小さくしたようなもの、です……」
私の語彙力と知識が乏しいのは記憶喪失のせいよ。決して私の頭が残念なわけではない、はず。
「あぁ、雷……雷魔石のことね。この部屋にもあるのよ。ほら、あれよ」
あれよ、とセレスさんが指を向けた先には部屋を明るくしているライトが。
「雷の影響を受けた魔石が入っているのよ。あれのおかげでこうして明るさを保てるの」
いや、それもう電気なのでは……。
「雷魔石は力が強いから長持ちしてとっても助かっているのよ。公爵領では多くの魔石が採れるしね」
「あの、」
「どうしたの?」
「先ほどから当たり前のように話していて言い辛かったんですけど……やっぱり一番の違和感は魔法がある、ということなんです」
「魔法が?」
セレスさんだけでなく、ヴィンセントさんやハンナさんたちも驚いた表情をした。
「魔法があるなんて信じられなくて……あ、いえ、実際にこの目で見ているので今はちょっと感じ方が違うんですけど。非現実的というか……すみません、なんて言えばいいのか」
セレスさんとヴィンセントさんは困ったような表情をしながら顔を見合わせた。なんだかおかしなことを言ってしまった気がしてしまい、私は俯いて手をぎゅっと握った。
「この国だけではなく、どこの国でも魔法は当たり前にあるものなの。魔力量の差はあれど誰もが魔力を持っているわ。だから、物心ついた時から誰にでも馴染みのあるはずなんだけれど……」
「そう、なんですね……」
やっぱり私がおかしいのか、ただ忘れているだけなのか。
「今まで魔法に触れずに生活してきたから知らないだけ、ということではないのよね?」
「はい、私にとって魔法は身近にないもの……空想上のことなんです。そこに浮いているオレンジ色のふわふわしたものも、どうして浮いているのかわからないんです」
そのふわふわしたものは最初に見た時よりも数が減っていた。心霊現象とか、電気で浮いているとかではなくてこれも魔法なんだよね?
「これは火の魔力を具現化したものなの。これも皆がよく使う魔法の一つよ。火の魔力に適性があるとわかると、このように魔力を具現化できるように練習するの。ちなみに触っても熱くないわ」
「あ、触ってみたら暖かくて心地良かったです」
「まぁ、触ってみたの? なかなか好奇心旺盛なのね?」
セレスさんは口元に手を当てて「ふふ」と穏やかに微笑んだ。ヴィンセントさんも「そうか、そうか」と声に出して笑った。
二人が笑ってくれるのがなんだか嬉しい。
他に気になることはないかとセレスさんに聞かれたけれど、目が覚めてからまだ一日しか経っていないためこれ以上は話せることはなかった。
「では今日のお話はここまでにしましょう。まだ目が覚めたばかりで体調も魔力もまだ完全に戻っていないでしょう? 夕飯をしっかり食べてゆっくり休んでね」
「あ——、」
二人は「おやすみなさい」と言ってそのまま部屋を出て行った。ということはもう今日お話をする機会はないということなんだろう。
ゆっくり休んでね、と言ってくれたことがとてもありがたかったけれど、そもそもここにいてもいいのだろうか。
私から話せることはほとんどなかったけれど、セレスさんたちに聞きたいことはあったんだけど……。
私が森で倒れていた時の状況や、怪我がどういったものだったのか。
これまでのことが思い出せない。
これからどうなるんだろう?
不安だな……。
ハンナさんとティアナさんも夕食の準備をしてくると部屋を出て行ってしまったので話をする人がいない。
魔法が当たり前にある世界。
ここは私の記憶の中の世界とは違う、ということだけはなんとなくわかってしまった。
とりあえずまずは体調を戻さなければ、と思いお言葉に甘えて今日はゆっくり休ませてもらおう。
セレスさんがそう優しく話しかけてくれるから、他のことも聞いてみよう。
「えっと、そう、ですね。洗面台はとくに違和感はなかったかな……手をかざしたらちゃんと水が出てきたので」
「そうね、水の魔石が付けてあるから使用する人の魔力を感知して水が出るようになっているのよ。魔石の力が弱いからお風呂で使えないのが難点なのよねぇ」
「そ、そうなんですね」
洗面台、普通じゃなかった。いや、ここの人たちにとっては普通なんだよね?
私が今まで知らずに生活をしていたということ、ではないよね。
「あとは——。あ、そうだ。この家には髪の毛を乾かすものってありますか? 温かい風が出てくるこのくらいのもので……電気で動くんですけど」
「何かを乾かす時は火と風の魔力を使うわ。でも、あなたの言ってるものとは違うのよね? それに電気って何かしら?」
「え? 電気……なんて説明したらいいのかな……あ、雷! 雷をとても小さくしたようなもの、です……」
私の語彙力と知識が乏しいのは記憶喪失のせいよ。決して私の頭が残念なわけではない、はず。
「あぁ、雷……雷魔石のことね。この部屋にもあるのよ。ほら、あれよ」
あれよ、とセレスさんが指を向けた先には部屋を明るくしているライトが。
「雷の影響を受けた魔石が入っているのよ。あれのおかげでこうして明るさを保てるの」
いや、それもう電気なのでは……。
「雷魔石は力が強いから長持ちしてとっても助かっているのよ。公爵領では多くの魔石が採れるしね」
「あの、」
「どうしたの?」
「先ほどから当たり前のように話していて言い辛かったんですけど……やっぱり一番の違和感は魔法がある、ということなんです」
「魔法が?」
セレスさんだけでなく、ヴィンセントさんやハンナさんたちも驚いた表情をした。
「魔法があるなんて信じられなくて……あ、いえ、実際にこの目で見ているので今はちょっと感じ方が違うんですけど。非現実的というか……すみません、なんて言えばいいのか」
セレスさんとヴィンセントさんは困ったような表情をしながら顔を見合わせた。なんだかおかしなことを言ってしまった気がしてしまい、私は俯いて手をぎゅっと握った。
「この国だけではなく、どこの国でも魔法は当たり前にあるものなの。魔力量の差はあれど誰もが魔力を持っているわ。だから、物心ついた時から誰にでも馴染みのあるはずなんだけれど……」
「そう、なんですね……」
やっぱり私がおかしいのか、ただ忘れているだけなのか。
「今まで魔法に触れずに生活してきたから知らないだけ、ということではないのよね?」
「はい、私にとって魔法は身近にないもの……空想上のことなんです。そこに浮いているオレンジ色のふわふわしたものも、どうして浮いているのかわからないんです」
そのふわふわしたものは最初に見た時よりも数が減っていた。心霊現象とか、電気で浮いているとかではなくてこれも魔法なんだよね?
「これは火の魔力を具現化したものなの。これも皆がよく使う魔法の一つよ。火の魔力に適性があるとわかると、このように魔力を具現化できるように練習するの。ちなみに触っても熱くないわ」
「あ、触ってみたら暖かくて心地良かったです」
「まぁ、触ってみたの? なかなか好奇心旺盛なのね?」
セレスさんは口元に手を当てて「ふふ」と穏やかに微笑んだ。ヴィンセントさんも「そうか、そうか」と声に出して笑った。
二人が笑ってくれるのがなんだか嬉しい。
他に気になることはないかとセレスさんに聞かれたけれど、目が覚めてからまだ一日しか経っていないためこれ以上は話せることはなかった。
「では今日のお話はここまでにしましょう。まだ目が覚めたばかりで体調も魔力もまだ完全に戻っていないでしょう? 夕飯をしっかり食べてゆっくり休んでね」
「あ——、」
二人は「おやすみなさい」と言ってそのまま部屋を出て行った。ということはもう今日お話をする機会はないということなんだろう。
ゆっくり休んでね、と言ってくれたことがとてもありがたかったけれど、そもそもここにいてもいいのだろうか。
私から話せることはほとんどなかったけれど、セレスさんたちに聞きたいことはあったんだけど……。
私が森で倒れていた時の状況や、怪我がどういったものだったのか。
これまでのことが思い出せない。
これからどうなるんだろう?
不安だな……。
ハンナさんとティアナさんも夕食の準備をしてくると部屋を出て行ってしまったので話をする人がいない。
魔法が当たり前にある世界。
ここは私の記憶の中の世界とは違う、ということだけはなんとなくわかってしまった。
とりあえずまずは体調を戻さなければ、と思いお言葉に甘えて今日はゆっくり休ませてもらおう。
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