8 / 40
8【ウィスタリア公爵夫妻②】
しおりを挟む
「他にはあるかしら?」
セレスさんがそう優しく話しかけてくれるから、他のことも聞いてみよう。
「えっと、そう、ですね。洗面台はとくに違和感はなかったかな……手をかざしたらちゃんと水が出てきたので」
「そうね、水の魔石が付けてあるから使用する人の魔力を感知して水が出るようになっているのよ。魔石の力が弱いからお風呂で使えないのが難点なのよねぇ」
「そ、そうなんですね」
洗面台、普通じゃなかった。いや、ここの人たちにとっては普通なんだよね?
私が今まで知らずに生活をしていたということ、ではないよね。
「あとは——。あ、そうだ。この家には髪の毛を乾かすものってありますか? 温かい風が出てくるこのくらいのもので……電気で動くんですけど」
「何かを乾かす時は火と風の魔力を使うわ。でも、あなたの言ってるものとは違うのよね? それに電気って何かしら?」
「え? 電気……なんて説明したらいいのかな……あ、雷! 雷をとても小さくしたようなもの、です……」
私の語彙力と知識が乏しいのは記憶喪失のせいよ。決して私の頭が残念なわけではない、はず。
「あぁ、雷……雷魔石のことね。この部屋にもあるのよ。ほら、あれよ」
あれよ、とセレスさんが指を向けた先には部屋を明るくしているライトが。
「雷の影響を受けた魔石が入っているのよ。あれのおかげでこうして明るさを保てるの」
いや、それもう電気なのでは……。
「雷魔石は力が強いから長持ちしてとっても助かっているのよ。公爵領では多くの魔石が採れるしね」
「あの、」
「どうしたの?」
「先ほどから当たり前のように話していて言い辛かったんですけど……やっぱり一番の違和感は魔法がある、ということなんです」
「魔法が?」
セレスさんだけでなく、ヴィンセントさんやハンナさんたちも驚いた表情をした。
「魔法があるなんて信じられなくて……あ、いえ、実際にこの目で見ているので今はちょっと感じ方が違うんですけど。非現実的というか……すみません、なんて言えばいいのか」
セレスさんとヴィンセントさんは困ったような表情をしながら顔を見合わせた。なんだかおかしなことを言ってしまった気がしてしまい、私は俯いて手をぎゅっと握った。
「この国だけではなく、どこの国でも魔法は当たり前にあるものなの。魔力量の差はあれど誰もが魔力を持っているわ。だから、物心ついた時から誰にでも馴染みのあるはずなんだけれど……」
「そう、なんですね……」
やっぱり私がおかしいのか、ただ忘れているだけなのか。
「今まで魔法に触れずに生活してきたから知らないだけ、ということではないのよね?」
「はい、私にとって魔法は身近にないもの……空想上のことなんです。そこに浮いているオレンジ色のふわふわしたものも、どうして浮いているのかわからないんです」
そのふわふわしたものは最初に見た時よりも数が減っていた。心霊現象とか、電気で浮いているとかではなくてこれも魔法なんだよね?
「これは火の魔力を具現化したものなの。これも皆がよく使う魔法の一つよ。火の魔力に適性があるとわかると、このように魔力を具現化できるように練習するの。ちなみに触っても熱くないわ」
「あ、触ってみたら暖かくて心地良かったです」
「まぁ、触ってみたの? なかなか好奇心旺盛なのね?」
セレスさんは口元に手を当てて「ふふ」と穏やかに微笑んだ。ヴィンセントさんも「そうか、そうか」と声に出して笑った。
二人が笑ってくれるのがなんだか嬉しい。
他に気になることはないかとセレスさんに聞かれたけれど、目が覚めてからまだ一日しか経っていないためこれ以上は話せることはなかった。
「では今日のお話はここまでにしましょう。まだ目が覚めたばかりで体調も魔力もまだ完全に戻っていないでしょう? 夕飯をしっかり食べてゆっくり休んでね」
「あ——、」
二人は「おやすみなさい」と言ってそのまま部屋を出て行った。ということはもう今日お話をする機会はないということなんだろう。
ゆっくり休んでね、と言ってくれたことがとてもありがたかったけれど、そもそもここにいてもいいのだろうか。
私から話せることはほとんどなかったけれど、セレスさんたちに聞きたいことはあったんだけど……。
私が森で倒れていた時の状況や、怪我がどういったものだったのか。
これまでのことが思い出せない。
これからどうなるんだろう?
不安だな……。
ハンナさんとティアナさんも夕食の準備をしてくると部屋を出て行ってしまったので話をする人がいない。
魔法が当たり前にある世界。
ここは私の記憶の中の世界とは違う、ということだけはなんとなくわかってしまった。
とりあえずまずは体調を戻さなければ、と思いお言葉に甘えて今日はゆっくり休ませてもらおう。
セレスさんがそう優しく話しかけてくれるから、他のことも聞いてみよう。
「えっと、そう、ですね。洗面台はとくに違和感はなかったかな……手をかざしたらちゃんと水が出てきたので」
「そうね、水の魔石が付けてあるから使用する人の魔力を感知して水が出るようになっているのよ。魔石の力が弱いからお風呂で使えないのが難点なのよねぇ」
「そ、そうなんですね」
洗面台、普通じゃなかった。いや、ここの人たちにとっては普通なんだよね?
私が今まで知らずに生活をしていたということ、ではないよね。
「あとは——。あ、そうだ。この家には髪の毛を乾かすものってありますか? 温かい風が出てくるこのくらいのもので……電気で動くんですけど」
「何かを乾かす時は火と風の魔力を使うわ。でも、あなたの言ってるものとは違うのよね? それに電気って何かしら?」
「え? 電気……なんて説明したらいいのかな……あ、雷! 雷をとても小さくしたようなもの、です……」
私の語彙力と知識が乏しいのは記憶喪失のせいよ。決して私の頭が残念なわけではない、はず。
「あぁ、雷……雷魔石のことね。この部屋にもあるのよ。ほら、あれよ」
あれよ、とセレスさんが指を向けた先には部屋を明るくしているライトが。
「雷の影響を受けた魔石が入っているのよ。あれのおかげでこうして明るさを保てるの」
いや、それもう電気なのでは……。
「雷魔石は力が強いから長持ちしてとっても助かっているのよ。公爵領では多くの魔石が採れるしね」
「あの、」
「どうしたの?」
「先ほどから当たり前のように話していて言い辛かったんですけど……やっぱり一番の違和感は魔法がある、ということなんです」
「魔法が?」
セレスさんだけでなく、ヴィンセントさんやハンナさんたちも驚いた表情をした。
「魔法があるなんて信じられなくて……あ、いえ、実際にこの目で見ているので今はちょっと感じ方が違うんですけど。非現実的というか……すみません、なんて言えばいいのか」
セレスさんとヴィンセントさんは困ったような表情をしながら顔を見合わせた。なんだかおかしなことを言ってしまった気がしてしまい、私は俯いて手をぎゅっと握った。
「この国だけではなく、どこの国でも魔法は当たり前にあるものなの。魔力量の差はあれど誰もが魔力を持っているわ。だから、物心ついた時から誰にでも馴染みのあるはずなんだけれど……」
「そう、なんですね……」
やっぱり私がおかしいのか、ただ忘れているだけなのか。
「今まで魔法に触れずに生活してきたから知らないだけ、ということではないのよね?」
「はい、私にとって魔法は身近にないもの……空想上のことなんです。そこに浮いているオレンジ色のふわふわしたものも、どうして浮いているのかわからないんです」
そのふわふわしたものは最初に見た時よりも数が減っていた。心霊現象とか、電気で浮いているとかではなくてこれも魔法なんだよね?
「これは火の魔力を具現化したものなの。これも皆がよく使う魔法の一つよ。火の魔力に適性があるとわかると、このように魔力を具現化できるように練習するの。ちなみに触っても熱くないわ」
「あ、触ってみたら暖かくて心地良かったです」
「まぁ、触ってみたの? なかなか好奇心旺盛なのね?」
セレスさんは口元に手を当てて「ふふ」と穏やかに微笑んだ。ヴィンセントさんも「そうか、そうか」と声に出して笑った。
二人が笑ってくれるのがなんだか嬉しい。
他に気になることはないかとセレスさんに聞かれたけれど、目が覚めてからまだ一日しか経っていないためこれ以上は話せることはなかった。
「では今日のお話はここまでにしましょう。まだ目が覚めたばかりで体調も魔力もまだ完全に戻っていないでしょう? 夕飯をしっかり食べてゆっくり休んでね」
「あ——、」
二人は「おやすみなさい」と言ってそのまま部屋を出て行った。ということはもう今日お話をする機会はないということなんだろう。
ゆっくり休んでね、と言ってくれたことがとてもありがたかったけれど、そもそもここにいてもいいのだろうか。
私から話せることはほとんどなかったけれど、セレスさんたちに聞きたいことはあったんだけど……。
私が森で倒れていた時の状況や、怪我がどういったものだったのか。
これまでのことが思い出せない。
これからどうなるんだろう?
不安だな……。
ハンナさんとティアナさんも夕食の準備をしてくると部屋を出て行ってしまったので話をする人がいない。
魔法が当たり前にある世界。
ここは私の記憶の中の世界とは違う、ということだけはなんとなくわかってしまった。
とりあえずまずは体調を戻さなければ、と思いお言葉に甘えて今日はゆっくり休ませてもらおう。
287
お気に入りに追加
1,362
あなたにおすすめの小説
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる