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5【記憶を失くした少女①】
しおりを挟む窓から入り込む朝日と、鳥の囀りで目が覚めた。
「う、ん……ふわぁぁ」
私は眠い目を擦りながら体を伸ばす。体からポキポキと音が鳴る。すっきりした、と思いながらふと天井が目に入った。
なんだろう、見覚えのない天井が……というかこれは天井? え、天蓋がついてる?
のそのそとベッドから起き上がり部屋の中を見渡した。けれど部屋にはどこか違和感が。
「うぅ、ん? 頭が痛い……それにしても……ここはどこ?」
起き上がるとひどい頭痛で頭の中から鈍器でガンガンと叩かれているようだった。
そして突然襲ってくる生理現象。
と、とりあえずトイレに行きたい!
「あのぉ、すみません……?」
声を掛けるが誰からも反応がない。
このまま生理現象を我慢することなどできるはずもなく、私は焦った。
見知らぬところで粗相など死んでも避けたいところだ。
トイレを探しに部屋を出るくらい大丈夫だよね? 勝手に出てもいい、よね……?
部屋を見渡すが、まだ目がかすんで少し視界が悪い。頭も痛くてふらふらしてしまうが何とか歩けそうだ。
ベッドから降り、ふらふらとしながら部屋の中央にある大きなドアへと向かった。
あのドアもそうだが、ベッドもテーブルも、今着ているこの服にもとにかく違和感があった。
"これは違う"
そんな違和感。
大きなドアへ向かう途中でふと、部屋の隅に小さめのドアがあることに気が付いた。
部屋の中に小さなドア。もしかするとトイレ付きの部屋なのかもしれない。
ホテルとかにあるじゃない?
そちらの小さなドアへ向かい、ガチャリとドアをあけると——。
「あぁ! トイレだぁぁ……!」
この、白い見覚えのある形は万国共通であろうまさしくお手洗いだった。
ふらふらしながらトイレを済ませ、水を流そうとレバーかボタンを探したが——。
ない。あれ、ないぞ。レバーもボタンも見当たらない。
あるはずのものがないということは、流せないという非常にまずい状況なのである。
部屋の中で粗相をしてしまうという緊急事態は免れたが、トイレを流せずそのままという二番目にまずい状況に陥った。
冷や汗をかきながら手探りで探しているととあるところで小さく何かが光った。それと同時に水が流れた。
「何か光った……? この辺りだったかな……」
小さな青い石がついたところに手を近付けるとまた水が流れた。
水を流した二回とも、体の奥で一瞬感じた小さな違和感。何かが反応しているような、動いてような……言葉で説明するのが難しい。
「この石がセンサーだったのね」
と、安心してふと何気なく視界に入ったトイレの中に異様なのを見てしまった。
「え? いやいや、え?」
かすむ目を凝らし、目をぱちぱちとさせてよく見てみるとトイレの中にうねうねとした謎の物体がいた。
私はそれをまじまじと見た。なんだろう、どこかで見たことあるような物体だなぁ。
うねうねとした謎の物体。例えるならそう、スライム。
——うん? スライム? というよりそれがなぜトイレの中に……???
スライムが何だったのかを思い出そうとすると頭痛がいっそうひどくなった。考えるのはやめたほうがよさそうだ。
洗面所らしきところで少し困惑しながらも、水が出てきそうなところにそっと手を出してみた。
すると先ほどと同じように小さく一瞬光り水が出てきた。そこには同じように青い石が付いていた。
また体の奥に違和感を覚えた。
「なんだろう、さっきから体の中が何か変だなぁ」
近くにあったタオルをお借りてして顔も拭かせてもらいスッキリし、とりあえず部屋の中へと戻った。
ここがどこなのか分からないため、勝手に動き回らない方がいいだろう。
ふと、部屋の中を意識して見てみるとそこでまたも困惑する変なものに気が付いた。
あちこちにオレンジ色のふわふわしたものが浮いていた。
「な、何これ……。どうして浮いているの?」
ちょっと触ってもいいかな? と得体の知れない物への恐怖心よりも好奇心の方が勝ってしまった。
手を伸ばしてみると、ふわふわしたものは直接触れなくとも暖かかった。
もしかして、これが部屋を暖めているのかな?
どうやって浮いてるのか、どうして暖かいのかわからず不思議に思う。
まさか、心霊現象……!? と一瞬頭をよぎったが、あいにくその類は信じていない。
私は考えるのをやめた。いや、放棄した。
自分の頭では考えたところで答えに辿り着けるとは思わないから!
ベッド脇の窓から外を見ると、微かに太陽の光が差していた。鳥の囀りも聞こえる。明け方なのだろうか。
誰も来ないし、まだ明け方だし、もう一回寝ちゃおうかな? とベッドへ潜り込んだその時、静かにドアが開いて女性が部屋へと入ってきた。
そしてこちらへと近付いてきた女性と目が合う。一瞬驚いた表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「あら! よかったわ。目が覚めたのね」
茶色の髪に青色の瞳、少しだけふくよかな体型のとても明るく感じの良い女性だった。
「昨日の今日だから、まだ目は覚めないと思っていたのだけど、あなたやっぱり魔力がとても強いのね」
え、昨日の今日? というか、今、魔力とか言いました?
状況が飲み込めずきょとんとしている私に女性は自己紹介を始めた。
「あら、ごめんなさい。私はハンナよ。ここの領地を治めているウィスタリア公爵家のメイドなの。あなたの看病を任されていたのだけれど、すぐに目を覚ましてくれてよかったわ」
「えっと、ありがとうございます」
……看病をしてくれた?
「うーん、まだ顔色が少し悪いわね。でも昨日よりもだいぶ良くなっているから安心したわ」
どうやらハンナさんというメイドさんにお世話になってしまったようだ。
そして先ほどから聞き慣れない単語に困惑してしまう。
魔力? 領地? 公爵? ウィス、タリア? そしてメイドさん?
それに目を覚ました、というのはどういうことだろう? この頭痛と何か関係があるのかな。
聞きたいことがたくさんあるんだけど……。
ハンナさんに「あの」と声を掛けたところで私のお腹が盛大に鳴った。それはもう地響きのように大きな音が。
「ふふ。元気が出てきたらお腹も空くわよね。たくさん食べて、体力をつけないとね! 朝食を持ってくるから少し待っていてね」
ハンナさんはそう言うと、さささっと部屋を出て行ってしまった。
恥ずかしい~。こんな大きな音が鳴るなんて!
布団に顔を埋めながら羞恥心に駆られているとすぐにハンナさんが朝食を持ってきてくれた。
若いメイドさんも一緒だった。
「お待たせしました~! 公爵家のシェフが腕によりをかけて作った、魔力も体力も回復しちゃうスペシャルな朝食でーす! いきなりたくさん食べると胃がびっくりしちゃうから、少しずつ食べてね! この家のお料理は本当においしいんだよ~」
若いメイドさんはにっこり笑ってベッド横の小さなテーブルに朝食がのったプレートを置いてくれた。
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やっぱり!
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「はい、よろしくお願いします」
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そうだよ、どうして私こんな場所にいるんだろう?
どうして知らない人の家でこんなお世話になっているの?
それに、思い出せないの。
私の名前ってなんだっけ——。
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