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4【ウィスタリア公爵家②】
しおりを挟む執務室で、少しの間沈黙が続いた。
「あの子には父と母、それに兄がいるということだろうか?」
ヴィンセントは先程少女が漏らした言葉を思い出しながら話した。
「そう、ですわね。あの子の家族に何事もなければいいのですが……。お父様、お母様ということはどこかの貴族の子なのかしら? 髪色も金色ですし、着ていた服も上質なものでしたわ」
「その可能性は高いな。あれほど純粋な金色の髪はこの国でもかなり珍しいから……。とりあえず、セレスは今日はもう休みなさい。話はまた明日にしよう」
「えぇ、では先に休ませてもらいますね。そうだわ、子どもたちにはなんと説明を?」
「少女を保護して看病しているとだけ伝えよう。だが、会わせるのやめたほうがいいだろうね。下の子たちはまだ不安定だからあの子の姿を見てもしかすると動揺してしまうかもしれない」
「そうですね……。正直なところ私も思い出してしまいましたもの。あれからまだ数ヶ月しか経っていないんですもの……。子どもたちにはあまり刺激を与えたくないですわ」
数ヶ月前に家族に起こったことを思い出し、まだ子どもたちの心が不安定なことを二人は心配していた。
「あぁ、わかったよ。セレス、ゆっくり休んでくれ。私はもう少し仕事をしてから休むことにするよ」
「えぇ、ヴィンセント。あなたも早めに休んでくださいね。それではおやすみなさい」
◆◆◆
ヴィンセントが執務室で残りの仕事をしていると、もう夜も遅いというのに誰かが執務室へとやってきた。
「父様、グレイシアです」
「あぁ、入りなさい」
執務室へと入ってきたのはウィスタリア公爵家の長男、グレイシアだった。今年で十四歳だ。
グレイシアの髪色はヴィンセントと同じく金色だが、その金色は日に当たると青緑色に光って見える。
グレイシアは十四歳と、歳だけみればまだ子どもだが家族を含め周囲の人たちには大人びた印象を与えた。
昼間から屋敷の中が慌ただしいことに気が付いたのだろう。親であるヴィンセントから話をするべきはずが息子の方から先にやってきてしまった。
「そこへ掛けなさい。お茶でも淹れようか」
「いえ、すぐ戻るので大丈夫です」
ヴィンセントはグレイシアの横へと座り直した。
「わかったよ。それでこんな遅い時間にどうしたんだい? 今日ここへきた女の子のことかな」
「そうです、何があったのか教えてもらえますか」
グレイシアはいつもと変わらず感情の読み取れない表情をしている。けれど親であるヴィンセントにはグレイシアが心配していることは聞かなくても分かった。
「何も伝えずにいてすまなかったね。落ち着いてから明日話をしようと思っていたんだよ。でもこうして来てくれたのだから少し話をしようか」
「はい」
ヴィンセントは国境沿いで起きたこと、女の子を見つけて連れてきたことなど話せることはすべてグレイシアへと伝えた。
「この大嵐の中をですか……? それで、その女の子はもう大丈夫なんでしょうか?」
普段からあまり表情の変わらないグレイシアでもさすがに驚いたようだ。
「もう大丈夫だよ。セレスが魔力を分けてくれたからね」
「そうですか。それで母様はずっとお休みになっていたんですね」
「あぁ、そうだ。すまない、余計な心配をかけてしまったね」
「いえ、私は大丈夫です。ただ双子が母様に会いたいと駄々をこねてしまって母様がゆっくり休めたのか心配です」
「明日起きる頃にはすっかり魔力も戻っているだろうから安心していいよ。あの子たちにも、グレイシアにも心配させてしまって申し訳ないな。寂しい思いをさせてしまったね」
十四歳で大人びて見えても親にとってはまだまだ可愛い子どもだ。
「父様、私はもう小さな子どもではありませんよ」
幼い双子と同じ扱いをされることに少々不満なようだ。
「ただ、少女のことはまだ何もわからない状態なんだ。話ができるようになったら少しずつ事情を聞いてみるつもりだよ。それまではなるべく人との接触はさけたいと思ってね」
「わかりました、双子がその子に近付かないよう気を付けます」
「あぁ、ありがとう。頼んだよ」
ヴィンセントは女の子も自分の子どもたちもどちらも心配なので接触は避けたいところだった。
双子のあの性格を考えれば合わせるのは必ず避けなければならない。それにまだあのことがあったばかりで心が不安定だ。できる限り刺激は与えたくない。
「ではもう行きますね。おやすみなさい、父様」
「あぁ。おやすみ、グレイシア」
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