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3【ウィスタリア公爵家①】
しおりを挟む騎士団は公爵家の別邸へと着いた。
ここは公爵家が休暇を過ごすための場所だ。本邸は王都にある。
ヴィンセントは急いで別邸の中へ入るとすぐに執事のルドルフが出迎えた。
「旦那様、おかえりなさいませ。そんなに慌ててどうなさい——」
「ルドルフ! 大至急あの部屋を暖めてくれ。まだ魔石が埋め込まれているから可能なはずだ」
「かしこまりました」
執事のルドルフはヴィンセントに言われたとおり、大至急部屋を暖めに向かった。ヴィンセントの表情から緊急な事態だと推測できる。
メイドが持ってきた毛布で少女の体を包み込む。顔を見ると先ほどよりも顔色がさらに悪くなっている。
「セレス! セレスはいるか!?」
夫の帰宅の知らせを受けたセレスはすぐに玄関ホールへとやってきた。
「あなた、何かあったのですか!?」
騎士団を引き連れて突然帰宅したことと、声を荒げて自分を呼ぶヴィンセントの姿に何かがあったのだとすぐに気が付いた。
「セレス、一緒に来てくれ。君の魔力を貸して欲しい」
ここで説明している時間すら惜しいため、ヴィンセントはセレスを連れ急いであの部屋へと向かった。
部屋の中はすでに暖かくなっていた。オレンジ色のふわふわしたものが部屋の中に浮いている。
これはルドルフの火の魔力が具現化したものだ。この浮いているものが部屋を暖めてくれ、壁に埋め込まれた魔石のおかげで効力はさらに高くなっている。
ヴィンセントは部屋の中へと入り、ベッドへそっと少女を寝かせた。濡れた毛布をめくり、そこで初めてセレスは少女を見た。
セレスは一瞬目眩がした。それはこの少女を見て自分の娘を思い出してしまったからだ。
明るいこの部屋で少女を改めて見ると、あまりにもひどい状態だった。腕や足にある擦り傷や痣がよく目立つ。怪我は顔、腕、足に集中していることからあの森の中を裸足のまま走っていたのだろう。
それとも——。
「セレス、大丈夫か?」
「……大丈夫、ですわ」
「急なことですまない、この子は聖の魔力による守護の魔法陣が施されていて治癒ができない状態だ。だからセレス、この子に聖の魔力を渡してほしい。そうすれば魔法陣がすぐに治癒を施してくれるはずだ」
「えぇ、わかりました」
セレスはすぐに少女の手を握り聖の魔力を流していく。すると、少女の体の上に魔法陣が現れた。
魔法陣の色は消えかかっていたが、金色にしっかりと浮かび上がった。そして魔法陣は少女の体の中へと消えていった。
その瞬間、少女の体にできていた痣や怪我もきれいに治癒され傷一つない状態になった。
「この怪我を一瞬で治せるとは……すごい魔法陣だ」
この魔法陣が気にはなるが、少女の体力が戻る頃には魔法陣の効力も消えてしまうかもしれない。
これで危険な状態ではなくなったはずだ。
魔力を使い、少女の泥で汚れてしまった体をきれいにできるか不安だったが問題なくすることができた。
他の魔力を受け付けない、と思っていたが体の内側ではなく外側なら魔力を使うことはできるらしい。
あとは少女が回復するのを待つしかない。
セレスはここまで見届けるとそのままぐったりと倒れ込んでしまった。
「セレス!」
ヴィンセントは慌ててセレスを抱きかかえた。
「大丈夫か!?」
「えぇ、大丈夫です。久しぶりにここまで一気に魔力を使ったので少し疲れますね。すみません、少し休みます」
「あぁ、ありがとう、セレス。ゆっくり休んでくれ」
セレスはそのまま眠りについた。
「ルドルフ、私はセレスを休ませてくるからハンナにこの子の服を着替えさせておくよう頼んでくれ。それとこの子の様子を見ていて欲しい。何かあったらすぐに呼んでくれ」
「はい、私たちがしっかりと看病いたしますのでご安心ください。旦那様もどうか、湯に浸かり疲れをお取りください。そのままでは旦那様が風邪をひいてしまいます」
「あ、あぁ……そうだったな。すまない、助かるよ」
ルドルフは一礼し、部屋を出て行った。
自分自身も上から下まで雨で濡れたままだったことを思い出した。髪や服などは魔法ですぐに乾かせるが、やはり体の芯は冷えきってしまっている。
ヴィンセントはセレスを寝室へと連れていくためドアへと向かう。部屋を出る間際、振り返り少女を見るとここへ来た時よりも顔色が良くなっているのがわかり安心した。
(このまま問題なく回復してくれればいいが……)
◆◆◆
少女がここへ来てから八時間ほど経っただろうか、今はもう夜の十時を過ぎている。
ヴィンセントは何度も少女の様子を見に行っているが、少女は問題なく小さな寝息を立てて眠っている。
真夜中になろうとした頃、セレスが目を覚ました。ヴィンセントは妻にこのまま朝まで休んでいて欲しかったが、何があったのかセレスが話を聞きたいということでこのまま話をすることにした。
昼間に魔法防壁に問題が起きたこと、その見回り途中に少女を見つけ緊急を要するためそのまま連れてきたこと。
残念ながら、現時点ではこれ以上話せることはない。何もわかっていないからだ。
部下をあの場に数名残し、少女を見つけた森の周辺を捜索させたが手がかりになるようなものは何一つ見つけることはできなかった。
「そうですか、あの子のことがわかるような手がかりは何もないのですね……」
セレスは傷付いた小さな少女を思い出し、不安な表情になる。
「あの子が目を覚まして話ができる状態になったら何かわかるかもしれない。あの状況からでは、ただ道に迷った迷子というわけではなさそうだ」
「そう、ですよね。もしあの子の身に何か大変なことが起きているのであれば、私たちの手が必要になるかもしれません。三日ほどで目を見覚ませばいいのだけれど……」
もう夜も遅いためこのままセレスに休むようヴィンセントは言ったが、休む前に一度少女の様子を見たいということで二人は部屋へと向かった。
少女は静かに寝息をたてて眠っており、顔色も良く体調の悪化はなさそうだ。
二人は安堵し静かに部屋を出ようとしたその時、少女が小さな呻き声を上げた。その苦しそうに漏らした声に二人は驚いて振り返った。
「おとう、さま……お……あさ……」
二人は慌ててそばへ行くと、少女の目から涙が溢れていることに気が付いた。
「にいさま、どこ……」
ヴィンセントはうなされて苦しむ少女にどうすればいいのか動揺してしまったが、セレスは静かに少女の頭を優しく撫でた。
「いや、だよ……どこ……」
「大丈夫よ、安心してゆっくりお休みなさい」
すると少女はまた静かに寝息をたて始めた。涙を優しく拭い、音を立てないよう二人は部屋を出て執務室へと向かった。
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