2 / 40
2【国境沿いでのトラブル】
しおりを挟む
ここ、シヴェイアン王国の国境沿いは一年に一度ある大嵐に見舞われていた。大嵐とは、大気中にある自然の魔力が不安定となり二週間ほど荒れてしまうことだ。
魔力は国や大陸によって少し性質が異なるため反発し合い、度々小さな嵐を起こすことはあるが冬を迎えるこの時期になると限界を超え大嵐となってしまう。
そんな問題を抱える国境沿いの領地を治めているのはウィスタリア公爵だ。名はヴィンセント。
ヴィンセント・ウィスタリア公爵はまだ三十代と若いながらも騎士団長を務めていた。
もちろん大嵐である今日も国境沿いと領民を守るために見回りへと出ていた。
そこに急ぎの知らせを受けたのはつい一時間ほど前。
国境沿いは他国からの侵入を防ぐために魔法防壁が施してあるが、その魔法防壁に問題が発生したと。
攻撃を受けたか、誰かが無理やり突破しようと魔法防壁を破壊したか。大嵐のせいで気が付くのが遅くなってしまったが、もし人による攻撃の場合はこの日を狙っていたのかもしれない。
魔法防壁はまず簡単に破れるものではない。国お抱えのトップレベルの魔導士が何人もいなければ無理だろう。それでも子ども一人がやっと通れるほどの小さな穴が一瞬開く程度のはずだ。
そうでなければ魔法防壁の意味がない。
そんな簡単に突破されてしまっては、魔法陣を守っているプライドの高い魔導士たちの心はぽっきり折れてしまうだろう。
ヴィンセント率いる騎士団が知らせのあった場所に着き、周辺を確認したが特に異変は見当たらなかった。
人による被害があったような痕跡もなければ、何かが破壊されたような様子も感じられない。
そもそも連絡があったのが一時間以上前だ。
念のためもう一度範囲を広げて周辺を捜索するが、やはり何かを見つけることはできなかった。
何者かが侵入した——、などと考えたのはヴィンセントの杞憂だったのだろうか。
冷静に考えれば、魔法防壁を破って国を超えるなど膨大な魔力が必要だ。ほぼ不可能に近い。
そんなことができるのはこの国の陛下ぐらいだろう。
ヴィンセントたちは大嵐による被害が他にないか確認するため、来た道とは別の道から戻ることにした。
馬を走らせ、五分ほど経ったところで先頭を走っていた部下が異変に気が付き止まった。
「公爵様! あちらをご覧ください! 何か光っていませんか!?」
ヴィンセントが部下に言われた方を見ると、少し先にある森の中で微かに光が見えた。
「私が直接確認してくる。君たちはここで待機していなさい」
部下を危険にさらすことはできないと、ヴィンセントは自ら確認に行くため馬から降りた。
「え、公爵様!? 危険ですので私が確認に行きます!」
「いや、この中で一番魔力が高いのは私だろう。もし何かあったら援護してくれ」
そう言いながらヴィンセントは少しずつ光に近付いていく。そこでふと、光がだんだん弱くなっていることに気が付いた。
背の高い草をかき分け、そこで目にした光景は衝撃的なものだった。
「ルエン! すぐに来てくれ!」
「な、何かあったのですか!?」
ヴィンセントは部下の中で治癒に一番長けているルエンを呼んだ。ルエンも目にした光景に酷く驚いた。
そこには小さな少女が一人、倒れていたのだ。
光は少女の胸元から溢れていたように見えたが、ヴィンセントが近付いたところで光は完全に消えてしまった。
右足は靴を履いておらず裸足だ。それも擦り切れてしまって足から血が出ている。手にも擦り傷がありひどい怪我をしていた。
「こ、公爵様、これは一体……どうして……」
小さな女の子を見てルエンもひどくショックを受けている。
「急いでこの子に治癒を!」
「は、はい!」
ルエンは少女の体の上に手をかざし光魔法による治癒を施すため光の魔力を込めていく。
だが何やら反応が悪い。
「公爵様、私の魔力が入っていきません!」
「何だと? なぜだ、もう一度試してくれ」
今にも死にそうな少女を助けるため、ルエンはもう一度強く魔力を込めた。すると、パキンッと音がして少女の体の上に小さな魔法陣が浮かび上がった。
「これは……守護の魔法陣か!?」
「すごい、こんな上級魔法陣を……」
基礎となる魔法陣の上にさらに三つ、魔法陣が描かれていた。それらが重なりとても複雑な魔法陣となっていた。
(この魔法陣は誰が施したんだ? まだ幼い少女が自分でしたとは考えにくいが……)
この守護の魔法陣の効力は今にも消えそうだった。この少女の魔力でなんとか効力を保っている状態なのだろう。
この魔法陣は金色に輝いている。色からしてこれは聖の魔力が使われている。ということは聖魔法による魔法陣で間違いない。
聖魔法に必要な聖の魔力は、魔力の中でも最も貴重で扱える人間は少ない。
(そんな魔法陣を四つも重ねるなど……)
「公爵様、どうしましょう!? 私の魔力では無理です!」
光の魔力による治癒魔法でも応急処置程度はできたはずだが、この魔法陣が特殊なせいで他の魔力が流れていかないようだ。
このまま他の魔力を無理やり流しむ、は試すだけでも非常に危険だ。この魔法陣か、この少女自身に聖の魔力を流すしかない。
「これは聖の魔法陣だ。聖の魔力をこの子自身に渡すことができれば助けることができるかもしれない」
だが、聖の魔力を持つ者はヴィンセントを含めた騎士団の中には誰もいない。
「すぐに私の別邸へ向かうぞ!」
「公爵様の家にですか!? あ、そうか!」
「別邸には私の妻がいる。妻のセレスは聖の魔力を扱うことができるからな」
ヴィンセントは少女を上着で優しく包み、急いで別邸へと向かった。
魔力は国や大陸によって少し性質が異なるため反発し合い、度々小さな嵐を起こすことはあるが冬を迎えるこの時期になると限界を超え大嵐となってしまう。
そんな問題を抱える国境沿いの領地を治めているのはウィスタリア公爵だ。名はヴィンセント。
ヴィンセント・ウィスタリア公爵はまだ三十代と若いながらも騎士団長を務めていた。
もちろん大嵐である今日も国境沿いと領民を守るために見回りへと出ていた。
そこに急ぎの知らせを受けたのはつい一時間ほど前。
国境沿いは他国からの侵入を防ぐために魔法防壁が施してあるが、その魔法防壁に問題が発生したと。
攻撃を受けたか、誰かが無理やり突破しようと魔法防壁を破壊したか。大嵐のせいで気が付くのが遅くなってしまったが、もし人による攻撃の場合はこの日を狙っていたのかもしれない。
魔法防壁はまず簡単に破れるものではない。国お抱えのトップレベルの魔導士が何人もいなければ無理だろう。それでも子ども一人がやっと通れるほどの小さな穴が一瞬開く程度のはずだ。
そうでなければ魔法防壁の意味がない。
そんな簡単に突破されてしまっては、魔法陣を守っているプライドの高い魔導士たちの心はぽっきり折れてしまうだろう。
ヴィンセント率いる騎士団が知らせのあった場所に着き、周辺を確認したが特に異変は見当たらなかった。
人による被害があったような痕跡もなければ、何かが破壊されたような様子も感じられない。
そもそも連絡があったのが一時間以上前だ。
念のためもう一度範囲を広げて周辺を捜索するが、やはり何かを見つけることはできなかった。
何者かが侵入した——、などと考えたのはヴィンセントの杞憂だったのだろうか。
冷静に考えれば、魔法防壁を破って国を超えるなど膨大な魔力が必要だ。ほぼ不可能に近い。
そんなことができるのはこの国の陛下ぐらいだろう。
ヴィンセントたちは大嵐による被害が他にないか確認するため、来た道とは別の道から戻ることにした。
馬を走らせ、五分ほど経ったところで先頭を走っていた部下が異変に気が付き止まった。
「公爵様! あちらをご覧ください! 何か光っていませんか!?」
ヴィンセントが部下に言われた方を見ると、少し先にある森の中で微かに光が見えた。
「私が直接確認してくる。君たちはここで待機していなさい」
部下を危険にさらすことはできないと、ヴィンセントは自ら確認に行くため馬から降りた。
「え、公爵様!? 危険ですので私が確認に行きます!」
「いや、この中で一番魔力が高いのは私だろう。もし何かあったら援護してくれ」
そう言いながらヴィンセントは少しずつ光に近付いていく。そこでふと、光がだんだん弱くなっていることに気が付いた。
背の高い草をかき分け、そこで目にした光景は衝撃的なものだった。
「ルエン! すぐに来てくれ!」
「な、何かあったのですか!?」
ヴィンセントは部下の中で治癒に一番長けているルエンを呼んだ。ルエンも目にした光景に酷く驚いた。
そこには小さな少女が一人、倒れていたのだ。
光は少女の胸元から溢れていたように見えたが、ヴィンセントが近付いたところで光は完全に消えてしまった。
右足は靴を履いておらず裸足だ。それも擦り切れてしまって足から血が出ている。手にも擦り傷がありひどい怪我をしていた。
「こ、公爵様、これは一体……どうして……」
小さな女の子を見てルエンもひどくショックを受けている。
「急いでこの子に治癒を!」
「は、はい!」
ルエンは少女の体の上に手をかざし光魔法による治癒を施すため光の魔力を込めていく。
だが何やら反応が悪い。
「公爵様、私の魔力が入っていきません!」
「何だと? なぜだ、もう一度試してくれ」
今にも死にそうな少女を助けるため、ルエンはもう一度強く魔力を込めた。すると、パキンッと音がして少女の体の上に小さな魔法陣が浮かび上がった。
「これは……守護の魔法陣か!?」
「すごい、こんな上級魔法陣を……」
基礎となる魔法陣の上にさらに三つ、魔法陣が描かれていた。それらが重なりとても複雑な魔法陣となっていた。
(この魔法陣は誰が施したんだ? まだ幼い少女が自分でしたとは考えにくいが……)
この守護の魔法陣の効力は今にも消えそうだった。この少女の魔力でなんとか効力を保っている状態なのだろう。
この魔法陣は金色に輝いている。色からしてこれは聖の魔力が使われている。ということは聖魔法による魔法陣で間違いない。
聖魔法に必要な聖の魔力は、魔力の中でも最も貴重で扱える人間は少ない。
(そんな魔法陣を四つも重ねるなど……)
「公爵様、どうしましょう!? 私の魔力では無理です!」
光の魔力による治癒魔法でも応急処置程度はできたはずだが、この魔法陣が特殊なせいで他の魔力が流れていかないようだ。
このまま他の魔力を無理やり流しむ、は試すだけでも非常に危険だ。この魔法陣か、この少女自身に聖の魔力を流すしかない。
「これは聖の魔法陣だ。聖の魔力をこの子自身に渡すことができれば助けることができるかもしれない」
だが、聖の魔力を持つ者はヴィンセントを含めた騎士団の中には誰もいない。
「すぐに私の別邸へ向かうぞ!」
「公爵様の家にですか!? あ、そうか!」
「別邸には私の妻がいる。妻のセレスは聖の魔力を扱うことができるからな」
ヴィンセントは少女を上着で優しく包み、急いで別邸へと向かった。
347
お気に入りに追加
1,393
あなたにおすすめの小説
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~
桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。
両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。
しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。
幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
転生後モブ令嬢になりました、もう一度やり直したいです
月兎
恋愛
次こそ上手く逃げ切ろう
思い出したのは転生前の日本人として、呑気に適当に過ごしていた自分
そして今いる世界はゲームの中の、攻略対象レオンの婚約者イリアーナ
悪役令嬢?いいえ
ヒロインが攻略対象を決める前に亡くなって、その後シナリオが進んでいく悪役令嬢どころか噛ませ役にもなれてないじゃん…
というモブ令嬢になってました
それでも何とかこの状況から逃れたいです
タイトルかませ役からモブ令嬢に変更いたしました
********************************
初めて投稿いたします
内容はありきたりで、ご都合主義な所、文が稚拙な所多々あると思います
それでも呼んでくださる方がいたら嬉しいなと思います
最後まで書き終えれるよう頑張ります
よろしくお願いします。
念のためR18にしておりましたが、R15でも大丈夫かなと思い変更いたしました
R18はまだ別で指定して書こうかなと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる