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2【国境沿いでのトラブル】

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 ここ、シヴェイアン王国の国境沿いは一年に一度ある大嵐に見舞われていた。大嵐とは、大気中にある自然の魔力が不安定となり二週間ほど荒れてしまうことだ。

 魔力は国や大陸によって少し性質が異なるため反発し合い、度々小さな嵐を起こすことはあるが冬を迎えるこの時期になると限界を超え大嵐となってしまう。

 そんな問題を抱える国境沿いの領地を治めているのはウィスタリア公爵だ。名はヴィンセント。

 ヴィンセント・ウィスタリア公爵はまだ三十代と若いながらも騎士団長を務めていた。

 もちろん大嵐である今日も国境沿いと領民を守るために見回りへと出ていた。

 そこに急ぎの知らせを受けたのはつい一時間ほど前。

 国境沿いは他国からの侵入を防ぐために魔法防壁が施してあるが、その魔法防壁に問題が発生したと。

 攻撃を受けたか、誰かが無理やり突破しようと魔法防壁を破壊したか。大嵐のせいで気が付くのが遅くなってしまったが、もし人による攻撃の場合はこの日を狙っていたのかもしれない。

 魔法防壁はまず簡単に破れるものではない。国お抱えのトップレベルの魔導士が何人もいなければ無理だろう。それでも子ども一人がやっと通れるほどの小さな穴が一瞬開く程度のはずだ。

 そうでなければ魔法防壁の意味がない。

 そんな簡単に突破されてしまっては、魔法陣を守っているプライドの高い魔導士たちの心はぽっきり折れてしまうだろう。

 ヴィンセント率いる騎士団が知らせのあった場所に着き、周辺を確認したが特に異変は見当たらなかった。

 人による被害があったような痕跡もなければ、何かが破壊されたような様子も感じられない。

 そもそも連絡があったのが一時間以上前だ。

 念のためもう一度範囲を広げて周辺を捜索するが、やはり何かを見つけることはできなかった。

 何者かが侵入した——、などと考えたのはヴィンセントの杞憂だったのだろうか。

 冷静に考えれば、魔法防壁を破って国を超えるなど膨大な魔力が必要だ。ほぼ不可能に近い。

 そんなことができるのはこの国の陛下ぐらいだろう。

 ヴィンセントたちは大嵐による被害が他にないか確認するため、来た道とは別の道から戻ることにした。

 馬を走らせ、五分ほど経ったところで先頭を走っていた部下が異変に気が付き止まった。

「公爵様! あちらをご覧ください! 何か光っていませんか!?」

 ヴィンセントが部下に言われた方を見ると、少し先にある森の中で微かに光が見えた。

「私が直接確認してくる。君たちはここで待機していなさい」

 部下を危険にさらすことはできないと、ヴィンセントは自ら確認に行くため馬から降りた。

「え、公爵様!? 危険ですので私が確認に行きます!」

「いや、この中で一番魔力が高いのは私だろう。もし何かあったら援護してくれ」

 そう言いながらヴィンセントは少しずつ光に近付いていく。そこでふと、光がだんだん弱くなっていることに気が付いた。

 背の高い草をかき分け、そこで目にした光景は衝撃的なものだった。

「ルエン! すぐに来てくれ!」

「な、何かあったのですか!?」

 ヴィンセントは部下の中で治癒に一番長けているルエンを呼んだ。ルエンも目にした光景に酷く驚いた。

 そこには小さな少女が一人、倒れていたのだ。

 光は少女の胸元から溢れていたように見えたが、ヴィンセントが近付いたところで光は完全に消えてしまった。

 右足は靴を履いておらず裸足だ。それも擦り切れてしまって足から血が出ている。手にも擦り傷がありひどい怪我をしていた。

「こ、公爵様、これは一体……どうして……」

 小さな女の子を見てルエンもひどくショックを受けている。

「急いでこの子に治癒を!」

「は、はい!」

 ルエンは少女の体の上に手をかざし光魔法による治癒を施すため光の魔力を込めていく。

 だが何やら反応が悪い。

「公爵様、私の魔力が入っていきません!」

「何だと? なぜだ、もう一度試してくれ」

 今にも死にそうな少女を助けるため、ルエンはもう一度強く魔力を込めた。すると、パキンッと音がして少女の体の上に小さな魔法陣が浮かび上がった。

「これは……守護の魔法陣か!?」

「すごい、こんな上級魔法陣を……」

 基礎となる魔法陣の上にさらに三つ、魔法陣が描かれていた。それらが重なりとても複雑な魔法陣となっていた。

(この魔法陣は誰が施したんだ? まだ幼い少女が自分でしたとは考えにくいが……)

 この守護の魔法陣の効力は今にも消えそうだった。この少女の魔力でなんとか効力を保っている状態なのだろう。

 この魔法陣は金色に輝いている。色からしてこれは聖の魔力が使われている。ということは聖魔法による魔法陣で間違いない。

 聖魔法に必要な聖の魔力は、魔力の中でも最も貴重で扱える人間は少ない。

(そんな魔法陣を四つも重ねるなど……)

「公爵様、どうしましょう!? 私の魔力では無理です!」

 光の魔力による治癒魔法でも応急処置程度はできたはずだが、この魔法陣が特殊なせいで他の魔力が流れていかないようだ。

 このまま他の魔力を無理やり流しむ、は試すだけでも非常に危険だ。この魔法陣か、この少女自身に聖の魔力を流すしかない。

「これは聖の魔法陣だ。聖の魔力をこの子自身に渡すことができれば助けることができるかもしれない」

 だが、聖の魔力を持つ者はヴィンセントを含めた騎士団の中には誰もいない。

「すぐに私の別邸へ向かうぞ!」

「公爵様の家にですか!? あ、そうか!」

「別邸には私の妻がいる。妻のセレスは聖の魔力を扱うことができるからな」

 ヴィンセントは少女を上着で優しく包み、急いで別邸へと向かった。
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