上 下
41 / 47
第6章 〜 重なり合う艶華(つやばな)たち 〜

第6章 〜 重なり合う艶華たち 14 〜

しおりを挟む
 清美に聞き覚えのあるアラーム音が聞こえる。休日の朝にだけ流れる、お気に入りのメロディ。
 しだいにハッキリしてくる意識を感じながら、ゴロリと寝返りを打つ。いつものベッドと違う肌触りだ。
 違和感を覚えてうっすらと目を開けると、見慣れない部屋に柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。いつもと違うことにハッとして、周囲を見回す。

「そっか……カナの部屋だったんだ……」

 心地の良い肌の感触を感じる。何度となく触れ、そのたびに満ち足りた気持ちになる、恋人の肌。
 いつもの週末の朝と同じく、腕枕されるようにピッタリと隼人に寄り添って寝ていたのだ。その向こうには佳苗がいるのがいつもと違う。
 三人とも裸で、隼人を真ん中に清美と佳苗が寄り添うように川の字で床の上で寝ている。
 誰がかけたのかわからないが、三人でシェアするように毛布がかかっていた。二人とも満ち足りた表情ですぅすぅと寝息を立てていた。

 昨夜は淫らな宴だった。白濁した記憶をたぐる。
 何度も達した激しい情事であった。どうやら、とろとろと余韻に浸るうちに、寝入ってしまったようだ。
 重い身体を引きずって、部屋の隅にあるリュックに入っているスマホを探り当て、アラームを解除する。

(いつもなら……二人でおはようのキスをしてるころかな)

 隼人との時間を大切にしたい。そう思った清美が休みの日にアラーム設定したのは、週末に彼が自宅に来るようになってからだ。
 ある週末のこと、その日はいつも以上に激しく求め合い、お互いに果てた後は幸せな気持ちのまま寝入ったのだが、目覚めた時は次の日の夕方で呆然としたことがあった。それ以来、アラームを設定して朝から大好きな隼人と過ごすことが、清美の週末の過ごし方だ。

 部屋に散乱している脱ぎ捨てられた服や、情事に邪魔だとどけられたクッションやテーブルを避けながら、毛布に再びすべりこんで、すべすべとした隼人の肌に頬ずりすると、ゆっくりと目を閉じる。
 二人を無理に起こすこともない。寝息だけが聞こえる、静かで満ち足りた三人の時間。
 清美は隼人に吸い付くように身を寄せ、厚い胸板にそっとキスをする。密着して彼の体温を直に感じると、再びふわふわと眠気が訪れる。

(今日はもう少し、ゆっくりしよう……)

 清美はクスクスと笑うと、抗うことなく眠りに落ちていった。

 三人がヨロヨロと起き出して、身支度して部屋を出たのは正午も近い頃であった。離れたくないのか、佳苗は二人を駅まで送ると言い出して三人で駅に向かうこととなった。
 駅に向かう道すがら、前を歩く隼人と清美たちの間に中年女性のグループが割り込んできた。
 ワイワイと騒ぐグループ。隼人の姿を視界に捉え、清美は昨晩のことで気になったことを佳苗に語りかけた。

「ねぇ……カナ、前に隼人くんとてるんじゃない?」

 佳苗は悪びれた様子もなく、清美に振り向いてうなずいた。

「うん。ヨミィが隼人くんと付き合う前。グズグズ悩んでた時に、ね」

 鼻白む清美を見て、佳苗はいたずらっぽく笑うと、身体を寄せて、親友の手をそっと握った。

「大丈夫。ったりなんてしないよ。あなたの大事な人でしょ。付き合い始めてから何にもしてないし、されてもないわよ」

 佳苗が指を絡ませながら深く握ると、清美はギュッと握り返した。眉根にシワを寄せ表情が固くなるのが自分でもわかる。
 牝猫のような彼女のことだ、盗らないというのは本音だろうが、昨日の激しい感じ方を見る限り、時々『味見』をしているのだろう。
 単なる高校教師と大銀行のキャリアウーマン。二人の間に職業の垣根はないけど、隼人の気持ちがどう転ぶかは本人にしかわからない。

「それにしても……ヨミィはお見通しだったかぁ……どこらへんで気がついた?」

「隼人くんがカナに挿入いれた時。呼吸が合ってた感じがしたから」

 佳苗も隼人も大切な人であることは間違いないし、ブレることはない。しかし、このこみ上げる感情は何だろう。嫉妬とは違う、
 手がほどかれ、清美の頭にポンと手が乗って撫で回した。

「戸塚くんは……私と一緒暮らすには不釣り合いだよ。きっと。性格的にもね。……ヨミィ、あなたならきっとお似合いだし、幸せに暮らせると思うから、自信持って……今度こそ」

 清美は親友を振り仰いだ。
 一緒になることは叶わない。それを知った上で「特別な人」と呼んだ佳苗が隼人に感じている想いが痛いほどわかった。
 そして、そんな愛すべき彼女に対する恥ずかしさでと高揚感で、気持ちのモヤモヤがチョコレートのように溶けていくのを感じた。

「カナ……ありがとう」

 親友は「ううん」と首を振る。
 前に歩く中年女性のグループが、何がおかしいのか突然「やだぁ」と言いつつガハハと笑いだした。

「私達も、それなりの年齢だしさ。将来のことを考えると、ね」

 想っていても、現実は現実だ。
 単に身体を重ねた恋人ということと、実生活を共にすることは別の話だ。
 一緒になったとしても、佳苗にはお互いのギャップで苦しむのが予測できるだろう。想いや愛だけでは超えられない壁が、確かにある。
 頭を撫でていた手が清美の肩に回り、耳元で親友が囁く。

「でも……、時々貸してほしいな、隼人くん」

 上目遣いで見る佳苗。ズルいなあと思いつつも、コクリと頷いてしまう清美だった。
 肩に置いた手を揺すって、ありがとうの思いが伝わってくる。

「もちろん、ヨミィにはこれからも愛してもらうにゃ♪」

 ウインクしながら清美に笑顔を向ける佳苗は、いつになく爽やかで、そして妖艶だった。
 佳苗にはとても敵わない。ふたたびうなずくと、清美の顔を覗き込んだ彼女は、真顔になり、隼人に視線を向ける。

「……それにしてもヨミィ、あなたどうするの? 県の教育委員会に異動って」

「まだ、隼人くんには話してないの……正直、迷ってる」

 アフタースクール設立計画。佳苗と温めてきた清美の独立計画だ。
 隼人にも合流してもらう話をして、快諾をもらった。
 しかし、まだ事業を進めていく上で必要なことを決め切れていないことが多く、準備段階であることは否めない。異動をきっかけに退職して独立はするのは時期尚早だと、清美自身も感じている。
 視線を上げると、バスロータリーが賑わっている。これからお出かけだろうか。ウキウキした表情の人たちでごった返している。

(小見山高校のビジネス授業が、委員会に評価されたのは嬉しいけど……)

 佳苗がふぅ、とため息をついて、清美の手を握ってゆすった。清美が迷うとき、佳苗はいつもこうして励ますのだ。
 隼人と佳苗に対するモヤモヤは晴れたけど、自分の将来のモヤモヤは一向に晴れない。視線の先はハッキリしているようでハッキリしない。
 改札が見えてきた。前を歩いていた中年女性のグループはいつの間にかいなくなり、先を歩いていた隼人が二人を振り返る。
 丸まりかけた清美の背中を佳苗がポン、と軽くはたいた。

「まあ、少し時間あるから、しっかり考えて。ヨミィなら、きっと良い判断すると思うわよ」

「……カナ……ありがとう」

 手招きする隼人に寄り添おうと、早足で踏み出した瞬間であった。
 彼女がボソリと嬉しそうに言った一言に、清美の足が止まる。

「ま、近いうち、二人にはまた会うかもね。昼の顔で」

 振り向いた清美に、佳苗は「早く行きなさい」と笑顔でゼスチャーするだけであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜

船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】 お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。 表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。 【ストーリー】 見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。 会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。 手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。 親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。 いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる…… 托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。 ◆登場人物 ・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン ・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員 ・ 八幡栞  (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女 ・ 藤沢茂  (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

JKと(R-18)

量産型774
恋愛
サボリーマンの俺と ひょんな事から知り合ったJKとの爛れた関係。

処理中です...