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第一章 そぼ降る雨のいとこたち
第一話
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【カッコウの生態】
カッコウは、とは鳥綱カッコウ目カッコウ科に分類される鳥です。
他の鳥の巣に卵を産みつけてその鳥に育てさせる「卵托」という習性があります。カッコウは巣作りや抱卵をせず、モズやオオヨシキリなどの巣に卵を産みつけます。
カッコウは孵化した後、巣内の他の卵を巣の外に放り出します。(馬込沢書房『野鳥の楽しみ方』より)
------------------------------
見覚えのある、レインコートであった。
改札口で待っていた鎌ケ谷翔太の胸が、ドクンと高鳴る。
ラッシュアワー前の昼下がりなので、人混みは少なく、モスグリーンのレインコートはすぐ目についた。
「あか……ねぇちゃん」
翔太は噛みしめるように呟いた。
『あかねぇちゃん』こと、藤沢あかねも翔太に気づき、小さく手を振り改札に向かう。
「翔くん、待ったかな……寒くなかった?」
「いや、大丈夫。どうする? もう行くの?」
あかねは腕時計をチラと見ると、小さく首を振って駅の出口へと歩いていく。翔太もあかねの後に続いた。
「ちょっとコーヒー飲んでからにしようよ。翔くんと久々に会ったんだし」
「まあ、僕は別に構わないけどね、どっちでも」
「あら、変に我慢しなくていいのに」
再び翔太の胸がドキンとして、握った手に汗を感じる。
胸の内を見透かされたようで、あかねに返す言葉が出てこない。
駅の出口から見える雨は粒が見えるくらい大きくなっていた。翔太がついた時は小雨だったが、待っている間に雨脚が強まったようだ。
うらめしそうに見上げて、カバンから折りたたみ傘をあかねを制して、翔太は手に持っていたビニール傘をバサリと開いた。
「割りとデカい傘だから、二人でもそんなに濡れないと思うよ」
まじまじと翔太を見つめたあかねは、コクリとうなずいて翔太に身体を寄せた。
ふわりと従姉の腕が絡まり、ぎゅっと密着する。
むにゅりとしたやわらかな女体の感触が腕越しに伝わり、再び翔太の胸は高鳴った。
レインコートや服の下に隠れている彼女の身体を思い出したのである。
きっと、腕を絡めたあかねも、密着している翔太の身体を思い出しているだろう。
そして、これから数時間以内にその肌に触れるつもりで、翔太はあかねと待ち合わせたのである。
「やっぱり、雨降ると冷えてくるね」
あかねが翔太に身体をぴったりと寄せる。
秋の雨がそぼ降る、肌寒い平日の午後であった。
ピタリと寄せた身体や、ギュッと絡めた腕にも心なしか力がこもっている。
スーツ姿の二人である。パッと見では商談に向かう同僚たち、と見えなくもない。
ブーンブーンと振動音がする。ジャケットの内ポケットからスマホを取り出した翔太は眉を寄せて立ち止まる。
雰囲気を察したあかねは、翔太から傘を受け取り、様子を伺う。
「ねえちゃん、待ってて。ちょっと返信すれば済みそうだから」
「今日の午後半休って、だいぶ前に取ってなかった?」
「まあ、他人の予定なんて知ったこっちゃない人もいるからね……ねぇちゃんだってそうじゃない?」
スマホの通知にある、チャットソフトを起動して、メッセージを確認する。
所属部署の先輩などの重要な人からの通知は、バイブがかかるように設定していたのである。
あとあと返信するのも億劫なので、通知されているグループの投稿に片っ端から返信していく。
(あれ、バイブが鳴るようなもの、あったかな……)
翔太はあかねをチラ見して、再びスマホに向き合った。
バイブ通知の原因がわかり、翔太の手が止まった。
あかねに手元は見せないよう、少しずつあかねに背を向けむけながらチャットに応対する。
(し、栞……どうした?)
『業務管理部 八幡栞』と書かれた個別チャンネルに通知マークがついている。
今日は親戚と会うので午後半休とあらかじめ知らせてあったはずだ。
ただ、会うことは会うが、その親戚と『何をするか』は言ってないし、言えない。
栞であろうが、翔太の両親であろうが、それは同じだ。
それはあかねも同じだ。それこそ、あかねの夫に知られたら、親戚じゅうの大問題だ。
「あら、翔くん、彼女さんから?」
生返事をしながら覗き込もうとするあかねを制して、メッセージを閲覧する。
文言は他愛ないが、考えながら打ったのだろう、微妙にチグハグな文面であった。
考えながら文章を打つことが得意でない栞の性格を考えると、内容よりも『このタイミングでメッセージした』ことが重要であることに思えた。
取り急ぎ、既読であることを知らせるために、簡単な返信用スタンプを送ってスマホをしまう。
「……コーヒー、飲まないでそのまま行こうか」
ポツリとあかねがつぶやく。
いぶかしそうに翔太があかねを覗き込むと、視線が合い、ギュッと密着させてきた。
うつむいた顔が、うっすら赤らんでいる。
「なんか……妬けちゃうんだもん」
しかし、あかねの左薬指におさまっている指輪を見るたびに、翔太が同じような言葉を発したくなるのを、あかねは知っているのだろうか。
翔太があかねのそばにいる以上、この『モヤついた気持ち』はついて回る。
(そんなの……わかってたのに……くそっ)
傘を受け取りながら、歩く速度を上げた。
当初立ち寄る予定だったコーヒー店を通り過ぎる。窓際の席で中年男性と若い女性が、提案書とおぼしき書類をめくりながら熱心に話している様子が見えた。
あかねを見る。
視線があった。こくんと頷いて翔太に歩くように促す。
(今さら、後戻りなんてできない……)
絡めた腕に力をこめて、少し強引にあかねを引っ張る。
お互い、向かう場所はわかっていた。
カッコウは、とは鳥綱カッコウ目カッコウ科に分類される鳥です。
他の鳥の巣に卵を産みつけてその鳥に育てさせる「卵托」という習性があります。カッコウは巣作りや抱卵をせず、モズやオオヨシキリなどの巣に卵を産みつけます。
カッコウは孵化した後、巣内の他の卵を巣の外に放り出します。(馬込沢書房『野鳥の楽しみ方』より)
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見覚えのある、レインコートであった。
改札口で待っていた鎌ケ谷翔太の胸が、ドクンと高鳴る。
ラッシュアワー前の昼下がりなので、人混みは少なく、モスグリーンのレインコートはすぐ目についた。
「あか……ねぇちゃん」
翔太は噛みしめるように呟いた。
『あかねぇちゃん』こと、藤沢あかねも翔太に気づき、小さく手を振り改札に向かう。
「翔くん、待ったかな……寒くなかった?」
「いや、大丈夫。どうする? もう行くの?」
あかねは腕時計をチラと見ると、小さく首を振って駅の出口へと歩いていく。翔太もあかねの後に続いた。
「ちょっとコーヒー飲んでからにしようよ。翔くんと久々に会ったんだし」
「まあ、僕は別に構わないけどね、どっちでも」
「あら、変に我慢しなくていいのに」
再び翔太の胸がドキンとして、握った手に汗を感じる。
胸の内を見透かされたようで、あかねに返す言葉が出てこない。
駅の出口から見える雨は粒が見えるくらい大きくなっていた。翔太がついた時は小雨だったが、待っている間に雨脚が強まったようだ。
うらめしそうに見上げて、カバンから折りたたみ傘をあかねを制して、翔太は手に持っていたビニール傘をバサリと開いた。
「割りとデカい傘だから、二人でもそんなに濡れないと思うよ」
まじまじと翔太を見つめたあかねは、コクリとうなずいて翔太に身体を寄せた。
ふわりと従姉の腕が絡まり、ぎゅっと密着する。
むにゅりとしたやわらかな女体の感触が腕越しに伝わり、再び翔太の胸は高鳴った。
レインコートや服の下に隠れている彼女の身体を思い出したのである。
きっと、腕を絡めたあかねも、密着している翔太の身体を思い出しているだろう。
そして、これから数時間以内にその肌に触れるつもりで、翔太はあかねと待ち合わせたのである。
「やっぱり、雨降ると冷えてくるね」
あかねが翔太に身体をぴったりと寄せる。
秋の雨がそぼ降る、肌寒い平日の午後であった。
ピタリと寄せた身体や、ギュッと絡めた腕にも心なしか力がこもっている。
スーツ姿の二人である。パッと見では商談に向かう同僚たち、と見えなくもない。
ブーンブーンと振動音がする。ジャケットの内ポケットからスマホを取り出した翔太は眉を寄せて立ち止まる。
雰囲気を察したあかねは、翔太から傘を受け取り、様子を伺う。
「ねえちゃん、待ってて。ちょっと返信すれば済みそうだから」
「今日の午後半休って、だいぶ前に取ってなかった?」
「まあ、他人の予定なんて知ったこっちゃない人もいるからね……ねぇちゃんだってそうじゃない?」
スマホの通知にある、チャットソフトを起動して、メッセージを確認する。
所属部署の先輩などの重要な人からの通知は、バイブがかかるように設定していたのである。
あとあと返信するのも億劫なので、通知されているグループの投稿に片っ端から返信していく。
(あれ、バイブが鳴るようなもの、あったかな……)
翔太はあかねをチラ見して、再びスマホに向き合った。
バイブ通知の原因がわかり、翔太の手が止まった。
あかねに手元は見せないよう、少しずつあかねに背を向けむけながらチャットに応対する。
(し、栞……どうした?)
『業務管理部 八幡栞』と書かれた個別チャンネルに通知マークがついている。
今日は親戚と会うので午後半休とあらかじめ知らせてあったはずだ。
ただ、会うことは会うが、その親戚と『何をするか』は言ってないし、言えない。
栞であろうが、翔太の両親であろうが、それは同じだ。
それはあかねも同じだ。それこそ、あかねの夫に知られたら、親戚じゅうの大問題だ。
「あら、翔くん、彼女さんから?」
生返事をしながら覗き込もうとするあかねを制して、メッセージを閲覧する。
文言は他愛ないが、考えながら打ったのだろう、微妙にチグハグな文面であった。
考えながら文章を打つことが得意でない栞の性格を考えると、内容よりも『このタイミングでメッセージした』ことが重要であることに思えた。
取り急ぎ、既読であることを知らせるために、簡単な返信用スタンプを送ってスマホをしまう。
「……コーヒー、飲まないでそのまま行こうか」
ポツリとあかねがつぶやく。
いぶかしそうに翔太があかねを覗き込むと、視線が合い、ギュッと密着させてきた。
うつむいた顔が、うっすら赤らんでいる。
「なんか……妬けちゃうんだもん」
しかし、あかねの左薬指におさまっている指輪を見るたびに、翔太が同じような言葉を発したくなるのを、あかねは知っているのだろうか。
翔太があかねのそばにいる以上、この『モヤついた気持ち』はついて回る。
(そんなの……わかってたのに……くそっ)
傘を受け取りながら、歩く速度を上げた。
当初立ち寄る予定だったコーヒー店を通り過ぎる。窓際の席で中年男性と若い女性が、提案書とおぼしき書類をめくりながら熱心に話している様子が見えた。
あかねを見る。
視線があった。こくんと頷いて翔太に歩くように促す。
(今さら、後戻りなんてできない……)
絡めた腕に力をこめて、少し強引にあかねを引っ張る。
お互い、向かう場所はわかっていた。
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