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新婚編
邪神様、こちらも大変です
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元公爵家の城塞都市というだけあって、その堅牢さには目を見張るものがあった。
この都市には私も一度、王国の勇者として攻めた事がある。
もっともその時はかなりの大敗を喫した。
それもそうだろう。なんのたいした理由もなく攻め込んだのだ。兵の士気など上りようもなく、ただ突撃を繰り返す無能な指揮官のせいで、ただ悪戯に兵を失い消耗して負けたのだ。
そしてこの戦が、私が勇者を辞めた原因の一つとなった。
負傷した兵を簡単に見捨てて逃げだすアテナの眷属と、貴族達のあの醜い所業。奴等は野盗の如く自国の村を襲い略奪してまわったのだ。
その時に奴等と略奪してまわった勇者は略奪による快楽などに取り憑かれ、その後、野盗と成り下がった。
そう、以前彼に討伐された者達だ。
私も奴等を討つべく追っていたが、巧みに追跡をかわされて逃げられていた。
奴等が討たれたと聞いて安心したが、その討った者に興味が湧いて会いたくなったのだ。
いま思えば、運命の導きだったのだろう。
そしてその城壁の歩廊から私は眼下を眺めていた。
眼下には冥府の軍勢が陣を構えて、侵攻の時が来るのを静かに待っていた。
「マチルダ、ここにいては駄目よ。私達の兵に任せて大人しく退避していて」
背後からのその声に振り向くとロザミアは憂いげな面差しをしていた。
「彼なら見捨てずにきっと戦うはず。だから私も逃げないよ。たとえどんなに不利であろうと、私は最後まで戦うよ」
「馬鹿な事を言わないで。こんな所で命を散らす気なの」
そうね。確かに縁もゆかりもない所だけれど、だからといって街の住民達を見捨てていい理由にはならない。
戦える者が剣を取り、戦えぬ人々を守る。もしくはせめて逃げる時を少しでも稼がなければいけないのだから。
「ロザミアはマルデル様より皆の安全を命じられた。だから、あなたこそ早く皆を連れて逃げて。私は絶対に死なないから安心して大丈夫だよ」
彼女の背を押して行くように促した。
「なによ、押さないでよ。あなた一人になんてできる訳がないでしょう」
「マルデル様の神意に背くの。それは駄目だよ」
足を突っ張らせて抵抗してみせたが、彼女は最後には大人しく引き下がった。
「いい、西よ。逃げる気になったら西のあの山へ行きなさい。私達もそこに行くから。いい、絶対に無茶だけはしないで。彼を悲しませるような事だけはしないでね」
私の両肩に震える手を置いて彼女はそう告げた。
本当はそんな事は許したくないのは分かってるし、本心では一緒に戦いたいのだ。
そして、彼女は何度も振り返りながら去っていった。
◇
敵の数はざっと三千、対してこちらは二千にも満たない。
必然的に援軍が来るまでは防衛に徹することになる。
この街の兵力はあの当時の一割にも満たない。
あの反乱でこの街の兵は大半を失い、新たに魔国王都より派遣された者達が今この場を守っている。
今、城壁を破壊しようとスケルトンドラゴンを先頭に敵は押し寄せていた。
あんなのに体当たりされても、空を飛ばれて街へ侵入されても嫌だよね。
「マチルダ様、もう少し安全な場所へ」
「いえ、あのドラゴンだけは先に叩き潰しておかないと」
私の身の安全を心配する隊長にそう告げて、二本の剣を手にし城壁から私は飛び降りた。
着地する手前で風の魔法を使い衝撃を和らげると、そのまま一気にスケルトンドラゴンまで走った。
たしか、打突と光系の魔法が有効だっていってたよね。
うーん、どっも不得意なんだよね。
「あれを倒せる魔法はあるかな」
『任せて、君の得意な魔法で勝たせてあげる』
「さすがだね。ならあれを斬れたりもできるかな」
『王様みたいにマナを剣に流せば大丈夫だよ』
「おお、なら、久々の剣士モードで、全力全開でいこう!」
私は魔法の床を作りながらスケルトンドラゴンの頭の高さまで跳ねていくと、剣にマナを纏わせ両手の剣を交互に交差するようにドラゴンの頭を全力で斬った。
手応えはあったが、頭を失っただけでは余裕で手を振り下ろして反撃をしてくる。
剣を体の前で交差してそれを防ぐが、その衝撃で吹き飛ばされ、私は宙を回転しながら地面になんとか着地した。
「そっか、骸骨だよね。頭を斬られても死なないよね」
『うん、全身を一度に叩き斬るか、魔法でやるしかないよ』
まっすぐ凄い勢いでこちらに来るけど、頭を失くしてどうやって見てるのかな。どうでもいいんだけど気になるよね。
いくよ、イメージは、ヤツを紅蓮の業火で焼き尽くせ!
右手の剣を斬り払う素振りで魔法を放った。
そう、旋風斬と同じ感じで。
剣より放たれた炎は渦巻ながら大きくなり、スケルトンドラゴンは全身を炎に巻かれ焼かれていく。が、まだ動きは止まらない。
あ、ダメだった、のかな。
やっぱり彼みたいにはいかないのかな。
『わたし達を信じて、そして強く願って!』
そうだ、魔法は自身の願いだ!
お願い、ヤツを焼き尽くして!
炎がいっそう激しく渦巻き燃え上がる。
まだ、まだもっと熱く、もっと激しく!
炎の色が赤から蒼に変わるとスケルトンドラゴンは動きを止めた。そしてその体、いや、骨が焼かれて徐々に消えていくと、やがてその全身は焼き尽くされた。
ち、力を、貸し、てくれて、ありが、とう……
全身から力が抜けていく。
まだ敵は周りにたくさんいるのに……
倒れかけた時に誰かに抱き支えられた。
薄目を開けるとマルデル様によく似た人が私を受け止めてくれた。
「あとは私に任せて、安心して休むといい」
戦場には不似合いな優しい声色に導かれ、私は瞼を閉じた。
この都市には私も一度、王国の勇者として攻めた事がある。
もっともその時はかなりの大敗を喫した。
それもそうだろう。なんのたいした理由もなく攻め込んだのだ。兵の士気など上りようもなく、ただ突撃を繰り返す無能な指揮官のせいで、ただ悪戯に兵を失い消耗して負けたのだ。
そしてこの戦が、私が勇者を辞めた原因の一つとなった。
負傷した兵を簡単に見捨てて逃げだすアテナの眷属と、貴族達のあの醜い所業。奴等は野盗の如く自国の村を襲い略奪してまわったのだ。
その時に奴等と略奪してまわった勇者は略奪による快楽などに取り憑かれ、その後、野盗と成り下がった。
そう、以前彼に討伐された者達だ。
私も奴等を討つべく追っていたが、巧みに追跡をかわされて逃げられていた。
奴等が討たれたと聞いて安心したが、その討った者に興味が湧いて会いたくなったのだ。
いま思えば、運命の導きだったのだろう。
そしてその城壁の歩廊から私は眼下を眺めていた。
眼下には冥府の軍勢が陣を構えて、侵攻の時が来るのを静かに待っていた。
「マチルダ、ここにいては駄目よ。私達の兵に任せて大人しく退避していて」
背後からのその声に振り向くとロザミアは憂いげな面差しをしていた。
「彼なら見捨てずにきっと戦うはず。だから私も逃げないよ。たとえどんなに不利であろうと、私は最後まで戦うよ」
「馬鹿な事を言わないで。こんな所で命を散らす気なの」
そうね。確かに縁もゆかりもない所だけれど、だからといって街の住民達を見捨てていい理由にはならない。
戦える者が剣を取り、戦えぬ人々を守る。もしくはせめて逃げる時を少しでも稼がなければいけないのだから。
「ロザミアはマルデル様より皆の安全を命じられた。だから、あなたこそ早く皆を連れて逃げて。私は絶対に死なないから安心して大丈夫だよ」
彼女の背を押して行くように促した。
「なによ、押さないでよ。あなた一人になんてできる訳がないでしょう」
「マルデル様の神意に背くの。それは駄目だよ」
足を突っ張らせて抵抗してみせたが、彼女は最後には大人しく引き下がった。
「いい、西よ。逃げる気になったら西のあの山へ行きなさい。私達もそこに行くから。いい、絶対に無茶だけはしないで。彼を悲しませるような事だけはしないでね」
私の両肩に震える手を置いて彼女はそう告げた。
本当はそんな事は許したくないのは分かってるし、本心では一緒に戦いたいのだ。
そして、彼女は何度も振り返りながら去っていった。
◇
敵の数はざっと三千、対してこちらは二千にも満たない。
必然的に援軍が来るまでは防衛に徹することになる。
この街の兵力はあの当時の一割にも満たない。
あの反乱でこの街の兵は大半を失い、新たに魔国王都より派遣された者達が今この場を守っている。
今、城壁を破壊しようとスケルトンドラゴンを先頭に敵は押し寄せていた。
あんなのに体当たりされても、空を飛ばれて街へ侵入されても嫌だよね。
「マチルダ様、もう少し安全な場所へ」
「いえ、あのドラゴンだけは先に叩き潰しておかないと」
私の身の安全を心配する隊長にそう告げて、二本の剣を手にし城壁から私は飛び降りた。
着地する手前で風の魔法を使い衝撃を和らげると、そのまま一気にスケルトンドラゴンまで走った。
たしか、打突と光系の魔法が有効だっていってたよね。
うーん、どっも不得意なんだよね。
「あれを倒せる魔法はあるかな」
『任せて、君の得意な魔法で勝たせてあげる』
「さすがだね。ならあれを斬れたりもできるかな」
『王様みたいにマナを剣に流せば大丈夫だよ』
「おお、なら、久々の剣士モードで、全力全開でいこう!」
私は魔法の床を作りながらスケルトンドラゴンの頭の高さまで跳ねていくと、剣にマナを纏わせ両手の剣を交互に交差するようにドラゴンの頭を全力で斬った。
手応えはあったが、頭を失っただけでは余裕で手を振り下ろして反撃をしてくる。
剣を体の前で交差してそれを防ぐが、その衝撃で吹き飛ばされ、私は宙を回転しながら地面になんとか着地した。
「そっか、骸骨だよね。頭を斬られても死なないよね」
『うん、全身を一度に叩き斬るか、魔法でやるしかないよ』
まっすぐ凄い勢いでこちらに来るけど、頭を失くしてどうやって見てるのかな。どうでもいいんだけど気になるよね。
いくよ、イメージは、ヤツを紅蓮の業火で焼き尽くせ!
右手の剣を斬り払う素振りで魔法を放った。
そう、旋風斬と同じ感じで。
剣より放たれた炎は渦巻ながら大きくなり、スケルトンドラゴンは全身を炎に巻かれ焼かれていく。が、まだ動きは止まらない。
あ、ダメだった、のかな。
やっぱり彼みたいにはいかないのかな。
『わたし達を信じて、そして強く願って!』
そうだ、魔法は自身の願いだ!
お願い、ヤツを焼き尽くして!
炎がいっそう激しく渦巻き燃え上がる。
まだ、まだもっと熱く、もっと激しく!
炎の色が赤から蒼に変わるとスケルトンドラゴンは動きを止めた。そしてその体、いや、骨が焼かれて徐々に消えていくと、やがてその全身は焼き尽くされた。
ち、力を、貸し、てくれて、ありが、とう……
全身から力が抜けていく。
まだ敵は周りにたくさんいるのに……
倒れかけた時に誰かに抱き支えられた。
薄目を開けるとマルデル様によく似た人が私を受け止めてくれた。
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