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3.再会-1
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「おー、芦原久しぶり」
「休日出勤お疲れ~」
陽気なフラメンコのBGMに紛れて、遅くれてやってきた人物を労わる声が聞こえた。
一瞬震えてしまった肩の動きが、周囲にバレていないか、渡瀬はこっそり目を配った。しかし、とっくに酒が進んでいる集まりが、そんな些細なことに気がつくはずもなかった。
渡瀬と、そして芦原が大学時代に所属することに決めたのは、映画同好会だった。映画は好きでも嫌いでもなかったが、あの出会いの日から何かと行動を共にする日が増えた芦原が、勝手に渡瀬の分も入会届にサインしていたのだ。
軽薄な空気には嫌悪を感じ始めていたし、かといって再び何かにストイックになるのは、まっぴらだった。基本的に真面目だが、どこか個性的な人々が集うその場は、渡瀬にとってなかなか居心地が良い住処になった。……芦原と別れるまでは。
その日は札幌に勤めている先輩が東京出張に来るとかで、小規模なOB会が開かれていた。
十人ほどで囲んだテーブル。芦原は促されるまま、渡瀬の真向かいに腰を下ろした。スペイン料理店の薄暗い照明は、相変わらず華やかな雰囲気の彼をうまい具合に際立たせていた。
(なんで、よりによって……)
胸中で舌打ちしながら、芦原のグラスにワインを注いだ。動揺を悟られたくないこちらの思惑を知ってか知らずか、笑顔で受け取る彼が憎たらしかった。
「久しぶり、元気?」
「……ああ」
そして、平然と声をかけてくる所も。
「お前らは結構会ってるの?」
渡瀬の隣に座る二学年上の河西が、おもむろにたずねる。こういう場ではお決まりの質問だ。彼の姿を認めた時から、聞かれることは想定していた。
「あんまっスね」
即答。芦原が何か言う前に、この話題は済ませてしまいたかった。ただし、その答えは嘘だった。
あんな別れ方をしておきながら、会うはずがない。こうして顔を合わせたのは、卒業以来だった。
そして、芦原の右手の薬指には、シンプルな銀色の指輪が嵌まっていた。大方、そういうことなのだと考えた。
離れていた間に、確実に進んだ年月がそこにはあった。そのことに、安堵したのは事実だ。しかし、心臓の奥の、普段は自分でも自覚しない部分が、奇妙に歪んだ。
「ところで、河西さん」
我ながら、わざとらしかったと思うが、話題のすり替えは、何とか成功したようだった。次の話題の中心となった人物が語り出すのを、渡瀬は胸を撫で下ろしながら聞いていた。
そうして、夜の時間が流れていく中で。この不意の再会によって生じたいびつな感情も、徐々に溶けていくだろうと思っていた。
しかし、一つだけ。想定通りではない出来事が起きていた。
芦原が、こちらをじっと見ていたのだ。
人が誰かを熱心に見つめる時、そこには明確な意図が宿る場合が多い。観察。訴え。値踏み。軽蔑。愛情。……。芦原から向けられたそれは、何だったのだろうか。
考えたくもない事柄を、無理矢理突きつけてくるような、強い視線だった。
そういえば、出会ったばかりの頃は、自分の方が彼の横顔を見てばかりだった。うっかり、その時の光景を思い出してしまい、ワイシャツの胸ポケットに手を伸ばした。
空になったタバコのケースが、クシャリと虚しい音を発した。
「休日出勤お疲れ~」
陽気なフラメンコのBGMに紛れて、遅くれてやってきた人物を労わる声が聞こえた。
一瞬震えてしまった肩の動きが、周囲にバレていないか、渡瀬はこっそり目を配った。しかし、とっくに酒が進んでいる集まりが、そんな些細なことに気がつくはずもなかった。
渡瀬と、そして芦原が大学時代に所属することに決めたのは、映画同好会だった。映画は好きでも嫌いでもなかったが、あの出会いの日から何かと行動を共にする日が増えた芦原が、勝手に渡瀬の分も入会届にサインしていたのだ。
軽薄な空気には嫌悪を感じ始めていたし、かといって再び何かにストイックになるのは、まっぴらだった。基本的に真面目だが、どこか個性的な人々が集うその場は、渡瀬にとってなかなか居心地が良い住処になった。……芦原と別れるまでは。
その日は札幌に勤めている先輩が東京出張に来るとかで、小規模なOB会が開かれていた。
十人ほどで囲んだテーブル。芦原は促されるまま、渡瀬の真向かいに腰を下ろした。スペイン料理店の薄暗い照明は、相変わらず華やかな雰囲気の彼をうまい具合に際立たせていた。
(なんで、よりによって……)
胸中で舌打ちしながら、芦原のグラスにワインを注いだ。動揺を悟られたくないこちらの思惑を知ってか知らずか、笑顔で受け取る彼が憎たらしかった。
「久しぶり、元気?」
「……ああ」
そして、平然と声をかけてくる所も。
「お前らは結構会ってるの?」
渡瀬の隣に座る二学年上の河西が、おもむろにたずねる。こういう場ではお決まりの質問だ。彼の姿を認めた時から、聞かれることは想定していた。
「あんまっスね」
即答。芦原が何か言う前に、この話題は済ませてしまいたかった。ただし、その答えは嘘だった。
あんな別れ方をしておきながら、会うはずがない。こうして顔を合わせたのは、卒業以来だった。
そして、芦原の右手の薬指には、シンプルな銀色の指輪が嵌まっていた。大方、そういうことなのだと考えた。
離れていた間に、確実に進んだ年月がそこにはあった。そのことに、安堵したのは事実だ。しかし、心臓の奥の、普段は自分でも自覚しない部分が、奇妙に歪んだ。
「ところで、河西さん」
我ながら、わざとらしかったと思うが、話題のすり替えは、何とか成功したようだった。次の話題の中心となった人物が語り出すのを、渡瀬は胸を撫で下ろしながら聞いていた。
そうして、夜の時間が流れていく中で。この不意の再会によって生じたいびつな感情も、徐々に溶けていくだろうと思っていた。
しかし、一つだけ。想定通りではない出来事が起きていた。
芦原が、こちらをじっと見ていたのだ。
人が誰かを熱心に見つめる時、そこには明確な意図が宿る場合が多い。観察。訴え。値踏み。軽蔑。愛情。……。芦原から向けられたそれは、何だったのだろうか。
考えたくもない事柄を、無理矢理突きつけてくるような、強い視線だった。
そういえば、出会ったばかりの頃は、自分の方が彼の横顔を見てばかりだった。うっかり、その時の光景を思い出してしまい、ワイシャツの胸ポケットに手を伸ばした。
空になったタバコのケースが、クシャリと虚しい音を発した。
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