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チョコレートフォンデュ 2
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◇
「……なんだよ、これ」
帰ってきてダイニングに入ってきた葛志の第一声は、それだった。
そんな反応は予想の範囲内だったわたしは、笑顔で「お帰り、葛志」と応対する。
「いや、だから……なんだよ、これ」
「なんだよって、見たことないの? チョコレートフォンデュだよ」
「わかってるよ! まさかこれが今日の夕飯か!?」
「そうだよ。いやなら食べなくてもいいけど」
鼻歌を歌いながら椅子に腰かけるわたしを、葛志は呆然としたように見つめた。
「いや、食うよ。これしか作ってないんだろ?」
「うん」
「……ほんとに、最近おかしいぞ。おまえ」
そう言いつつ、葛志も椅子に座って自分の席に置いてあったピックを取り、お皿に乗せてあるフルーツの中からキウイを選んでチョコレートの中に浸す。
わたしもバナナをピックに突き刺して、そのあとに続いた。
「甘っ! おまえ、これ甘いって! 夕飯じゃねぇよこんなもん!」
「甘いに決まってるでしょ、チョコだもの。フルーツが嫌なら、マシュマロと食パンもあるよ」
のれんに腕押しなわたしの返事に、葛志ははぁっとため息をついた。
「……こんなもん夕食にする奴の気がしれねぇ」
「ごめんね。どうしても食べたくなっちゃって」
にこにこ笑顔の、わたし。
そうでもしていないと、涙があふれてきてしまいそう。
チョコレートはもはやわたしにとって、アヤとおなじだった。
わたしの中から、アヤとチョコは切り離せないものになっていた。
だからあえて、今日はチョコレートを嫌というほど食べると決めた。
小さく切った食パンにピックを刺して、チョコに浸さずそのまま口に運ぶ葛志。
──彼が、アヤだったらいいのに。
わたしの目の前に座る人が、アヤだったらよかったのに。
葛志のことが嫌いなわけじゃない。ただ愛が冷めてしまっているだけで、嫌いになったわけじゃない。
なのに、心はアヤを求めてしまう。そんな自分を、振り切りたくて。
もう、おしまいにしたくて。
チョコがたっぷりかかったイチゴを、ゆっくりと頬張る。
「……美味しい」
ぽつりとつぶやいたわたしに、また葛志がため息をつく。
これは、儀式だ。アヤを振り切るための、儀式。
思い切りチョコレートを食べて、それで終わりにしよう。
アヤに会ったことも言われた言葉も、とろけるようなあのキスも。
すべてこれで、最後にして忘れよう。
わたしはただひたすら、チョコレートフォンデュを食べ続けた。
「……なんだよ、これ」
帰ってきてダイニングに入ってきた葛志の第一声は、それだった。
そんな反応は予想の範囲内だったわたしは、笑顔で「お帰り、葛志」と応対する。
「いや、だから……なんだよ、これ」
「なんだよって、見たことないの? チョコレートフォンデュだよ」
「わかってるよ! まさかこれが今日の夕飯か!?」
「そうだよ。いやなら食べなくてもいいけど」
鼻歌を歌いながら椅子に腰かけるわたしを、葛志は呆然としたように見つめた。
「いや、食うよ。これしか作ってないんだろ?」
「うん」
「……ほんとに、最近おかしいぞ。おまえ」
そう言いつつ、葛志も椅子に座って自分の席に置いてあったピックを取り、お皿に乗せてあるフルーツの中からキウイを選んでチョコレートの中に浸す。
わたしもバナナをピックに突き刺して、そのあとに続いた。
「甘っ! おまえ、これ甘いって! 夕飯じゃねぇよこんなもん!」
「甘いに決まってるでしょ、チョコだもの。フルーツが嫌なら、マシュマロと食パンもあるよ」
のれんに腕押しなわたしの返事に、葛志ははぁっとため息をついた。
「……こんなもん夕食にする奴の気がしれねぇ」
「ごめんね。どうしても食べたくなっちゃって」
にこにこ笑顔の、わたし。
そうでもしていないと、涙があふれてきてしまいそう。
チョコレートはもはやわたしにとって、アヤとおなじだった。
わたしの中から、アヤとチョコは切り離せないものになっていた。
だからあえて、今日はチョコレートを嫌というほど食べると決めた。
小さく切った食パンにピックを刺して、チョコに浸さずそのまま口に運ぶ葛志。
──彼が、アヤだったらいいのに。
わたしの目の前に座る人が、アヤだったらよかったのに。
葛志のことが嫌いなわけじゃない。ただ愛が冷めてしまっているだけで、嫌いになったわけじゃない。
なのに、心はアヤを求めてしまう。そんな自分を、振り切りたくて。
もう、おしまいにしたくて。
チョコがたっぷりかかったイチゴを、ゆっくりと頬張る。
「……美味しい」
ぽつりとつぶやいたわたしに、また葛志がため息をつく。
これは、儀式だ。アヤを振り切るための、儀式。
思い切りチョコレートを食べて、それで終わりにしよう。
アヤに会ったことも言われた言葉も、とろけるようなあのキスも。
すべてこれで、最後にして忘れよう。
わたしはただひたすら、チョコレートフォンデュを食べ続けた。
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