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月を待つ
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真夜中を、もう過ぎただろうか。
腕時計はあるのに見る気になれない。手を挙げることすら億劫だ。
「…………」
別荘の庭、 ─── 今は降りしきる雪が積もってすべての植物が白く覆われている。
初夏にバルコニーからここを見下ろすと、花が一斉に咲いてそれは美しい景色だった。
閏は傘もささず、雪を全身に受け止めていた。コートも着ずに、本州から出てきたままの格好だ。
しん しん しん
雪が降っている。思い出ではなく、本当に。あの日も、……こんなに降っていただろうか。こんなに激しく降っていただろうか。
頬が痛いのは寒いせいだろう、けれど実際にそうとは感じない。寒さを感じない。
閏は月を待っていた。
じっと曇天を見上げて、やがてこの雪が降り止む瞬間を、雲が晴れてあの白皙の星が輝きを落とすのを待っていた。
月が現れたら、きっと待ち人もやってくる。そんな気がする。否、確信すらある。
ふと、閏は苦しげに瞳を伏せた。
─── あんなことがあった場所なのに。すべての悲しみが始まった場所なのに。
(どうして楽しかったことばかりを思い出すんだろうな)
幸せだったことを。懐かしく美しい思い出だけを。
─── もし、この先何十年も経って、自分ももうひとりもそれぞれに死ぬ時がきたら。
(その時に、その瞬間に、この美しく懐かしい同じ思い出を抱いていたとしたら、おれ達はきっと心底では許しあっていた)
そして、閏は自嘲するように微笑んだ。
─── そんな都合のいい夢は、
(きっとおれしかみていないだろう)
涙が落ちる。
そんな想像には、悲しみには、とうに慣れていたはずなのに。
─── 涙が落ちる。
知らぬ間に。
とめどなく。
腕時計はあるのに見る気になれない。手を挙げることすら億劫だ。
「…………」
別荘の庭、 ─── 今は降りしきる雪が積もってすべての植物が白く覆われている。
初夏にバルコニーからここを見下ろすと、花が一斉に咲いてそれは美しい景色だった。
閏は傘もささず、雪を全身に受け止めていた。コートも着ずに、本州から出てきたままの格好だ。
しん しん しん
雪が降っている。思い出ではなく、本当に。あの日も、……こんなに降っていただろうか。こんなに激しく降っていただろうか。
頬が痛いのは寒いせいだろう、けれど実際にそうとは感じない。寒さを感じない。
閏は月を待っていた。
じっと曇天を見上げて、やがてこの雪が降り止む瞬間を、雲が晴れてあの白皙の星が輝きを落とすのを待っていた。
月が現れたら、きっと待ち人もやってくる。そんな気がする。否、確信すらある。
ふと、閏は苦しげに瞳を伏せた。
─── あんなことがあった場所なのに。すべての悲しみが始まった場所なのに。
(どうして楽しかったことばかりを思い出すんだろうな)
幸せだったことを。懐かしく美しい思い出だけを。
─── もし、この先何十年も経って、自分ももうひとりもそれぞれに死ぬ時がきたら。
(その時に、その瞬間に、この美しく懐かしい同じ思い出を抱いていたとしたら、おれ達はきっと心底では許しあっていた)
そして、閏は自嘲するように微笑んだ。
─── そんな都合のいい夢は、
(きっとおれしかみていないだろう)
涙が落ちる。
そんな想像には、悲しみには、とうに慣れていたはずなのに。
─── 涙が落ちる。
知らぬ間に。
とめどなく。
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